Day'seyeをあなたへ | ナノ

 2.すべてが変わった日

「はぁ…。」

数年ぶりに偶然出会ってしまった幼馴染のことを思い出して昨日は全く眠ることができなかった。
何故彼は父親が死んだ後姿を消したのか。
何故彼はギャングになっているのか。
何故逃げるように私の前から姿を消したのか。

わからないことが多すぎて何も手につかない状態が続いていた。

「ナマエちゃん、具合悪いの?今日はそんなに客も多くないしもう上がりなよ。」

「え…、でも…。」

「いいんだって。いつも頑張ってシフト入ってくれてるからさ。」

そう言ってくれるマスターに申し訳ない気持ちになりながらも自分でも迷惑をかけていることはわかっていたので一言謝罪しお先に失礼することにする。

時間は少し陽が傾いてきたころ。
店の外に出てふと店の隅へと視線を落とした。
そこには忘れ去られたようにポツンと何かが落ちていた。

「学生証…?」

この国のものじゃない。
幸いにも母親が日本人である私は日本語に触れ合う機会も多少あったので、それが日本のものだということはすぐにわかった。

「えっと…、『ヒロセ コウイチ』…?」

日本人の旅行客が落としてしまったのだろうか。
中には学生証と、黒髪のきれいな女の人の写真が挟まっていた。恋人だろうか。
どうするべきか悩んだがきっと無くした人は困っているだろう。
私は警察にそれを届けるために家とは反対方向に向かうことにした。

(確か寮の近くに警察署があったはず)

ネアポリス中・高等学校にある寮は学校からそう遠くないところにある。
辺りは先ほどよりも陽が傾いてきており、真っ赤な夕焼けが地面を照らしている。
もうしばらくすれば陽は落ちて夜が訪れるだろう。
この辺りの治安はお世辞にも良いとは言えない。

「暗くなる前に帰らないと。」

やや急ぎ足で警察署へと向かう。
その時だった。
少し離れたところに見慣れた見慣れた姿を見つける。

金髪に特徴的な前髪、そして一つ下とは思えないほどの整った顔貌。
中高一貫のうちの学校に通っていて彼のことを知らない人はたぶんいないのではないか。
ジョルノ・ジョバァーナがそこにはいた。
ジョルノを有名にしているのはその整った顔貌だけではなく、主な理由に彼の素行の悪さがある。
噂によると彼は空港を根城にして何も知らない外国人相手にチンピラのようなことをしているだとか。
私も彼と直接言葉を交わしたことはないため、真実はわからないのだが。
ジョルノは清掃員のおじさんに誤って水をかけられてしまったらしく、全身をぐっしょりと濡らしている。
おじさんは笑いながら何事かを言ったかと思うと手に持ったライターを『点火』した。
遠く離れた場所にもかかわらず、何故だかその行為だけはまるで近くにいるかのように良く見えた。

「こんなことしてる場合じゃなかった!」

何故だか二人のやり取りにじっと見入ってしまっていた。
私はその場を後にするために急いで警察署へと向かった。

◇◇◇

「なんとか暗くなる前には帰れそう…。」

学生証を警察署に届けた私は再び寮の前を通り帰路についていた。
先ほども通った道を歩いていると今度は遠くのほうで彼の声が聞こえた。
(ジョルノ・ジョバーナ、まだこんなところにいるの…?)
しかも今度は誰かともめているらしく二人して何かを叫んでいる。
しかしもめているにしてはどうも様子がおかしい。
二人はお互いを背にしてなにか辺りを警戒しているようだった。
もめている相手と普通背中合わせになんてなるだろうか。

彼と関わると碌なことにならないとなんとなく思った私は階段の横を急ぎ足で走り抜けようとした。

「………え」

階段の下に誰か倒れている。
倒れていたのは先ほどの清掃員のおじさんのようで慌てて彼のほうへ駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」

しかし近づいたことで漸く気が付いた。
おじさんの胸からはドクドクと血が流れだしており、この辺りの地面一体に血だまりを作っている。
むしろ今まで何故気がつかなかったのかが不思議だ。
目を見開いて苦悶の表情を浮かべたその顔は明らかに生者のものではなかった。
目の前の老人がすでに事切れていることを自覚して一気に私の心を恐怖が支配する。

