ピアーズの胸に抱かれながらやっと落ち着きを取り戻してきたナマエ。
だが彼女はヒシっとピアーズにくっついたまま彼から離れようとしない。
余程一人残されたのが怖かったのだろう。
「…ナマエ。ここは危険だ。
もう少し先の部屋に行くと落ち着けそうな部屋がある。取り敢えずそこまで行こう。」
彼の言葉にゆっくりと離れる。その目は可哀想な程に腫れている。
「行こう」
そう言って彼女の自分より随分と小さい手をとる。
柔らかくて力を入れたらたちまち壊れてしまいそうなその手に、彼女が自分とは違う女だということを意識する。
辿り着いた部屋はあまり清潔とは言えないがソファと冷蔵庫、テレビなどがあった。
今までの部屋とは違い、以前まで誰かが住んでいたような生活感がある部屋だった。
何より嬉しかったのは部屋の内側から施錠できるようになっていたことだ。
さきほどピアーズはこの部屋を見つけ、彼女の元に戻ろうとした所だったのだ。
部屋の中に入った所でピアーズは忘れないよう、空かさず施錠する。
意外と分厚いその扉は大声を上げなければ敵に見つかることはそうないだろう。
恐らく疲れ切っているであろうナマエをソファに座らせて水を渡す。
「ここで少し休んでから行こう。」
するとピアーズは少し離れた所で無線機にて通信を図る。
だが、無線機からは無言の雑音が虚しく響くだけだった。
水を受け取ったナマエは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ピアーズだけであればもっと早くここから脱出できたのかもしれない。
いや、そもそも私がいなければ彼はこんなことに巻き込まれることはなかった。
「…ごめんなさい、私の所為でピアーズさんまでこんな所に……。」
無線は通じない。出口は未だ検討もついていない。こんなお荷物までいる。
絶望的すぎる状況に益々その場の空気は暗くなる。
そんな雰囲気を打ち壊すようにピアーズはナマエの隣に座り爆弾発言をする。
「ナマエ、一緒に寝よっか」
「はい!?」
彼の思わぬ爆弾発言にナマエは素っ頓狂な声を上げる。
「ネガティブな考えしかできないのは疲れているからだ。
マイナス思考は時に命取りになることもある。休める時に休んでおかないと。」
柔らかいソファに身を委ね、彼の大きな手に包み込まれると不思議なことに眠気が襲ってくる。
固く骨ばっていて、蛸もある。
だがその手はナマエを守ってくれる優しい手だった。
どのくらい時間が経っただろう。
眠い目を擦りながら辺りを見回す。
しかし先ほどまで横にいたはずのピアーズがいないことに気がつく。
慌てて起き上がり部屋の中を見回すが彼はいない。
施錠してある鍵をはずして廊下へ飛び出す。
「ピアーズさんっ!!」
先ほどまで薄暗いながらも明かりが灯ってい廊下は目の前が見えないほど暗くなっていた。
それでも彼の温もりを求めて我武者羅に走る。
「ピアーズさん!ピアーズさっ…」
それでも彼は何処にもいない。
『置いていかないで…』
「………ナマエ!」
ナマエが目を開けるとそこには自分を心配そうに覗き込むピアーズの姿が。
「…置いてかないで…………」
自分の首に抱きつくナマエの背中をポンポンと一定のリズムで優しく叩く。
「…大丈夫、俺はここにいるよ」
彼女の頬を流れる涙をピアーズは優しく指の腹で拭った。