▼ 31.新たな力
「プレシエンツァ・フューチャー・インスィエーメ!!」
ブチャラティに抱き着いたまま能力を発動させる。
思った通り、男はその瞬間柱の影から現れた。
ブチャラティと抱き着いたままの私に向かって、見たことのないスタンドが拳を振るう。
死ぬかもしれない。だけど不思議と恐怖はなかった。
だって大好きなあなたがこんなに傍にいるのだから__。
「スティッキィ・フィンガーズ!!」
男のスタンドの拳をブチャラティのスティッキィ・フィンガーズが受け止めた。
拳を受け止めた激しい衝撃が抱き着いている私にも伝わる。
ブチャラティが受け止めたのは見たことがないスタンドだった。ピンクと白の、色だけ見れば可愛いスタンド。だけどそのパワーは可愛いなんてものじゃない。
一発でも当たれば致命傷は避けられないであろう力が込められている。
「馬鹿な…!?何故吹っ飛ばした時間の中を動ける…!?我が『キング・クリムゾン』の能力はすべての時間を吹っ飛ばし、結果だけを残す!記憶も、行為も、その時間は何も残らない!貴様には、死んだという結果だけが残るはず!!」
ブチャラティは自分の胸の中にいる彼女を片手でグッと抱き寄せた。
「……その女、パッショーネの者ではないな。だが話には聞いているぞ…。未来を見る能力者。
不思議なことだがわが『キング・クリムゾン』と似通った能力…。だからか?私の能力が通じないのはその女の仕業なのか?」
男は警戒したように一歩後ろへと下がる。
その瞬間だった。
「___なんだ!?」
男の身体が一瞬にして吸い込まれた。あれは確かジョルノのてんとう虫のブローチ。
ブローチに男の身体が一気に吸い込まれるようにして消えた。
訳が分からず目を点にする私を他所に、ブチャラティはその亀の真下に拳を叩きこみジッパーを出現させた。
亀は真下に現れたジッパーの中へ落ちて行ってしまった。
「え?え?な、何が起こったの…?」
「今は説明している暇はない。行くぞ。早くトリッシュを連れてここを脱出するんだ。」
「待って、ブチャラティ。…私、あなたに謝らなくちゃあいけないことが、」
リベルタ橋でのことを私はずっと気にしていた。
命に関わる場面だったというのに自分の感情を押さえられず彼に当たってしまったことを謝っておきたかった。
しかしブチャラティは私の唇に自分の人差し指を当てて、言葉を制した。
今まさに戦闘中だというにも関わらず、彼の表情が見たことがないくらい穏やかにこちらを見つめる。
「___分かっている。」
「え…?」
彼の言葉の意味を考える間もなく手を引かれる。
いつの間にかその表情は敵を見据える鋭いものへと戻っていた。
そんな彼に続き足を進めようとした瞬間だった。
(分かってる…?)
彼の言葉の意味が分からず首を傾げる。
引っ張られるまま足を一歩踏み出した時だった。
「___あ、」
力が入らなくなりその場に蹲ってしまう。気持ち悪い。自分でも思った以上に気を張っていたのか、それとも力を多用しすぎたのか分からないが冷や汗が出て止まらなくなる。
そんなナマエを見たブチャラティは、一度屈んだかと思うと迷わず彼女の背中と膝裏に手を差し入れて一気に抱き上げた。
「きゃ、あ!ぶ、ブチャラティ!」
「しっかり掴まっていろ。俺の首に手をまわせ。」
「は、はい…。」
有無を言わせぬブチャラティの口調に思わず敬語になる。ドキドキしながら彼の首へ手をまわすと、思ったよりも近い距離に心臓が破裂しそうなくらい音を鳴らす。私の背中に支えられた手がとても力強くて、酷く安心した。
ブチャラティは人一人抱えているとは思えないほど軽やかに走り納骨堂を後にする。
扉を開けたその瞬間だった。
「っ!!」
「ジョルノ!?お前まで何故ここにいる!?」
扉の前で危うくぶつかりそうになったのは、同じく納骨堂に入ろうとしていたジョルノだった。
お互いすんでのところで踏みとどまり、ぶつかるのは何とか避けられた。
「ブチャラティ!ナマエさん!無事だったんですね!!よかった…!一体何があったんです?ボスはどこへ…?」
よくよく見るとジョルノの手にはトリッシュが抱えられている。
「話は後だ。今は一刻も早くこの場所を立ち去らねばならない。」
