Day'seyeをあなたへ | ナノ

 5.回り出す歯車

なんだろう、すごくふわふわする。
私、一体どうしたんだっけ?

そうだ。確か変な髪型をした人にブチャラティのことを聞かれて、それから…。

じゃあ今私を抱いているのはそいつ?

違う。この感じは、懐かしいこの香りは___、



「あっ、目ぇ覚ましたぞ!ブチャラティ!」

「分かってる。少し落ち着け。ナランチャ。
ナマエ、分かるか?」

目を覚ました瞬間視界に入ってきたのは幼いあの頃の面影を残しながらも、ずいぶんと男らしくなった彼の顔だった。

「…………ブチャ、ラティ…?」

空とブチャラティの覗き込む顔が真上に見える。
私はようやく自分が彼の膝を枕にして寝ていることに気がつき、慌てて起き上がる。

「あ……っ、」

急に起き上がったせいか頭がクラクラする。どうやら私はベンチに寝ていたようで、起き上がった衝撃でひっくり返りそうになる。
それを支えてくれたのはやはり彼であった。

「急に起き上がるな。頭を殴られているんだぞ。」

「ご…ごめんなさい。」

ブチャラティは自分の方へ引き寄せるように肩を支えるものだから、必然身体は密着する。
その体温と彼の香りに思わず顔が赤くなる。


「ブチャラティ。そろそろ話してくれてもいいんじゃあねぇのかい?」

銀髪の男がそう口にしたのと同時に、ベンチのすぐ近くにあった公衆トイレから更に3人の男が出てくる。

「ブチャラティ、その女性、目が覚めたんですか?」

金髪の物腰の柔らかそうな男に続き、後から出てきた2人には見覚えがあった。

「センパイ。無事で良かったです。」

「ジョルノ……!?なんで…?」

まさかの人物の登場に驚きの声を上げる。

「いってー…。おいジョルノ!ちょっと肩貸してくれよ!」

後から出てきたミスタとバッチリと目が合い、慌てて目を逸らす。
あれだけ忠告されたというのにその直後、ものの見事に捕まってしまったのだから気まずいものがある。
よくよく辺りを見回してみれば、ここに揃っている面子はよく私の店に来るチンピラたちではないか。
訳がわからず困ったようにブチャラティを見上げる。
彼はそれに気づいたのか、思い悩んだ様子で口を開いた。

