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ジェイク


大好き___




「・・・だれ?」


目を覚ました私の目の前にいたのは半年前にも見た美しい女性。


姿形は全く変わらないはずなのに、どことなく纏う雰囲気が違う気がする。



優しく私の頬を伝う涙をその細い指で拭う。


「私はエイダ・ウォン 


ナマエミョウジ 

Cウイルスの抗体を持っていたためにテロに巻き込まれてしまった哀れな子・・・」



クスクスと笑う女性。
不思議と嫌な感じはしない。半年前にはあれ程酷い目に合わされたというのに。



「あなたは勘違いしているわ。私とあなたは初対面。

あなたがもし、今までに私とよく似た女と会ったことがあるのだとしたらそれは別人。」



こんなにもそっくりなのに別人などあり得るのだろうか。

だがこの女性の言うことは不思議と信じられる。そう思った。




「・・・あなたが私を助けたんですか」



まるで助けられたことが不服とでも言うような声色に、エイダは特に気にすることなく淡々と答える。



「そうよ。あなたに死なれてしまうとこちらとしても困ったことになるの。」



女はベッドに腰かけたままで長い足を組み替える。

私は寝かされていたベッドを起き上がり、彼女の話に耳を傾ける。




「それは、私が抗体を持っているから?」


「・・・それだけじゃないわ。」


てっきり抗体を持っている私に死なれたら困るから助けてくれたのだと思ったが、他にも理由があるらしい。




「アルバート・ウェスカーの息子を虜にした女に興味があったから。」


私に向けて指を付きつけてくるエイダ。

アルバート・ウェスカーの息子、つまりジェイクのことだ。






「・・・違いますよ。ジェイクは私のことなんて好きじゃありません。

足手まといだって思っています。」



「どうしてそう思うの?」



「実際そう言われたんです。
それに・・・ジェイクは私とのある出来事がきっかけで、それに責任を感じてそれを恋心と勘違いしているだけです。
彼はシェリーのことが好きなんです。」