ブチャラティの言葉にジョルノは一つ頷くと、彼女を抱えたまま地上へ戻る階段を一気に駆け上がる。
ブチャラティもそれに続いて階段を上がろうとした瞬間だった。
地上への道を塞ぐようにして、いつの間にか階段に腰かけるスタンドがいた。
それに気がついたブチャラティは上ろうとした階段を蹴るようにして後ろへ思い切り飛びのく。
「___お前たちが仲間のもとへ戻ることは許可しない。」
「ブチャラティ!?」
上からジョルノの声が響く。咄嗟にブチャラティは大声で彼に向かって叫んだ。
「ジョルノ!!トリッシュを連れて先に行け!!すぐに島を出られるようにしておくんだ!!」
「__っ、わかりました!ブチャラティ!必ず生きて戻ってきてください!!」
ジョルノの靴音が遠のいていく。私は再びブチャラティと共に能力を発動させた。
この男のスタンド、『キング・クリムゾン』が発動している間は吹っ飛ばされる時間を普通に動けるように身構えておかなければならない。ブチャラティは一度私を地面におろすと片手だけを私の腰に添えて、自分のスタンドを出現させ臨戦態勢をとった。
「…なんだ?貴様、ジョルノを追わなくてもいいのか?上には俺の仲間がいるからな。恐れを成したか?」
確かにブチャラティの言う通り、どこか柱の影から目の前のスタンドを出している男の当初の目的はトリッシュを自分の手で確実に始末すること。
なぜ男が私たちの行く道を塞ぐようにして未だ階段に居座っているのか疑問に思う。
「無論、わが娘トリッシュはこの手で確実に始末する! だが私の能力を見たお前たちも生かしてはおけない。ブチャラティ。貴様は何も知らずにただ大人しく私の命令に従っていれば良かったのだ。そうすれば命まではとらなかったものを…。」
ボスの言葉にブチャラティはギリッと自分の歯を鳴らした。
その瞳には強い怒りが宿っている。
「貴様には俺の心は永遠にわかるまい___!」
ブチャラティは激しく憤っていた。私には彼の気持ちが痛いほどよくわかった。
目の前のこの男はトリッシュを陥れただけでなく、組織に忠誠を誓っていたブチャラティたちをコケにしたのだ。ブチャラティから直接聞いた訳ではないが、彼は元々ボスに対してあまり良い印象をもっていないようだった。だからギャングスターになると言ったジョルノを近くに置いて、間接的に彼の夢の手伝いをしていたのだろう。
いずれはこうなっていたのかもしれない。それが今、本来思い描いていた状況よりも少し早く訪れただけのこと。
優しく正義感の強いブチャラティが、ボスのこの行為を見過ごしてこれからも組織のために力を尽くす、なんてことはできるはずもなかったのだ。
そう考えればボスが娘の護衛にブチャラティを選んだのも、結果としては失敗だったと言えるだろう。
「バカな男だ…。お前は一時の情に流されて、7年かけて築き上げてきたものを今完全に失ったのだ。覚悟しろ。せめてもの手向けにそこの女も一緒に始末してやる。」
突然目の前のスタンドに指を突きつけられてビクリと反応してしまう。
ブチャラティは自分を盾にするように彼女を自分の後ろへ押しやった。
「ナマエを始末する…?ふざけるな……。そんなこと絶対に俺がさせねぇ。」
「いいや!確実に殺す!!お前たちは確実に、一人ずつ私が順々に仕留めてやろう!!」
男から漏れる殺気に身体が震える。
未だにスタンドを操っているボスの姿は見えない。だが今まで出会った誰よりも激しい殺気。
これが自分の正体に少しでも近づいた人間は確実にこの世から消してきた男の気迫。
ブチャラティが目の前にいなければその殺気だけで私は死んでいたかもしれない。
そう思わずにはいられないほどの威圧感だった。
「貴様は自分のために娘さえ利用する最低の下衆だ。これから俺は、『俺自身の命令』でトリッシュを護衛する!」
高らかにそう言ったブチャラティはグイッと私の腰を片手で掴んだ。
いつの間にかもう片方の手にはジッパーが握られている。
「しっかり掴まっていろ。」耳元でそう囁いたブチャラティの指示通り、私は彼の首にギュッと抱き着いた。
その瞬間足が地面と離れた。フワッとした浮遊感が突然訪れる。
「えっ!?きゃああぁあっ!!」
