Day'seyeをあなたへ | ナノ

 22.詰められない距離

「ブチャラティ…、そんなに引っ張らなくても、もうどこにも行かないってば。」

「ダメだ。お前はそう言いながらいつも無茶をするからな。俺たちについて行くと言ったときに約束したはずだ。絶対に俺たちから離れないこと。それが同行を許す条件だとな。今回は何もなかったから良かったようなものの、何かあってからでは取り返しがつかないのが分からないのか。」

厳しいブチャラティの言葉に思ったよりも彼が怒っていることに気がつき言葉を詰まらせる。ジョルノのゴールド・エクスペリエンスで敵の能力の一部を毒蛇に変化させ、それを追ってきた私たち。しかし夜だというのに一向に人が減る様子のないローマ市内で私たちは蛇を追ううちにバラバラにはぐれてしまったのだ。この中で一番小さかった私だけが人波に呑まれることなく、蛇を追跡できたというわけだ。勿論ブチャラティとの約束を忘れていたわけではなかったが、蛇が主人の元へ戻ろうとするスピードはそれなりに早く、皆を待っていたら確実に見失うと思っての仕方がなくの行動だったのだ。
だが結果として暗殺チームのメンバーらしき男と接触することになり、何もなかったからいいようなもののあそこでブチャラティが来てくれなかったらどうなっていたかわからない。

「…ごめんなさい。」

自分が取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだと、今更になって後悔する。
考えなしにしか行動できない自分がとても情けなかった。
悔しさでじんわりと涙が浮かぶ。泣いたって過ぎ去ったことだ。解決するわけでもないのに、更に自分が惨めな気持ちになる。
前で私の手を引きながら歩くブチャラティに悟られぬようにするが、彼が気がつかない訳がなかった。
ブチャラティは足を止めてこちらを振り返る。
すると私の後頭部に手を当てて自らの胸に頭を引き寄せた。

「…わかればいいんだ。次から気をつければ、それでいい。お前が俺たちのために一生懸命にやってくれているのは良く分かっている。だから泣かないでくれ……。お前を泣かせたいわけじゃあないんだ。」

「な、泣いてない、もん。」

誰がどうみたって泣いているというのに、認めたくなくて私は意地を張る。ブチャラティは一瞬キョトンとした表情を浮かべたかと思うと、プッと噴き出すように笑い始めた。

「わ、笑わないでよ…。」

「あ、あぁ…、す、すまない…!ハハッ!ナマエ、お前は本当に可愛いな…っ、ハハハッ!」

ブチャラティに可愛いと言われたことで一瞬舞い上がりそうになるが、一瞬おいてようやく子供扱いされていることに気がついた。

「ブチャラティ…、馬鹿にしてるでしょ!?」

「してないさ。俺は嘘はつかない。本当に可愛いと思っただけだ。」

今度は笑わずに真剣な顔で恥ずかしい台詞を言う彼に、私の顔が茹蛸のように真っ赤になるのが分かる。

「ナマエ…。」

「え?えっ?ブ、ブチャラティ…?」

ブチャラティの大きな手が乱れてしまった私の髪を梳く様に頬に当てられる。
私を見つめる彼の表情がいつもと違うことに私は困惑した。
悲しそうな、何かを迷っているかのような表情。
何故彼がこのような顔を浮かべているのか分からずに、私はただされるがままになっていた。

「ナマエ、やはりお前は____、」

ブチャラティが何かを言いかけた時だった。遠くのほうから聞き覚えのある大きな声が響いた。

「おーい!ブチャラティ!!ナマエ!!やぁっと見つけたぜ。人が多すぎて俺の『エアロ・スミス』でもちっとも見つからないからよぉ。
…あれ?二人ともどうしたの?変な顔して。なんか俺、まずいところにきちゃった…?」

タイミングを計ったかのようなナランチャの登場に、私は少しホッとした。
別にブチャラティに触れられるのが嫌だったわけじゃあない。ただ、なんとなく、これ以上ブチャラティの言葉を聞きたくない、聞いちゃあいけない、漠然とそう思っただけだった。
ブチャラティはナランチャが来た瞬間に私の頬に当てていた手をパッと離して、彼のほうへと身体を向けた。

「いいや、ナランチャ。すまなかったな。それよりもナマエが暗殺チームの一人と接触したようだ。早々にここを去らなくては。」

「えっ!?まじかよ!?それならそうと早く言えって!みんなこっちの店にいるから早く合流しようぜ!」

ブチャラティと私も彼の後に続く様にして歩き始める。
いつの間にか離されたブチャラティの手。その距離感に何か壁のようなものを感じつつも、「手をつないでほしい」なんて言葉、私に言える訳がなかった。



ひとまず車に乗る前に全員で情報を共有しておこうということになり、夕食も兼ねて簡単なカフェに入る。
まさかこんなにしっかりとした夕飯をとれると思ってもいなかったので少しうれしい。トリッシュもこの時ばかりは仕方ないだろうというブチャラティのはからいにより、ご飯を食べる間だけ亀の外へと出ることになった。
「久しぶりに外に出た気分だわ。」と言いながら伸びをするトリッシュにカフェの中にいる一般客からの、特に男性からの視線が集まるのが分かる。気持ちはとてもよくわかる。それほどトリッシュは美しい女性だった。トリッシュは私に向かってニコリと微笑むと腕を絡ませるようにひっついてくる。彼女の形の良い胸が当たって少し恥ずかしい。

