この施設にはリッカーがいる。
それを知ったピアーズはより慎重に歩を進めていた。
リッカーの鋭い爪で引っ掻かれたら到底ここで処置は不可能だ。
この状況で怪我を負うことは即ち死を意味する。
それだけは避けねばならなかった。
注意すべきはリッカーだけではない。
まだここに来てそれ程遭遇していないが確実にここには感染者がいるとピアーズは見ていた。
ここに来てから結構な時間が経っている。
眠っていた時間を含めれば丸1日はこんな状況だ。
流石にピアーズも疲れを感じてきていた
だがピアーズは決してそれを顔には出さなかった。
覚悟ができている自分とはちがい彼女は突然ここへ放り込まれたようなものだ。
ただでさえ精神的に不安定になっている彼女に追い討ちをかけることはしたくなかった。
だがそれがいけなかったのだろうか。
正面を気にしていたピアーズは気がつかなかった。
今まさに自分のすぐ横の扉が何者かによって開かれたことに。
咄嗟に彼女を守ろうと後ろへ突き飛ばすが、ほぼゼロ距離だった自分は避けることができなかった。
そのまま二匹のゾンビに身体を押さえつけられて仰向けに転がる。
「ピアーズさんっ!!」
「くそっ…!」
必死に抵抗するが流石に二匹ともなるとピアーズも上からの攻撃を身体を逸らしながら避けるので精一杯だった。
(どうしよう!ピアーズさんが…!)
何もできずオロオロと辺りを見回すナマエ。
そんな彼女を見てとても攻撃など不可能だと思ったピアーズは叫ぶ。
「ナマエ!逃げろ!」
ゾンビが自分に噛みつこうとするのを避けながら必死に叫ぶピアーズ。
「や、やだ…!」
パニックになっているのかその場から動こうとしないナマエ。
「ナマエ!!」
動かぬ彼女の背中を押すようにさらに声を荒げるピアーズ。
だが彼女は何を思ったのか床に落ちていた鉄パイプに手をかける。
そして勢いよく自分の上へ跨る一体のゾンビへと振りかぶった。
グチャッという気味の悪い音と共に横に吹っ飛ぶゾンビ。
それはそのまま壁にぶつかり頭が潰れ動かなくなる。
一体になればこちらのもの。
ピアーズは上に跨るもう一体のゾンビの首をつかみゴキリとへし折る。
力なくなる死体を自らの上からどかし急いで彼女の元へ駆け寄る。
「ナマエ!大丈夫!?」
鉄パイプを手にその場に座り込むナマエ。
ピアーズは彼女の様子が可笑しいことに気が付く。
大粒の涙を流しながら荒い呼吸をする彼女。
自分で自分の胸を抑えながら不規則な呼吸を繰り返している。
「ぴあーず、さ…くるし、息」
自らも座って彼女の様子を見るピアーズ。
その様子を見たピアーズはこの原因が何なのかすぐに理解する。
「落ち着いて、ナマエ。過呼吸だ。ゆっくり深呼吸をして。」
今まで耐えてきたものがここに来てピアーズが危機に瀕したことによって爆発してしまったのだろう。
ピアーズは呼吸を落ち着けるように言うが、吸っても吸っても息が吐けないナマエとしてはそれどころではない。
何か紙袋などがあれば処置することができるのだが、生憎そんなに都合の良いものはここにはなかった。
「くる、しいっ…ぴあーずさっ」
「…ナマエ、落ち着いて」
「たすけ、てっ…」
自分の両腕に手をかけて助けを求めてくるナマエ。
大きな瞳から涙を流しながら自分に訴えてくる彼女にドクンと胸が高鳴る。
その柔らかそうな頬は血液や泥などで随分と汚れてしまっている。
自らの指の腹でそんな汚れを取りながら彼女の顎に手をかける。
そしてピアーズはゆっくりと彼女の唇に口づけた。
ゆっくりと呼吸を促すように彼女に深い呼吸を送り込むピアーズ。
徐々に落ち着いてくるナマエの呼吸に、もう口づけは必要ないと理解していながらも中々身体を離すことができないピアーズ。
顎にかけていた手を彼女の後頭部に回してさらに密着するように深く口づける。
そんなピアーズにナマエも抵抗せずむしろ安心したようにその身を委ねている。
どちらからともなく舌を絡めあいその場に粘着質な音が響く。
「ん…はぁ、ぴあーずさ、」
そんな彼女の息苦しそうな声を聞いてやっと口を離すピアーズ。
だが先ほどまでの息苦しさとは違い、それは甘い響きを含んだ声であった。
とろんと熱っぽい視線でピアーズを見つめるナマエに慌ててその身体を離して立ち上がるピアーズ。
「…ほら、行こう。もうそれ程出口まで遠くはないはずだ。」
自分の方を見ないように話すピアーズに疑問を持ちながらも、彼が差しだしてくれた手をとり立ち上がる。
(__クソッ こんなつもりじゃあ…)
自分のしたことに後悔するピアーズ。
だが動き出した気持ちは止めようがなかった。