「ひっ……!!」

それが先ほどまでにこやかに笑っていた人と同じとは思えなくて涙が出そうになる。
そうだ。すぐそこに人がいる。彼らを呼んで救急車を呼べば、そう思いジョルノ・ジョバーナのいるほうへ顔を向ける。
ジョルノともう一人の学生は何かを叫びながらこちらへと走って向かってくる。
(気づいてくれたのかな、よかった…。)
そう安心したのも束の間、近づいてくるほどに彼らの様子が尋常ではないことに気が付く。

「〜〜〜〜〜っ!!」

ジョルノ・ジョバーナが何かを叫んでいるが距離がありすぎるため全く聞こえない。
私は彼が何を叫んでいるのか聞き取ろうと一歩彼のほうへと近づく。

「___早くそこから、離れろっ!!」

「えっ?」

ふと足元を見る。
私は夕陽によって長く伸びた、すでに事切れている老人の影を踏んでいた。

『オマエ、『再点火』を見たな?チャンスをやろう。お前には向かうべき二つの道がある。』

「う…っ、ぐっ!」

影から出てきた何かは私の首を掴んで宙に浮かす。
何が起こっているのかを理解する間もなく私は胸に猛烈な激痛を感じた。

「………え?」

何が起こったかわからず地面に転がる。
口からはなぜか大量の血が逆流してくる。
恐る恐る胸に手を当てるとそこには深々と金色の矢が突き刺さっていた。

「な…に、これ……?」

激痛でその場に倒れこむ。意識が朦朧とする。息苦しい。
遠くのほうで二人の男の声が聞こえる。

(私、ここで死んじゃうの……?)

薄れゆく意識の中最期に思い出したのは、故郷の海。
そして彼の優しい笑顔だった。
(こんなところで死ぬのは絶対にイヤッ!!)
そう思った瞬間全身を貫くような激痛が一瞬で消え去った。
目を開いたとき、私の目には今までとは違った世界が広がっていた。

「え…?わ、わたし、矢で刺されて…?そ、それに目の前に見えるこれは一体なんなの…!?」

私の目の前には黒いスカートに黒いベール、そして胸に銀の十字架を下げたシスターのような風貌をした明らかに人ではないものが佇んでいた。
不思議と恐怖は感じなかった。

「ね、ねぇ!そこの君!大丈夫なの!?」

話しかけられたことで漸く気がついたがそこには先ほど私が拾った学生証の持ち主がいた。
大丈夫かどうか知りたいのは私本人だ。
私は確かに家によって胸を貫かれたはずなのに、その証拠に私の足元には私の血であろう血だまりができている。制服に穴も開いている。なのに身体はなんともなかった。

「一体どうなっているんだ…!?君もこの奇妙な能力の持ち主だったのか…?」

ジョルノ・ジョバーナもまた困惑したように疑問を口にするが、ハッとしたように私の手を引いて建物の傍から移動する。
ヒロセコウイチ君もそれに続くように日当たりのよい場所へと移動した。

「君に聞きたいことはいくつかあるが…、今はその暇はない。とにかく影に近づくな。敵は影の中を自由に移動してこちらへ攻撃してくる。」

ジョルノ・ジョバーナが前を見据えたまま話を進めるが全く持って理解ができない。
敵とは一体なんなのか。
影から攻撃してくるとか言われても、全く何が何だかわからない。
しかし私の横に依然として佇んだまま何もしゃべらないシスターのような風貌をしたものが、ジョルノの言葉に真実味を与えている、そんな気がした。

「ジョルノ・ジョバァーナ!もう一度聞くが、君はあの『矢』のことを何もしらないのか!?」

「…知らない。あれは一体なんなんだ?」

「アイツは『遠隔自動操縦』のスタンドだと思う…。そこの君もライターの『点火』を見たんじゃあないのか?」

ヒロセコウイチ君の問いに私はコクリとうなづく。
彼は合点がいったように「やっぱり」と呟いた。

「あのスタンドの本体は全く別のところにいて、ある条件を満たした人間を自動的に攻撃するんだ。」

「その条件が『ライターの再点火』…。」

「一番いいのは本体を見つけて本体を叩くことだけど…。」

「…無理だ。本体は刑務所の牢獄の奥だ!とても行けない!」

二人の話についていけずに私は困惑するばかりだ。

「とにかく向こうの陽が多いところに向かおう。ここはもうすぐ校舎の影になってしまう。」

そう言って日のあるほうへと向かったジョルノを追うように私も走り出す。
大きなカラスがカァカァと鳴きながらえらい低空を飛行している。
不思議な光景に私は思わず足を止めた。