「あら・・・私にはとてもそうは見えなかったけれど、彼がそう言った?」



おどけたように目の前の女性は言う。一体いつから私たちのことを見ていたのか。




「シェリーの方が可愛いし、強い。ジェイクの期待に応えられる実力がある。

その証拠にいざという時に彼を支えているのはいつもシェリー・・・。

私はジェイクに何もしてあげることができない。彼らの足を引っ張るだけ。」




「だから死のうとしたの?」




「『お前はなにもできない』なんて言われたら・・・なんだかもう全てどうでもよくなっちゃって。


足手まといのくせに大好きなシェリーに嫉妬している。
汚すぎる自分をこれ以上見てほしくなかった・・・」



「・・・エゴね」


エイダの言葉に目を見開く。エゴとはどういう意味か。



私のことを何も知らないくせに、知ったような口を聞いて批判する女に鋭い目を向ける。



「私のことを何も知らないくせに、知ったようなこと言わないでよっ!!」



思わず大声を上げて彼女を責める。

女性は私の大声にも怯むことなく笑顔のままだ。そしてゆっくりと口を開く。




「・・・落ちるあなたを拾った私は物陰から彼らを見ていたの。
ジェイク・ミューラーはあなたの姿が見えないと知ると、必死に辺りを探し回っていたわ。


最後には放心したようにその場に座り込んでしまった。」







ジェイクが、私を必死に探してくれていた__



「・・・ジェイクは優しい人だもの。そこにそれ以上の感情はない。」



「フフ あなたも相当頑固ね。

__いいわ。昔話をしてあげる。ある男と女。そしてその息子の話。



自分が彼に一体どれだけ酷なことをしてしまったのか、考えてみなさい。」


◇◇◇

あるところに世界征服を目論んだバカな男がいた。


その男はそれに足りうる確かな実力と運も持ち合わせていた。



冷酷で情など持ち合わせていない、目的の為ならどんな手段も厭わない。

それがその男の本質。





けど男はある女との間に子供を作った。


今まで利用してきた女は星の数ほどいたでしょうね。
けれど決して子供は作らなかった。


そんな男がその女との間には子供を残した。







男は子供が生まれるとすぐに女の元から去った。

そして人知れず死んでいったわ。




女は息子に惜しみない愛情を注いで育てた。

父親のいない苦労を息子には感じてほしくなかったのでしょうね。





けれど女は病気を患っていた。
決して治らない病気ではなかったけれどその日を生きていくのも精一杯な生活。

お金が足りなかった。



父親の存在を知らない息子は、母に無理をさせる父を憎んだ。


普段穏やかで優しい母親は、そんな息子の父親を非難する言葉だけは決して許さなかった。


そのおかげで息子は父親を嫌悪することはなくなった。



年頃になった息子は惜しみない愛情を注いで育ててくれた母親に報いようと傭兵になった。






だけど、すべては遅かったの。



病により母親は死んだ。


お金さえあれば治すことのできる病だった。



年頃の彼にはその印象が深く心の中に歪んだ形で残ってしまった。







『金がなかったから母は死んだ。』

『世の中信じられるのは金だけだ』と。





そんな彼にも転機が訪れる。


同じ部隊に所属する上司。彼は朗らかで、誰にでも好かれるような男だった。



体術や銃術 時には世の渡り方 上司から少年はさまざまなことを教わった。






しかし皮肉なことにその男は敵方のスパイだった。


男は混乱する少年をも手にかけようとした。
すんでの所でその男は射殺。少年は助かったわ。






だけど信じていた者の裏切りは少年の心に深く傷をつけた。







それ以来その少年は人を信じることができなくなったの___








「これで昔話はおしまい。どう?少しは楽しんでもらえたかしら。」





楽しかったもなにも、この話に出てくる少年、この少年はまさか…







「ジェイク…」



衝撃の彼の過去に呆然とする。

まさか、彼がこれ程のものを背負っていようとは。






お金さえあれば助けられた母親。


幼いジェイクはどれ程歯痒い思いをしたのだろう。









そして信じていた者の裏切り。


彼の心にどれほどの傷を負わせたのだろう。




『金がすべて』





彼が口癖のように言っていたこの言葉の裏には悲しすぎる過去があった。


それにしても何故この女性はジェイクの過去を知っているのか。



「あの…あなたは何故ジェイクの過去を…?」



「…ちょっと彼の父親と色々あって、ね。」




その意味深な笑みに疑問符を浮かべる。

目の前の女性はどう見たって若い。一体幾つなのか気になる。



「わかった?ジェイク・ミューラーは幼い頃に二度も大切な人を失っている。

それが再び大切な人を、今度は己の所為で失ったとしたら、どういう気持ちになるかしら?」


「!!」



「あなたが何と言おうと彼はあなたのことを大切に思っているのは事実。

あなたが去ってしまったことで彼は深く傷ついてしまったでしょうね。


寧ろ自分を責めたでしょう。『自分が悪いから彼女は死んだ』のだと。」



何の感情も読めない目を私に向けてくる女。

その視線に何となく責められているような気分になる。


「・・・じゃあ私は、一体どうすればよかったの!?

ジェイクもシェリーも戦えない私を守るために何度も危ない目にあってきた。

ジェイクにも言われた。『何もできないんだから離れるな』って。


そんなの私が一番良く知っている!二人の役に立ちたいと思ってもできない歯がゆさ、ずっとずっと、二人に会ったときから感じていた。」


何の関係もない目の前の女性に向かい叫ぶ。


今までずっと 心の奥に封印して溜めこんできたことだった。



こんなことが原因でジェイクとシェリーを裏切ってしまった。



今更後悔した所でもう遅い。

ジェイクを傷つけてしまったことには変わりないのだから。


「…私は彼の元にはもう戻れない。

あなたの話が本当なら私は彼をとんでもなく傷つけてしまった。今更…」




私は大好きな人の心を抉るような行為をしてしまった。

どのツラ下げて彼に会えと言うのか。


「私には『なにもできないんだから離れるな』って言うのは彼なりの愛情表現だと思うけどね。」





「え・・・?」



「男なんて素直じゃない生き物よ。

まぁ今のあなたに対してその彼の言葉は・・・彼も悪いところがあったかもしれないわね。


事実図星を付かれてあなたはここに来てしまったのだから。」




「・・・ジェイクにとってはいつもの軽口程度だったのかもしれない。

でも、彼がシェリーを頼るところとか心配するところとか、色々なことがあって心の中がグチャグチャになって。」





「爆発してしまった。

そこまであなたを追い詰めた彼にも原因はあるわ。



でもね、愛した人はどんな理由があっても信じなくてはダメ。」








「きっと後悔するわ」そう言うエイダはどこか遠くの方を見つめており、何かを思い出しているかのようだった。


許してくれないかもしれない。
お前なんてもういらないと言われるかもしれない。




それでも私の心は決まっていた。



「行かなきゃ。ジェイクの所へ」



もう一度あの空色の瞳を見たい。


一言でいいから彼に謝りたい。





決意したように真っすぐとエイダを見るナマエに満足がいったかのように微笑む。




「一つ覚えておきなさい。

ジェイク・ミューラーは間違いなくあなたを大切に思っている。


彼を愛しているなら彼の言葉を信じてあげなさい。」





ベッドから立ち上がりながらライフルの準備をする女性。
とても美しい手慣れた所作に、女も向こうの世界の人間なのだということを思い知らされる。



「あの、あなたは一体…」



ジェイクの過去を知り、見ず知らずの私を助けてくれた女性。




「私はエイダ。それ以上でも以下でもないの



__連れていってあげる。彼の所まで。」

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