▼ 32.別離
船に戻った途端、アバッキオがジョルノの胸倉を掴み上げる。
「ジョルノ〜〜!!貴様一体なんなんだ!?勝手な行動ばっかりしやがって!!」
「アバッキオ!やめてよ!」
自分より20センチも背の高いアバッキオに首を絞められて、苦しそうな顔を浮かべるジョルノ。アバッキオを止めようと私は彼の腕に掴まるが、私の力で止められるはずもなく軽く振り払われてしまう。
「テメーもだぞ!ナマエ!!確かにてめぇはパッショーネの人間じゃあねぇ。だがな、テメェはこの船を降りたことによって俺たち全員を危険に晒したんだぞ!!
…それにだ。説明してもらおうか。てめぇら何故トリッシュを連れて帰ってきた…?」
全員の視線が船に横たわるトリッシュへと向く。
彼女は未だ気を失ったまま目覚める様子がない。
「…わかった。単刀直入に言おう。時間が差し迫っている。多くを説明している余裕はない。」
ブチャラティの神妙な顔に私とジョルノ以外の全員がゴクリと唾を飲みこんだ。
「トリッシュを連れて帰ったのはたった今!俺がボスを裏切ったからだ!俺はお前たちとはここで別れる!
これからお前たちが俺と一緒に行動すれば、お前たちも俺と同じ裏切り者になってしまうからだ!」
ミスタ、アバッキオ、ナランチャ、フーゴ。
全員が驚愕に目を見開いた。
初めはブチャラティの言っていることが理解できなかったのだろうか、各々がポカンとした表情を浮かべる。
だが彼が冗談でそんなことを言っているのではないことに気がついた瞬間、その言葉の意味に全員の顔が真っ青になっていくのが目に見えてわかった。
「………な、なんだって…………?」
「…………。」
「よ、よくわからないな……今言ったこと…。今何て言ったんだ…?」
「裏切ったと言ったんだ……。ボスを…!な、何故…!?」
フーゴの問いにブチャラティは目を閉じたまま何も答えようとしない。
きっとブチャラティのことだ。これ以上彼らを巻き込まないようにと口を閉ざしているのだろう。
「ブチャラティ。話すべきかと思います。話を聞いたうえであなたについてくるという人はいるかもしれません。」
「………あぁ、そうだな。」
ブチャラティは意を決して先ほど教会の中で起こった出来事を話し始めた。
「ボスは自らの手でトリッシュを始末するために、俺たちに彼女をここまで護衛させた。トリッシュには血のつながるボスの正体が分かるからだ…。
……許すことができなかった。そんなことを見ぬフリして帰ってくることはできなかった。
だから裏切った。」
ブチャラティは淡々と起こったことと自分の気持ちについて語った。
彼が話し終わっても言葉を発する人はいなかった。
誰もブチャラティと視線を合わせようとしない。それぞれが地面を見て答えを探すように頭を抱えたまま動かなくなった。
そんな中アバッキオが焦燥し切った顔を上げて口を開く。
「裏切り者がどうなるのか、それを知らぬわけではないだろう…。何者だろうとボスは逃がしたことはない。
……いや、すでにこのヴェネツィアはボスの『親衛隊』に囲まれているかも。」
「…助けが必要だ。この話を聞いて俺と共に来てくれる者がいるならば、この階段を降りて船に乗ってくれ。ただし俺はお前たちについてこいと『命令』はしない。一緒に来てくれと『願う』こともしない。俺がやったことだからな。だから俺に義理を感じる必要もない。だが偉そうなことを一つ言わせてもらう。
俺は正しいと思ったからやったんだ。こんな世界だが、俺は自分の信じる道を歩いていたい…。今は無理でも必ず弱点を見つけてみせる!そしてボスは必ず倒す!」
ブチャラティの言葉に迷わず動いたのは私とジョルノだけだった。
ジョルノは階段を降りブチャラティの横を通り抜けると一番に船に乗りこむ。
そんなジョルノを見てブチャラティもフと笑った。
私も階段を降りて船に乗ろうとするが、なぜか私の行く先を阻むようにブチャラティの手が出された。
「……?」
訳が分からず彼のほうを見上げるが、ブチャラティは答えてはくれない。ただじっと陸に残っている4人のほうを見つめている。
「な、何故……、賢明なあなたがこんなことをしたのか僕には理解ができない…。ブチャラティ、確かに僕はあなたには返しきれないほどの恩がある。だけどそれとこれと、組織を裏切るという話は全くの別物だ…!残念ながらその船に乗る人間は一人もいないよ…。」
「フーゴの言う通りだ。アンタのやったことは自殺に等しいことだぜ。どこに逃げようと『世界中』、アンタに安息の地はもうない。そして俺が忠誠を誓ったのは組織に対してなんだ。アンタに対してじゃあねぇ!」
ブチャラティはアバッキオの言葉に一瞬辛そうな表情を浮かべたが、ただ黙って彼の話を聞いていた。
「あー、クソッ」
その時だった。一人の男がガシガシと頭を掻きながら階段を降りてブチャラティの横に並んだ。
「俺は元々よぉ、行くところや居場所なんてどこにもなかった男だ。この国の社会からはじき出されてよぉー。
俺の落ち着ける所は、ブチャラティ。アンタと一緒の時だけだ。」
アバッキオは一つ私の頭の上に手を置くと身を屈めて呟いた。
その顔には先ほどまでの迷いはどこにもなかった。
「ナマエ、テメェのおかげだ。礼を言う。」
ジョルノに続きアバッキオは船に乗ったかと思うとすぐに座席に腰かけた。
ジョルノもブチャラティもそんな彼を見て、笑みを浮かべた。
「チッ、いい気になってんじゃあねーぞ、ジョルノ。」
「ば、馬鹿な!?アバッキオ!?」
フーゴはアバッキオの行動に信じられないといったように声を荒げた。
そしてアバッキオに続く様に今度はミスタが動いた。
「ボスを倒したらよぉ、実力から言って次の幹部は俺かな?」
ミスタはジョルノに向かってボソボソと何か呟いたかと思うと同じく船へと乗った。
実にミスタらしい理由に思わず私も笑ってしまう。
「お、お前らどうかしているぞッ!完全に孤立するんだぞ!どこに逃げる気なんだ!?いや、このヴェネツィアから生きては出られない!!