「あ、危ないっ!!」

「え…、きゃあっ!!」

ヒロセ君の言葉に足元を見たときはすでに遅かった。
先ほどの黒いものに私の足首は掴まれてしまい、たまらずその場に転倒する。
いや、正確には私の足ではない。私の横に先ほどから佇むようになったシスターの足を掴んでいる。
つかまれているのは私の足ではないのに、足首には掴まれている感覚がある。
直観的に、このシスターのようなものは私の一部なのだと理解した。
ついには引きずり込むように両足を掴まれてしまい、身動き一つできない状態になってしまう。
このまま再び影に引きずり込まれれば先ほどのような目にあうかもしれない。
またあんな痛い目に合うのだけは絶対に嫌だ。
その時だった。

『落ち着いてください。私のマスター。』

頭の中で聞いたことのない声がこだまする。
パニックを起こしかけていた頭が一気に冷静になるのを感じた。

「だ、だれなの…?」

『私はあなた。あなたは私。それはもう十分に実感しているかと思います。
さぁマスター。あなたは私を使いこなす準備は既に済んでいます。あとは行動するだけです。』

「行動…。」

『さぁ、恐れずに。私の名前を言うのです。
私は___。』

「predizione(プレディツィ・オーネ)ッ!!」

私の掴まっている足元の地面をプレディツィ・オーネは殴る。
すると不思議なことが起こった。
殴ったところを中心にしてビデオの早送りを見ているかのように世界が不可思議に動き出す。
数秒後私は次に自分が何をすべきか理解していた。

「……わかった。こいつを影から引きずり出す方法、それは___、」

私だけが見たこの光景、これはきっとこれから起きるはずの出来事。

「ヒロセ君!この敵の手を重くしてくださいっ!」

「え!?そ、そんなことしたら君の足も…!」

「大丈夫です!やらなきゃいけないんですっ!」

私の剣幕に気おされたのかヒロセ君は宙に私と同じようなスタンド?とやらを出現させて命令する。

「エコーズ!Act3!3Freeze!!」

彼のスタンドが敵の手を殴った瞬間、地面が凹み同時に私の足もズンと重くなる。
先ほど見た光景通りだ。

「く…っ」

勿論その重さに耐えかねて私の足もメリメリと嫌な音を立てる。

「コウイチ君っ!今すぐ能力を解除するんだ!このままだと彼女の足が…っ!」

そんなジョルノの言葉を遮るように私は叫ぶ。

「ジョルノ・ジョバァーナ!あなたの力、よく分からなかったけど…、コイツの影が潜んでいるこの木をなんとかすることが、できる…?」

「!!」

ジョルノは合点がいったように自らのスタンドを出す。

「ゴールドエクスペリエンス!!」

ジョルノのスタンドはヒロセ君のスタンドの力で穴の開いた地面を殴った、その瞬間。
木はまるで一瞬にしてその命を終えたかのように朽ち果てた。
必然、その木の影に潜んでいた敵は陽のもとにさらされることになる。

断末魔を上げた黒い敵はあっという間に消え去った。

私たちは安堵からかフウとため息をついたかと思うと全員でその場に座り込んだ。
いつの間にかシスターのようなスタンドは消えていた。

危機が去ったことによって急に全身に震えが走った。
私はあの瞬間、間違いなく死んでいた。
それなのに今こうして生きている。よくわからない力が自分の中にあるのを感じる。

「こ、これは一体なんなの……?わ、わたし…、おかしくなっちゃったの……?」

回答を求めるように二人のほうへ詰め寄る。
それに答えたのはヒロセ君だった。

「……君は『矢』に選ばれたんだ。矢に刺された人間には二つの運命が待っている。『死』かそれとも新たな力を目覚めさせて生まれ変わるか…。
……僕もそうだったから。」

「でも君の能力で僕らが助かったのは事実です。
君には非常に申し訳ないことをしてしまいましたが…。
そしてもこのおじいさんにも……。」

ジョルノは悲痛な面持ちで亡くなった老人を見つめている。
その彼の目はとてもまっすぐで、少なくとも彼が噂通りのただの悪い奴ではないことは理解できた。