▼ 4.カプリ島にて
「…今何か言ったか?」
「は?何も言ってねぇよ。」
「……そうか、だれかに名前を呼ばれた気がしたんだがな。」
「大丈夫か?疲れてんじゃないのか?
それよりもブチャラティ。『ムーディー・ブルース』のリプレイが完了したようだぜ。」
ポルポの遺産の6億円を手に入れるため、ブチャラティたちは船でカプリ島を目指していたところ何者かに襲われた。その男を今まさに撃退したところだった。
アバッキオの言葉に全員がムーディー・ブルースのリプレイに集中する。
そこには無線機で誰かと話しているズッケェロの姿があった。
「ヨットの行先はよぉ、カプリ島だ。しかし隠し場所の詳しい場所は話さねぇ。5人を始末してからブチャラティにゲロさせる。」
『この女はどうするんだ。』
「その女は保険だよ。万が一ブチャラティがゲロしなかったらよぉ、ヤツの目の前でその女は悲鳴を上げることになるだろうぜ。」
『フッ…、相変わらずひでぇことをしやがる野郎だ。まあいい。俺は高速艇で先にカプリ島で待つ。』
そこで『ムーディー・ブルース』の再生は終了した。
「高速艇ならネアポリスから30分でカプリ島に着きます。」
「完璧、先に島に着いてるぜ…。」
「待ってください。奴らのセリフ、どうにも引っかかる…。『女』って、一体なんのことだ?
……ブチャラティ?どうかしましたか?」
ブチャラティは言葉を失ったように目を見開いて一点を見つめていた。
その額には冷や汗をかいている。
「どうしたんだよ、ブチャラティ?調子悪いのか?」
声をかけたナランチャの横を無言で通り過ぎ、ブチャラティは床に転がるズッケェロの頭を見下ろす。
すると思い切りズッケェロの頭を潰すような勢いで踏みつける。
「貴様、まさかとは思うが『彼女』に何かしたのか?」
突然のブチャラティの行動に周りの人間たちは驚いたように顔を見合わせた。
ググッと足に力を入れると頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げる音が聞こえてくる。
ズッケェロは苦痛に顔を歪めながらもニヤリと笑った。
「ナマエ、って言ってたっけ?なかなか可愛い子だったなぁ、ブチャラティさんよぉ。」
挑発するように不敵に笑ったズッケェロの頭を思い切り掴んだと思うと、ブチャラティはその顔面を思い切り殴りジッパーでさらに頭を分断した。
丁度口と顎の辺りを分断された男は、それ以上何もしゃべれなくなる。
ブチャラティがこれほど苛立っている様子を初めて見たほかの4人は思わず言葉をなくす。
「ブチャラティ…、手から血が…。」
ナランチャがブチャラティの手から滴り落ちる血を指摘するが、彼はそれを「気にするな」と言い一掃した。
全員が気まずい沈黙の中言葉を発するのを躊躇う。そんな中、唯一声を上げたのは新人のジョルノだった。
「…ともかくここで手を拱いているわけにはいかない。僕のスタンドならこの浮輪を魚に変えられる。これならこのヨットよりも早く入港できる。」
「島についたからと言ってどうする?カプリ島は観光客だらけなんだぞ?顔も名前も知らないヤツをどうやって探すというのだ?」
アバッキオの言うことは最もだった。顔が割れているこちらには不利なことにかわりはないだろう。
だがそれでもここでのんびりとヨットで島に到着するのを待つのでは、敵にその分準備をする時間を与えてしまう。
ジョルノの言葉に賛同したのはミスタだった。
「待て。俺も行く。」
ジョルノとミスタに続いてヨットから降りようとしたのは驚いたことにブチャラティだった。
「ブチャラテイ?」
「アバッキオ。お前たちはこのままヨットで島に入港しろ。俺は少し確かめなくちゃあならねぇことがある。」
有無を言わせぬようなブチャラティの声色に、一同はそれにうなづくしかなかった。
こうして一足先にジョルノ、ミスタ、ブチャラティの三人はカプリ島へ入港することになる。
◇
「ヨット『ラグーン号』をお待ちの方はおりますかぁー?ラグーン号の『ズッケェロ様』から『無線』が入っておりますー!『ボート監視小屋』までお越しくださいー!」
ミスタの作戦はこうだった。
まずミスタだけがボート監視小屋の横で待機。少し離れたところでジョルノとブチャラティの二人が辺りに溢れ返っている観光客をチェック。ボート監視小屋にまんまと近づいてきたヤツがズッケェロの仲間というわけだ。
「様子を伺うため暫く出てこないかもしれん。ジョルノ、挙動が不審な人間がいたらすぐに知らせろ。」
「わかりました。」
しかしいつまでたってもボート小屋に近づく人間は現れない。
もしかしてこちらの作戦に感づかれてすでにこの場から離れているのだろうか。
そう思い始めた時だった。
ジジッとジョルノの手の中にある無線機が音を上げる。
『どうしたんだ、ズッケェロ。呼び出しなんかして、何か問題でも起こったのか?』
ブチャラティは慌ててボート監視小屋を双眼鏡で見る。
影になってしまっていて相手の顔まではわからないが、監視小屋の中にはいつの間にか男が一人いた。
