10.少しばかりの休息を
私たちはとある部屋の前まできていた。
ここから脱出するために間違いなく必要となるエレベーター。
だが必ずしもエレベーターが可動しているとは限らない。
こんな状況だ。むしろ動いていない可能性の方が高いだろう。
そのため少し遠回りをしてこの部屋に来たのだ。


『control room』


電気がきているのであれば動く可能性は高い。そんな期待を抱きつつ部屋へと入る。

銃を構えながら警戒して部屋に入るピアーズさんに続き私も中へと入る。

幸いこの部屋の中にゾンビはいなかった。
だがこの部屋は、今までの部屋と比べると異様な位綺麗だった。
まるで最近まで誰かが使っていたような__

ピアーズさんもそんな異様な雰囲気は感じ取ったのか一瞬眉を顰めるが、何も言うことはなかった。
無言でモニターを見ながら下の機械をいじっている。
何故か慣れたようにそれを操作するピアーズさんを見ながら、本当に彼はなんでもできるのだなぁと改めて感心する。


「やっぱり少し遠回りしてもここに寄ってよかったよ。」


「え…?じゃあエレベーターは動いてなかったってことですか…?」


「だけどこれでしっかりと動くようになったはず。
しかもこうしてモニターを見る限りだとそれ程奴らの姿も見えない。
ここまでくるとショッピングモールに上ったときにそこがどういう状況になっているかって方が気になるね。」


確かに私が初めてゾンビに襲われたのもあのモールの中だった。
あの時は驚いていて辺りを見回している余裕なんてなかったから分からないがゾンビが一匹とは限らないだろう。
恐らくたくさんいるゾンビの波を掻い潜って外に出なければならない。
そう考えると再び暗い気持ちになる。

そんなナマエの様子を見たピアーズは慌てて明るい声を出す。


「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫。
エレベーターまで行けば確実に無線は通じると思うし、そうすればクリス隊長たちがモールの中まで迎えに来てくれるはずだ。
俺一人じゃ頼りないかもしれないけど、あれだけ沢山の男がいれば安心でしょ?」

突然自虐を言い始めたピアーズにこちらが焦る。

「頼りないなんて、そんなことありません!」

「そう?それならよかった。」

フフと微笑むピアーズに「ああ、またやられた」と罰の悪そうな顔をするナマエ。


「……ピアーズさんの意地悪」

「そりゃどうも」

どうあがいても彼の方が一枚上手だ。
叶わないと悟ったナマエは拗ねたようにプイッとそっぽを向いてしまう。


「ナマエ?拗ねちゃったの?」

それを追いかけるように彼女の視界に入ろうとするピアーズ。
だがナマエはもはや意地なのか視界から彼を外すようにまたそっぽを向く。


「こっち向いて。ナマエ…」

先ほどとは打って変わったピアーズの甘えるような優しい声に、思わず彼の方を見やるナマエ。
その顔はどこか切なげに見える。


「ピアーズさん…」


「やっと見てくれた。」


そう言ってナマエの頬を両手で包むピアーズ。
どちらからともなく近づく距離。
次の瞬間には二人の唇は重なっていた。


「ン・・・はぁ・・・ん」


優しく口内をなぞるピアーズの舌に翻弄されるナマエ。
その甘すぎる口づけに彼女の足は全ての力が抜けてしまったかのように立たなくなる。

カクンと腰が抜けたナマエを支えるようにピアーズはさらに口づける。

(意識が…)

視界が真っ白に染まり始めたころに漸くピアーズはその身体を離す。
離れた互いの唇は銀色の糸でつながっていたがやがてそれはプツンと切れる。

息も絶え絶えなナマエに対してピアーズは全く息を乱していない。
そんな彼女の様子を見たピアーズはポツリと独り言のように言う。

「…ナマエ、可愛い」

そんな彼の言葉にボッと全身が沸騰したように熱くなる。


「ピアーズさんの馬鹿!変態っ!」

そう言って彼の腕から逃れプイと後ろを向いてしまったナマエ。


そんな彼女を追いかけるように、小さい背中を優しく後ろから抱きしめて彼女の肩に顎を乗せる。


「ぎゃあっ!ピアーズさ、どこ触って…」


突然抱き着いてきたピアーズをはがそうとするが、彼の様子が可笑しいことに気が付く。


「…ピアーズさん?どうしたの?」


ピアーズは彼女の肩に顔を埋めたまま答える。


「…ナマエ、少し休もう……?」


その声はなんとなく疲労も混じっているような気がしてナマエは申し訳ない気持ちになる。
今までさんざん自分を守りながら進んできたのだ。
疲れないはずはない。
自分の肩にあるピアーズさんの頭を優しく撫でる。


「…はい、休みましょう。ありがとうございます…ピアーズさん。」


そう言うとピアーズは彼女の身体を、自らの身体に寄りかからせるように壁に背をつく。


「ぴ、ピアーズさんっ それじゃあピアーズさんが疲れちゃいますよ!」


「これがいいんだ。お願いだからここに居て…」


そう言われてしまえば抵抗する理由などなかった。

私自身も疲れていたのか温かいピアーズさんの胸の中でいつの間にかウトウトとしていた。


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bkm