ジッパーが閉じるのを利用して猛スピードで地下から一階へと上がる。
天井にぶつかりそうになったところでブチャラティは天井にジッパーを出現させ、一階へと降り立った。
休む暇もなくそのままナマエを再び抱き上げたかと思うと入り口に向かって走る。
「ナマエ!もう能力を解けッ!」
「で、でも、まだ追ってくるかもしれない…!」
「いいや、来ない!ボスは俺たちから必要に姿を隠していた。ジョルノたちと合流すればボスといえども姿を隠しながら戦うことは不可能に近い。あれほど用心深いボスだ。そんなリスクは絶対に負わないと断言する!いいから能力を解け!!お前の負担がかかりすぎている!!」
強くブチャラティに言われて私は渋々プレディツィ・オーネをひっこめた。
その瞬間感じたことのない疲労感が全身を襲う。
一瞬意識を手放しそうになったが根性でなんとか踏みとどまった。
遠くのほうからジョルノの声がする。それは徐々にこちらへ近づいてきているようだった。
「ブチャラティ!ナマエさん!船はすぐに出せる状態です!急いでください!」
「あぁ。わかっている。それとジョルノ。すまない。お前のてんとう虫のブローチだが、どこかに落としてなくしてしまった…。」
「そんなことはどうでもいいですから!さぁ、早く!」
ジョルノはブチャラティを促して教会の外へと出る。
久しぶりに感じる太陽の光がとてもまぶしい。
遠くに見える船には誰も乗っていない。全員が陸に降りてこちらに向かって走ってきていた。
彼らの声を聞いて、私はようやく実感した。
あぁ、生きているのだ。
「ブチャラティ…。生きてる…?」
だるさで上がらない手を必死にブチャラティの頬に当てる。
ブチャラティがそれに答えるようにナマエの手を掴み自分の頬へと押し付けた。
「___生きている。ナマエ、俺はお前のおかげで今、ここに生きている。」
ブチャラティはナマエをゆっくりと地面におろした。当然倦怠感から力の入らないナマエはブチャラティに支えられるようにしか立っていられず、そんな彼女をブチャラティは胸の中にすっぽりと収めた。
そしてナマエの頬に手を添えて優しく上を向かせる。
「ブチャラ、ティ、」
頬を赤く染めたナマエ。ブチャラティは引き寄せられるようにゆっくりと、顔を近づけた。
唇まであと数センチ。触れる直前で目を見開いたブチャラティは、眉根を寄せたかと思うとグイッと彼女を遠ざけた。
「………すまない。」
「……ブチャラティ?」
彼の行動の意味が分からずナマエは首を傾げる。
(キス、されるかと思った。)
そんなはずはないのに。
少しでもそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなる。
ジョルノはそんな私たちのおかしな雰囲気に気がついたのか、トリッシュを抱えたままこちらへと近づいてくる。
「どうしたんですか?二人とも。」
「いや、なんでもない。ジョルノ、早くこの島を離れるぞ。」
「は、はい…。わかりました。」
ジョルノにだけ目を向けると、ブチャラティは私のほうは全く見向きもせずに船へと向かって歩いていってしまう。
先ほどの彼の行動の意味と、今の態度、訳が分からずに視界が歪む。
「ナマエさん、大丈夫ですか…?」
ジョルノの言葉が辛い。
自分が惨めだった。一体私はここまで何をやってきたのか分からなくなった。
「…何が?」
私も必死だった。ジョルノに、後輩に恰好悪いところは見せられないと。
泣きそうな顔を隠して先を行くブチャラティに続く。
そんな私をジッと後ろからジョルノが見つめているのにはちっとも気がつかなかった。
ブチャラティはトリッシュのために組織を裏切った。優しく正義感の強い彼のことだ。結果だけ見てみれば理解できないこともない。きっとこれがトリッシュ以外の人間であったとしてもブチャラティは同じ行動をするのだろう。
だけど今の私にはそれが辛かった。
ブチャラティはもしも私がトリッシュの立場だったら、同じように組織を裏切ってまで行動してくれたのだろうか?
考えても仕方のないことばかりが頭をよぎる。
私と彼は生きる場所が違う。再びそう実感するのは船に戻った後のことだった。