表ばかりに気をとられていて全く気がつかなかったが、どうやらあの小屋は死角に裏口があったらしい。
そしてまずいことに男の一番近くにいるミスタはまだそのことに気がついていない。
「マズイぞ。あのままだと無線は罠だと気づかれて逃げられる。」
ブチャラティの言葉にジョルノは必死に身振り手振りでミスタへ状況を伝えようとするが、それを小屋に近づいてくる人間がいる合図だと勘違いしたミスタはそれを確認しようと小屋の影から出てきてしまう。
小屋の中の男は明らかに窓の外にいるミスタを凝視している。
もはや一刻の時もないと悟ったジョルノはバレることを覚悟で大声で叫んだ。
「ミスタッ!うしろだぁー!!小屋の中にいるんだっ!!」
ジョルノの言葉にすかさず振り返ったミスタは窓のブラインドが下げられたにも関わらずその窓に向かって銃を打つ。
それを合図にジョルノとブチャラティも物陰から飛び出して小屋へと向かう。
その間にミスタは小屋の中へと飛び込んだ。
しかし二人が小屋へ飛びこんだときにはすでにそこにはミスタの姿はなかった。
床にはどちらのものかわからないが血痕が落ちている。
「新しいものだ。敵のものだろう。」
「ミスタは敵を追っていったのでしょうか?」
「だろうな。ジョルノ、お前はミスタを追え。くれぐれも殺すなよ。ヤツには聞かなきゃならねぇことがある。」
「ブチャラティはどうするんですか?」
先ほどの様子からして今一番敵を追いたいのはブチャラティだろうに、それをしないことにジョルノは疑問を持った。
「誰かが港に残らないと後からくるアバッキオたちが困るだろう。」
こんな状況でも合理的な判断ができるブチャラティに、ジョルノは口には出さないが尊敬の念を抱いた。
そしてジョルノはミスタを追うために裏口から小屋を飛び出した。
(それにしてもズッケェロが言っていた、ナマエって名前……。ブチャラティのあの様子からして、彼と関わりのある女性のようだが…。まさかあの時の彼女のことじゃあないよな?)
一方小屋に残ったブチャラティは、その小屋に違和感を感じて辺りを調べていた。
窓の外からミスタが放った弾丸はブラインドを貫き、無線機のあたりには大量のガラス片が散らばっている。
(本当に奴らはナマエを?)
何故彼女の自分のつながりに気がつかれたのか?
あの日話しているのをどこかのだれかに見られていたのか?
いや、それだけでは自分と彼女が昔馴染みだということまでは知るすべはない。
(ナマエ、何故この町にきたんだ…。)
自分の傍にいれば彼女は近しい者として危険が及ぶのはわかっていたことだった。
だからブチャラティは彼女が間違っても自分を探したりなどしないために冷たい態度をとった。
だが結局彼女を守るどころか危険に晒してしまっている。
自分の不甲斐なさを後悔せずにはいれなかった。
「…どこにいるんだ……?」
ブチャラティが呟いたときだった。
__ガタン、
小屋の奥から響いた音にブチャラティはハッと息を飲む。
物置だろうか。そこにはもう一つ扉があった。
「まさか……、そんな馬鹿な…っ」
警戒しながらその扉を開ける。
ある程度の予想はしていたとはいえ、本来ならそこにいるはずのない彼女の姿があることにブチャラティは動揺した。
「ナマエ……っ!」
逃げられないように紐で両手両足を縛られて猿ぐつわをされている彼女はどうやら気を失っているようだった。
ブチャラティは彼女へと駆け寄ると拘束を解き、声をかける。
「ナマエっ!大丈夫か!?」
ブチャラティの言葉が届いたのかナマエはその腕の中で呻き声を上げる。
「…う……っ、ぶ、ちゃ、らてぃ……?」
「あぁ、俺だ。ナマエ、もう大丈夫だからな。」
その声を聞いて安心したのか彼女は再び眠るように意識を失った。
気を失った彼女を抱き上げるようにして立ち上がった瞬間に気が付く。
彼女の真っ白い頬が何かに強く叩かれたように真っ赤に腫れ上がっているのを。
「ヤロウ……ッ!よくもこんな…っ」
何の関係もない女にここまでの仕打ちがよくもできたものだ。
ブチャラティは怒りを押さえずにはいられなかった。
◇
「…ブチャラティ、その女は一体誰だ?」
それから数十分後、サーレーという名の瀕死のスタンド使いの男を連れたミスタとジョルノが戻ってきたのとほぼ同時に、港にアバッキオたちが到着した。
血だらけのミスタと紐で縛られて床に転がされている敵であろう人物も気になるが、それよりも気になるのはブチャラティの胸に抱かれてスヤスヤと眠る女の方であった。
特にジョルノは彼女を見た瞬間驚いたように息を飲んだ。
勿論ブチャラティがそれに気が付かない訳はなかったが、今はそれよりもしなければならないことがある。
小屋の外はこの騒ぎに多くの人が集まり始めていた。
「とりあえず場所を移動する。話はそれからだ。」
「コイツはどうすんだよ?」
ミスタが視線をやった先には瀕死のスタンド使いがいる。ブチャラティは冷たい目でそれを一瞥したかと思うと無感情にただ一言言った。
「___殺せ。」
その命令を合図に小屋にまた一つ銃声が響いた。