ブチャラティ!あなたはそんな危険なことに、組織とは全く関係のないナマエまで巻き込むつもりなのか!?」
フーゴの言葉に私は「覚悟はできている」と一言伝えようと口を開いた。
しかしそれは隣にいるブチャラティの手で制されてしまう。
いよいよ訳が分からず疑問を口にする。
「ブチャラティ…?どうしたの?さっきから…。」
思えば彼の態度はこの島についたときからおかしかった。
どこかよそよそしく、落ち着きがない。
ブチャラティが時々私の赤く腫れた手首を見て痛々しい表情をするのに気づかないフリをしていた。
「____ナマエ。お前はここに残るんだ。」
「………え?」
ブチャラティの言った言葉の意味が分からず呆然とする。
今彼は確かにこう言ったのだ。「ここに残れ」と。
この場にいる全員がその言葉に驚きを隠せなかった。ただ一人、なんとなくこうなるのではないかと気がついていたジョルノを除いて。
「え…?な、なんで…?なんで急にそんな話になるの?ブチャラティ…?い、意味がわからないよ…。」
「急はことではない。これはヴェネツィアに上陸したときからずっと考えていたことだった。
やはりお前は戦うのに向いていない。だからお前とはここで別れる。」
突然突きつけられたブチャラティの言葉に目の前が真っ暗になる。
必死に彼に縋りつくがブチャラティは私とちっとも視線を合わせようとはしない。
まるで再会した当初の彼に戻ってしまったかのような冷たさだった。
「……ブチャラティ。何故突然そんな話になる…?今更ナマエを置いていくって言うのか?
お前の命が今あるのも全部、コイツのおかげじゃあねぇのか…?」
「そ、そうだぜ。ブチャラティ。ナマエは素人だが今まで良くやってきたほうだと俺も思うぜ!誰一人欠けることなく暗殺チームの連中を退けられたのだってコイツのおかげみたいなところもあるし…。それによぉ、ナマエはこの島についてから一番に船を飛び出してアンタを助けに向かったんだぜ!俺たちは、ボスと組織にビビッて動けなかったってのによぉ…。」
アバッキオとミスタのブチャラティを咎めるような言葉に息を飲むが、ブチャラティは一貫して態度を崩さなかった。
「___何を言おうとも、俺の決断は変わらない。ナマエお前とはここでさよならだ。」
ブチャラティの冷たい言葉に思わず私はその場に崩れ落ちた。
「わ、わたし…、迷惑だった、かな…?あ、足手まといだって自覚はあったよ…!でも、頑張るから…、頑張ってみんなの足を引っ張らないようにするから…っ、だからお願い…!」
『置いて行かないで』
言葉の代わりに涙が溢れ出た。
まるで置いて行かれるのを恐れる子供のように、ブチャラティの足に縋りついた。
「……ナマエさん…。」
ジョルノの辛そうな声が響く。だがそれすらも無視してブチャラティは厳しい目をナランチャのほうへと向けた。
「…ナランチャ。お前はどうするんだ。」
ブチャラティは私のことなど見えていないとでも言うかのようにナランチャに向かって問いかける。
「俺…?俺は……。」
そこから先はよく覚えていない。
「来るな、ナランチャ。お前には向いていない。」
一言ナランチャに向かってそう言ったブチャラティは、足に縋りつく私の存在を無視して船へと乗り込む。
取りつくしまなんてなかった。
お別れを言う暇さえなかった。
最後までブチャラティについて行くか悩んでいたナランチャは、海へ飛び込み、泳いで船へと向かった。
「来るな」と言われながらも迎え入れてもらえる彼が、とてつもなく羨ましかった。
ただ遠くなる船を見送ることしか私にはできなかった。
「……嘘つき。」
ずっとずっと、あなただけを見ていた私には分かる。
あなたは嘘をつくときに絶対に私と目を合わせようとしない。
だからこそ分かってしまった。
ブチャラティ。あなたの優しすぎる愛情を。
やっぱりあなたは優しすぎる。だからこそもう二度と会えないかもしれない。
そんな虚無感が全身を支配した。