「ナマエ、すまなかった。お前がこんな目にあったのは間違いなく俺の責任だ。」

深々と頭を下げたブチャラティに驚き、慌てて彼の顔を上げさせる。

「えっ!?ぶ、ブチャラティ!そんな、顔を上げてよ!私が日も暮れていたのに、道端でぼーっとしていたのがいけなかったんだよ!」

「それだけじゃあない。
ジョルノに聞いたが、お前、ポルポの矢に刺されたのか?」

その言葉にジョルノ以外の全員が驚いたように更に私とブチャラティの座るベンチへと詰め寄った。

「矢に刺されて生きてるってことは……。っマジでかよ!?」

「うっそだろ!?ブチャラティ!この弱っちそうな女がスタンド使い!?」

「どういうことだ?その女も試験をクリアしたってことか…!?」

「いくらブチャラティの幼馴染とはいえ、俄かには信じられませんね…。」

男4人に一斉に詰め寄られて驚きのあまり身を固くする。
ブチャラティは私が怯えていることに気づいてくれたのか、さりげなく私の身体を自分の後ろへと隠してくれた。

「いいや。彼女はジョルノの入団試験に巻き込まれちまっただけのただの一般人さ。そうだな?ジョルノ?」

「そうです。彼女はライターの再点火を見てしまいポルポのスタンドに襲われました。」

「そんな偶然、ありえるのか…?そこで矢に選ばれちまったってことだろ…?」

「ていうかそもそもこの女も6億を狙ってきた敵、って訳じゃあねぇよな?」

銀髪の男の疑ぐるような視線が突き刺さる。
敵対心を剥き出しにしたようなその視線にゴクリと喉を鳴らす。

「アバッキオ、ナマエは一般人でただの普通の女だ。怖がらせるんじゃあねぇ。」

「ブチャラティ、お言葉だが普通の一般人は矢に選ばれたりはしねぇ。そこで死んでおしまいだ。」

銀髪の男の言葉に辺りは静まる。

「まぁどちらにしても6億は手に入ったんですよね。彼女も無事だったことだし良かったじゃないですか。」

金髪の男は既に我関せずといった様子で、どちらでもいいという態度を貫いている。

「たしかに、フーゴの言う通りだな。ブチャラティはこれで間違いなく幹部になるわけだし。ブチャラティの管轄下のネアポリスにいりゃあ安全だろ。」

ミスタはフーゴに同意するようにそう言うが、肝心のブチャラティがどうにも釈然としない、そうな表情をしていた。

「どうしたんだよ?ブチャラティ。」

「……組織の矢で目覚めさせた能力者を、みすみす組織が逃すだろうか?」

ブチャラティの言葉に、ナランチャは意味がわからないとでも言うように首を傾げる。

「矢でスタンド使いになる者はごく稀だ。それはお前たちもよくわかっているだろう。果たしてボスは能力に目覚めた者をみすみす普通の生活に戻ることを許すだろうか?」

ブチャラティがそこまで言って私はようやく理解した。
自分がスタンド能力に目覚めたことによって、何かとんでもないことに巻き込まれていることに。

「_____その通りじゃよ。ブチャラティ。」

突然あたりに響いたここの誰のものでもない声。
それは先程トイレから出てきた掃除夫のうちの1人だった。
その人を見た途端、ブチャラティははっとした表情になり声を上げる。

「全員礼だ!幹部のペリーコロさんだ!」

私以外の全員が同時に頭を下げる。どうやら目の前のこの老人はかなり偉い人のようだ。
ブチャラティは黒髪の少年に目線をやると、彼はずっと持っていた大きな袋をその老人へと渡す。
ペリーコロさんがその中から何か輝くものを一つ取り出す。一つ億はくだらないだろう宝石がいくつも入っている。
見たこともない輝きに、頭がクラクラとした。

「ブチャラティ、おめでとう。ボスからの命令で君を幹部に任命する。」

その言葉に一同は喜びの声を上げる。
彼らの様子を見ると、ブチャラティがどれだけ慕われているのかよく分かった。

「そして先程の話だ。私は以前にもとある偶然から『矢』の秘密を知ってしまった一般人の男の話を知っている。まぁ、彼はスタンド使いにこそならなかったがね…。」

「……その男はどうなったのですか?」

ブチャラティの質問に全員が息を飲むようにペリーコロさんを見つめる。

「…死んだ。ボスに命令された組織の者に殺されたのだ。矢の秘密を知ってしまった、たったそれだけのことだがその男は殺された。それだけ私たちのボスは用心深く、疑り深い。」

ペリーコロさんの言葉に絶句した。矢の秘密を知ってしまっただけで殺された一般人の男性。
だったら秘密を知るどころか矢の力を手に入れてしまった私は…。

「ともかく気をつけることだ。矢に選ばれスタンド使いになれたのは不幸中の幸い。運が良ければ殺されることはないだろう。だが覚悟しておいた方がいい。酷なようだが今までのような普通の生活はもう送れない、そう思っていたほうが身のためだ。」

「そ、そんな……!」

ペリーコロさんの非情な言葉に崖から突き落とされたような気持ちになる。
正直私は楽観視していたのだ。まさか組織の秘密を知ることがこれほどまでヤバイことだったなんて。
彼が言う『運が良ければ殺されることはない』というのはおそらく私がスタンドを使いであり、同じスタンド使いの相手が襲ってきたときに一般人のように問答無用で殺されることはないだろう、ということだ。
だが私はまたいまいち自分のスタンドについて理解していないし、たぶん理解できたとしても突然襲ってきた刺客と戦えなんて言われても無理だ。
突然突きつけられた現実に身体が震える。

ポン、とその震えを押さえるように肩に温かい手が乗せられた。

「心配するな。ナマエ。」

「…ブチャラティ……?」

「俺はこの組織を変える。決してお前を死なせはしない。」

ヒュゥ〜、という冷やかすようなミスタの口笛が響く。
私はブチャラティの真剣な瞳から目が離せなかった。彼が何のためにギャングになったのかはわからない。
だがブチャラティは何かをなす為にギャングになった。彼の深い青色の瞳がそれを語っていた。
そんな彼を見ていると安心からか不思議と涙があふれてきた。

「ペリーコロさん、ご心配なく。彼女は決してその男と同じ運命は辿らせません。」

やはりブチャラティは昔と変わっていなかった。
正義感が強く、優しい彼。
私の中で消えてなくなったと思っていた昔の想いが沸々と蘇ってくるのを感じた。