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「逃げるが勝ちってヤツだな」

ジェイクの冗談ともとれない言葉を聞く間もなく、私はシェリーに手をとられ全力で走っていた。



(ヤバイヤバイ!あいつに捕まったら確実に)

___死ぬ


その私たちを追ってきている化け物は巨躯と歪んだ顔を持っており、何より最も恐ろしいのはその右腕。
ジュアヴォをその鋭い爪で掴んだと思うと軽々と握りつぶした。


そのあまりに凄惨な光景に吐き気を催すが、今はそんな暇さえない。


兎に角逃げなければ。




「飛ぶぞ!!」



ジェイクの言葉に別の屋根へと飛び移る。
私はジェイクの近くの足場に着地した。



「ジェイク!ナマエ!!」



シェリーの叫びが聞こえそちらを見やると、彼女が着地した足場は崩れ去ってしまい
なんとか垂れ下がった紐に捕まり落ちるのを防いでいる状態だ。



「シェリー!!」


私は自分の足場から必死に手を伸ばすが届かない。


(どうしよう!シェリーが!)



「んなことしてたら間に合わねえよっ!!」


「きゃあ!!」



ジェイクは私のところを横抱きにしたかと思うとそのままシェリーに向かって思い切りジャンプをした。



空中でシェリーを抱きかかえたかと思うと、見事窓を突き破り隣の建物へ着地する。


何という驚異の身体能力。
やはり彼も到底普通の人間とは思えない。



「…生きてる?」


「当たり前だろ。よく見ろ」


そう言ったかと思うとジェイクは私の方に手を差し出し立たせてくれる。
あれ?意外と紳士?


「シェリーは?!」


「無事よ。ありがとう。」

一先ずシェリーが無事であったことに安堵する。


「生きた心地がしなかった…」


「奇遇だな。俺もだ。」


「特にジェイクのダイビングで。」


「おい、俺は助けてやったんだぞ」


「ストーップ!2人とも、止めなさい。まだあいつは生きているわ。
油断しないで」


シェリーの一言でとりあえず言い合いは止める。



「まずはこの建物から出ないと。

__あ、あそこに出口が」



広い空間にポツンと出口だけが佇んでいる。
その如何にもな光景に思わず苦笑いが出てしまう。



「シェリー、私あそこに行きたくない。絶対何かいるよ」


「仕方ねぇだろ。ここから出ないことには何も出来ねぇんだからよ。」


そう。ジェイクの言う通り。言う通りなのだが。



またあの化け物と対峙しなくてはならないと思うと生きた心地がしない。


「大丈夫。ナマエは絶対に私が守るわ」


ついでにジェイクもと冗談めかして言うシェリーに思わず吹き出してしまう。



「さっき助けられた奴が何言ってんだか」

その台詞にシェリーはジェイクを睨みつける。



本当に彼女の明るさには救われる。




私の心配を他所に出口の目の前まで何事もなく到着してしまった。

(これで出られれば)


そう思った瞬間、天井を突き破るような轟音が鳴り響く。


「ただじゃ通してくれねぇってか」


「やるしかなさそうね」



振り返ると先程の化け物が天井に穴を開けて目の前に降り立っていた。



閂を開いている時間はない。

奴を倒して先に進むしか道はない。




真っ直ぐに突っ込んでくるそいつにジェイクとシェリーは二手に分かれる。


私も咄嗟に奴の横を走り抜ける。




しばらく逃げ惑っていたが、徐々にそいつがある一定の動きしかしていないことに気がつく。



(あいつ、ジェイクを集中的に狙ってる…?!)


注意して見るがやはりそうだ。




そしてシェリーは周りのジュアヴォを倒すのに集中している。

通りで私に余裕がある訳だ。





そしてある一定間隔で置かれている火薬入りのドラム缶。




「ジェイク!ドラム缶を狙って!」

化け物から逃げるジェイクに向かい叫ぶ。



「なるほどな・・・!」


ナマエの言葉に反応したジェイクは化け物に向き直り照準を合わせてドラム缶に弾を打ち込んだ。



ドカーンとけたたましい音と共に化け物の姿は見えなくなる。



「やったか・・・!?」


「ナマエ!よく気が付いたわね。」


「ジェイクとシェリーが敵を引きつけていてくれたおかげだよ。」


シェリーに抱き着かれ、ジェイクに頭をガシガシと撫でられる。




「チビのくせに意外とやるな。」


「ほっといてよ!」



言っておくが私は日本人の平均身長だ。ジェイクが大きすぎるだけである。



しかしそれも束の間。

戦いの激しい衝撃に耐えることができなくなった床は音を立てて抜けてしまった。


「うわあああああ!」



お尻から転落してしまったがそれ程高さがなかったお陰で助かった。

痛むお尻を擦りながら立ち上がって周りを見渡すが、そこは真っ暗闇で全く視界がない。


「ジェイク・・・?シェリー・・・?」


姿の見えない二人に急に不安が押し寄せる。

「ねぇ・・・!どこなの・・・?」


「シィー・・・静かにしろ。奴らに気が付かれる。」



急に後ろから大きい手に口を塞がれて悲鳴を上げるが、幸いその手のおかげで声にはならなかった。


振り返ると耳の横にライトをつけたシェリーとジェイクがいた。


「よかった・・・」


「随分と怖がりなんだな。オヒメサマよぉ。」


クククとジェイクが含み笑いをする。
またもやバカにされたことにムッと眉を吊り上げるが、今回ばかりはその事実を見られてしまっているので何も言えなかった。



あまりの暗闇に自分の足元も良く見えない。
本当はシェリーにくっつきたかったが、これ以上邪魔になることだけは避けなくてはなるまい。



不気味なマネキンが置いてある部屋を通り過ぎ、梯子を上るとようやく外に出ることができた。



久しぶりに感じる光に目を細める。

「ナマエ、あそこの町で私の仲間と落ち合う約束になっているわ。
そうしたらヘリであなたを安全な場所まで移送することができる。もう少しの辛抱よ。」




やっとここまでこれた。
訳の分からない出来事に巻き込まれてからまだ一日もたっていないが、もう随分二人と一緒にいる気がする。



それ程までに濃い時間を過ごしてきたということか。



「大丈夫。足手まといにはならないようにするから。」


「どうかねぇ?」



「ジェイク!・・・最後まで気を抜かないで。
絶対に私たちから離れちゃ駄目よ。

いいわね?」



そういうシェリーにコクンと頷いた。

手の中のハンドガンをギュっと握る。







いざとなったら私だって戦わなきゃ駄目だ。

いつまでも二人に迷惑をかけるのは嫌だ。



私たちの関係がそんなに甘いものではないことはよく知っている。



お金と、血と、ただの偶然の産物なのだ。




だが、こんな場所で一緒になった以上、

何かの運命で繋がっているのだと少しは信じてみたかった。

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