バシャバシャと足元の水を掻きわけながら進む二人。
落ちた先はどうやら細い水路のような場所だったらしく足首あたりまで水が張っている。まさかホテルの底にこのような水路があったとは驚きだ。
狭いそこは人一人通るのがやっとで私はピアーズさんの大きい背中にぴったりとくっついて歩いて行った。
程なくして小さい扉がついた壁が見えてくる。
水路はまだまだ先へと伸びていそうだが、暗闇で視界も確保できない、正直どこまで続いているのか分からない水路をこれ以上進むのは得策とは言えないだろう。
それに万が一にもこの狭さで敵にでも遭遇したら、いくらピアーズと言えども彼女を守り切る自身はなかった。
幾ら足元しか浸かっていないとは言え、長時間水に入っているのはそれだけで体力が奪われる。
この先どのくらいこの状態が続くのか分からない。できるだけ体力は温存しておきたかった。
総合的に判断し、ピアーズは扉の先へと進むことを決意する。
彼女に少し下がるように指示しピアーズはゆっくりと扉を開く。
開いた扉の先は何故か電気が通っているようで、水路よりは明るかった。
これならライトを使わずとも先へ進めそうだ。
敵がいないことを確認したピアーズは彼女の方へ振り返る。
「ナマエ、こっちへ…!?」
後ろを振り返ったピアーズは、今まさに彼女の後ろから音もなく襲い掛かろうとしているゾンビに気が付く。
彼は咄嗟にナマエの手をこちらへ引くと後ろのゾンビへ向けて弾を撃ち込んだ。
「きゃあっ!」
腕を引かれたことにより彼の胸に突っ込むナマエ。
そして突然の発砲音にビクンとその身を竦ませる。
ピアーズが放った弾は見事額に命中しゾンビは活動を止めた。
恐る恐る後ろを振り返ろうとするナマエの頭を自分の胸に押し付けるピアーズ。
「見るな。」
そう言って彼女の頭を抱いたまま水路へと通じる扉を閉める。
ガチャンと扉の閉まった音が聞こえたかと思ったら、やっと彼の手が頭の後ろから離れる。
見上げたすぐ傍に彼の整った顔があり、思わず身体を離す。
「い、今、一体何が…?」
何が起こったのか理解できず目を白黒させる。
だが彼は私の頭を軽く撫でただけで何も教えてはくれなかった。
彼が見るなと言ったということは私は見ない方がいいものなのだろう。
そう思いそれ以上の追及はしないことにした。
気持ちを切り替え今自分がいる場所を見回してみる。
電気がきているおかげで先ほどよりは明るいが、パチパチと音を立て今にも寿命が尽きそうな蛍光灯は不気味だ。
あまり清潔とは言えない廊下をピアーズの手に引かれる形で進む。
左右にはいくつかの扉が等間隔に点在しているがどれも鍵がかかっており進めそうになかった。
「!」
唯一カチリと音を立てて回ったドアノブ。
ピアーズは一度それを閉じてナマエに向かって言う。
「ナマエ、俺はこの先に危険がないかまず見てくる。
少しの間ここで待ってて。」
「あ…」
彼はそう言ったかと思うと扉の向こうへと消えていった。
彼を掴もうと出た手は空しく宙を切る。
何分くらいたっただろう。それ程たっていないのかもしれないし、何時間もたっているような気もする。
床に座って待っていた私はふとある考えに思い至る。
__もしかして彼は、私を置いていったのではないか
そう思ったら居てもたってもいられなくなってしまった。
先ほど彼と約束したことも忘れて彼が消えていった扉へと足を踏み入れる。
「ピアーズさんっ…!私も行くっ…置いていかないで…」
開けた扉の先は雑多にものが並べられている倉庫のようになっていた。
だがそこに彼の姿はない。
隣へと続く扉があるのに気が付き、サァっと顔から血の気が失せる。
やっぱり彼は私を置いて__
「ピアーズさんっ!!」
扉に向かい先に行ってしまった彼に追いつこうと走り出す。
その扉を開いた先に彼の姿はあった。
「ナマエ!?」
「ピアーズさんっ!ごめんなさい…置いて行かないでぇ…!」
彼の胸の中に飛び込んだナマエはブルブルと震えながら縋りつく。
ボロボロと大きな瞳から涙を流すその姿はまるで子供が親に置いて行かれるのを恐れるような様子だった。
必死に「ごめんなさい」と泣きながら繰り返すナマエにピアーズはギュっと彼女の細い背中を抱きしめる。
「…ごめん。不安だったね。」
勿論ピアーズは彼女を置いて行こうとした訳ではない。
もしも先ほどの様に化け物が居た場合、彼女が危険にさらされるのを防ぎたかったのだ。
だが結果として彼女をより一層不安にさせてしまった。
突然このような状況に晒された彼女にとって、ピアーズは唯一頼れる命綱とも言える人であった。
そんな人間に置いて行かれたと思ってしまったらパニックになるのも無理はない。
ピアーズは言葉を発することなく彼女を強く抱きしめた。