3-4
更衣室を後にして屋敷の中を探索し始める3人。
なるべく無駄な戦闘は避けるべく身を隠しながらゆっくりと進んでいく。
「そう言えば、ここってどこの国なの?」
シェリーが突然思い出したように尋ねる。
「中国だ。奴らが話しているのを聞いた。」
「ええ!?ジェイクって中国語も話せるの?」
「中国語だけじゃなくてイタリア語・ロシア語も話せる。」
驚いた。彼はトラリンガルどころの話ではなかった。
やはり色々な国を転々として傭兵稼業をしていくにはさまざまな国の言葉が必要なのだろう。
いつもなら得意げに「こんなの普通だろ」とでも言ってくるのが彼の常なのだが、今日はやけに大人しい。
さっきのことを未だに引きずっているのか。
「ジェイク?どうしたの?」
やけに大人しい彼を不思議に思ったシェリーが尋ねる。
「・・・・・アルバート・ウェスカーって知ってるか?」
「・・・え?」
突然の彼の質問に戸惑うシェリー。
半年前謎の女が現れてジェイクの出生の秘密を語った。
私もその場にいたので彼がその人の息子だということは聞いているが、その人がどういう人物なのかまでは知らない。
ジェイクは恐らく察しがついているのだろう。
なぜ合衆国のエージェントであるシェリーが、わざわざイドニアという紛争地域まで自分を保護しにきたのか。
なぜ他の誰でもなく、自分だったのか。
「シェリー・・・知ってたんだな」
ジェイクの言葉に言葉を詰まらせるシェリー。
恐らくシェリーはジェイクがアルバート・ウェスカーの息子だということを知ったうえで接触を図った。
「連中がさんざん話してたよ。
俺の親父はどんなウイルスに対しても抗体を持っていて、最後にはその力を利用して自分の身体をバケモノに変えた。
挙句の果てには世界征服を目論んだらしいじゃねぇか。
俺はてっきりおふくろを捨てたただのチンピラだと思ってたぜ」
興奮したようにだんだん声を荒げるジェイク。
(初めて、)
今まで飄々としており自分の感情をあまり見せることがなかった彼が、初めて怒っているのを見た気がする。
「あなたとお父さんは関係ないわ。」
シェリーは怯むことなくはっきりと答える。
「奴の呪われた血がなきゃ、俺は今ここにいねぇよ!
イカレた親と子の間に因果関係なんてねぇ、お前がそう思い込みたいだけだろ。」
彼が混乱するのも無理はない。
自分の父親が世界を滅ぼそうとした大悪党だったのだから。
そしてそんな父親の血のおかげで自分はこんな所まで来てしまった。
彼自身にもこの怒りの矛先がわからないのであろう。
それが自分と母親を捨てた父親に対してなのか、
父親のせいにして目の前のことから逃げようとする自分に対してなのか。
確かにジェイクとの出会いは血によるものだった。
シェリーも彼の血を求めて会いに行ったのだ。それは間違いない。
ジェイクが今ここにいるのも言ってしまえば、その身に流れる血のせいだということになるだろう。
だけどそれがなければ、私たち三人は出会うことすらなかった。
ジェイクの言葉は私たちと出合わなければよかったとすら聞こえてしまい、悲しい気持ちになった。
「なんで俺がこうなっちまったのかは___
今は分かる気がするけどな」
自嘲気味に笑うジェイク。
それが彼の心の叫びのように聞こえてならなかった。
「・・・親がひどいからなんだって言うの?
生きることに信念が持てないのは自分の問題だわ。」
はっきりとそう告げたシェリーは彼にそれ以上何も言うことはなく、先へと歩いて行ってしまう。
「・・・シェリー」
シェリーは、強い。
彼女だってその身に流れる血のおかげで長い軟禁生活を送ってきた。
だがそれに文句を言うこともなく、自分の目的、信念をしっかりと持っている。
私には、まだそれだけの心の整理がついていない
私の父親は話を聞くに酷い人だったのだろう。
だが私のまえでは優しかった。例えそれが偽りのやさしさだったのだとしても。
だからこそ、父を嫌いになれない。
いっそ嫌な人だったなら簡単に嫌いになることができたのに。
「・・・ジェイク」
振り向いたジェイクは酷い顔色をしていた。
この事実がどれほどジェイクの心を追い詰めていたのか知り、こっちまで胸が苦しくなる。
「嫌いになれないならそれでいいと思う。」
「・・・は?」
「私もまだお父さんのこと、自分の気持ちに整理がつけられてない。
でも例え私を利用していただけだとしても、やっぱり信じられない気持ちが強くて・・・簡単に嫌いになれたら楽なのにね。」
「・・・別に俺は、親父のこと好きなわけじゃない」
「でも嫌いなわけでもないでしょ?だったら無理しなくてもいいんじゃないかな?
そんなにすぐに整理できるものじゃないと思う。
お母さんのことを含めて。」
ジェイクは俯いたままその整った眉を寄せている。
「ジェイクはジェイク、だよ。
例え父親がひどい人だったからって、ジェイクまで同じな訳がない。
だって私はジェイクが優しい人だって知っているから。」
「・・・・違う。俺は、酷い人間だ。
金の為ならどんな汚いことだってしてきた。
それこそお前に話せないようなことも沢山。」
「でもそれを悔いているんだよね。
後悔できるってことはやっぱりジェイクは心底酷い人間ではないんだよ。本当に冷酷な人は後悔すらしないと思う。
それにね、ジェイク、
あなたがいなかったら私は、ここまで来ることはできなかったよ。」
ジェイクは驚いたように私の方を見る。
「雪山で熱を出して意識朦朧としていた私を、何も言わず一緒に連れてきてくれたよね。
あの時の私、完全に足手まといでもう置いて行かれても仕方ないって思ってた。
でもジェイクは当然のように私を一緒に連れてきてくれた。
その時に私、ジェイクは普段お金のことばっかり言っているけど、本当は人の気持ちを良く分かる優しい人なんだって思ったよ。」
ジェイクの目を真っ直ぐ見ながら話す。
彼は視線を彷徨わせており私と目を合わせてくれなかった。
「・・・私はそんなジェイクが大好き。
だから、余計なことは考えないでそのままのジェイクでいいんじゃないかな・・・?」
するとジェイクは眉間に手を当てて動揺を隠すように自分の顔を覆ってしまう。
「・・・・少し落ち着いてから来て。」
そんな状態で敵の前に行ってもきっといつものように対処はできない。
何も言わない彼のことが気になりながらも私は先に行ったシェリーの後を追った。
__今のジェイクには考える時間が必要だ
だが今は敵地のど真ん中。
この問題にケリをつけられるほどの時間も余裕も今の彼には恐らくない。
ならばせめて彼が途中で倒れないよう、サポートしていかなければならない。
親父のせいでこんなところまで来てしまった。
だがそれを望んだのが他ならぬ自分だということはジェイク自身もよくわかっている。
「・・・俺は俺、か」
彼女が自分に言った言葉。
こんな自分のことを好きだと言ってくれる人がいる。
今はそれだけでも救いだった。
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