「ナマエと二人だけならよかったのに。」

そう言ったトリッシュの言葉に少し嬉しいものを感じてしまう。見た目は少女というよりは大人びているのに、こうして私にくっついてくる姿なんかは飼い主以外に警戒する猫のようだ。そのギャップが可愛らしくて私も思わず頷いた。
なんだか久しぶりに全員がこうして外で集まったような気がする。
そしてよくよく観察してみると注目を集めているのはトリッシュだけではないことに気がついた。
丸いテーブルを囲むように席についた私たち。カフェの客ばかりか店員までもが彼らを見て赤くなったり、チラチラと何度も見たり、コソコソと友人同士で話したりと店の中の注目を一身に集めている。
とにかく私たちのいるテーブルは滅茶苦茶に目立ちまくっていた。

「…なんか、すごい目立ってない?」

「そうですか…?いつものことじゃあないですかね。」

なんのことはない、というようにフーゴが言った言葉に頭がクラリとするのが分かった。
他のメンバーも特に気にしてないというようにコーヒーを啜ったり、食事をしたりしている。
この人たちにとってはこの注目されている状態が普通通りであり、日常の一部なのだ。
敵から隠れなければいけないというのに、こんなのはありなのだろうか。コソコソと見つからないようにご飯を食べていた私が馬鹿みたいではないか。
顔面偏差値が異様に高くなったテーブルで、私は場違い感を感じずにはいられなかった。

「みんな、夕食を済ましたらすぐに出発する。そしてナマエ、お前が会ったという男について話してくれ。」

ブチャラティの言葉に全員の視線がこちらに集まるのがわかる。
店の客の視線を一身に集めていた彼らの視線を、今度は自分が浴びていることに動揺して食べていたパンが変な方へ入ってしまった。

「ゴホッ!!ゴホゴホッ!」

「あぁ〜!何やってんだお前はよぉ〜!ほら、大丈夫か?」

横に座っていたミスタが見かねて私の背中を軽く叩いてくれる。
左となりに座っていたトリッシュがお水を渡してくれて、私はお礼を言いながらなんとかその水を飲みこんだ。

「ご、ごめん…。ありがと。ミスタ、トリッシュ。」

丁度反対側の席に座っているジョルノとアバッキオとフーゴは優雅にコーヒーを飲みながら、私が落ち着くのを特に急かすわけでもなくじっと待っていてくれた。余裕がある彼らを前にして失態を冒す自分が恥ずかしくて誤魔化すように一気に水を煽った。
気を取り直すようにして私は先ほどあった出来事を話し始めた。

「…ジョルノの作りだした蛇を追っていったら、ある裏通りについたの。そこには女性が一人倒れていて、その傍らに男が立っていた。」

「わかったぜぇ!その女がスタンド使いだったんだな!」

ナランチャの大声に彼の横に座っていたフーゴは思いきり拳骨を食らわせた。
「ちょっと黙ってろ!!」そう言ったフーゴの怒声に店の客たちは一気に静まり返った。

「えっと…、結論から言うとその女性はたぶん、なんの関係もない普通の人だったんだと思う。傍にいた男がどうやってジョルノの蛇を防いだのかは分からないけれど…。男はトリッシュのことも知っていたし、探しているようだった。」

「何故、その男はナマエさんのことを見逃したんですか?」

ジョルノの言葉に「確かに」と全員が頷いて答えを私に求めてくる。そこからが今回私の能力について分かった新たなことだった。

「私もこのままじゃヤバイと思って必死に逃げようとしたの。だけど男は私の身体を無理やり抑えたまま…、」

その時のことを思い出して全身の血の気が引く。男があの時私の腰に擦り付けていたものは間違いなく、アレ、だったわけで…。主張する固くなったものの感触を嫌でも思い出して身震いする。
そんな私の様子を見て全員が何を勘違いしたのか慌てて言葉を挟んだ。

「おいおい!ちょっと待てよ!……で?そ、その、なんだ?……お前は大丈夫だったのか?」

ミスタの慌てた様子に私はハッとしてすかさず頷いた。

「だ、大丈夫だったってば!だけど私も驚いて、無意識のうちに自分の能力を発動していたみたいで…。
そしたら男が一瞬止まって、『これから起こる出来事だというのか』って呟いたの。初めは言っている意味が分からなかったけど、明らかに私を警戒し始めた男に察することができた。」

「その男もお前と同様、未来に起こる出来事を見た、ということか…。」

ブチャラティの言葉にコクリと頷く。

「あのときは必死だったからあまりよく考えられなかったけど、改めて考えればそうだとしか思えない。そしてそのあとすぐにブチャラティが来てくれて…。」

「その男はいつの間にか消えていた。そういうことだな?」

話が終わると全員からホッとしたようなため息がもれた。

「はぁ…、とにかくナマエさんに何事もなかったからよかったですが…。それにしても軽率だったと思います。あなたは女性なんですから、いざという時力で男には敵わないんですよ。もう少しその自覚をもってください。」

「全くだぜ!ナマエ!お前弱っちいんだからよぉ、少しは気をつけて行動しろよな!」

ジョルノとナランチャの厳しい言葉にウッと言葉を詰まらせる。
もはや耳が痛い話だ。

「ジョルノ、ナランチャ。その件なら俺からすでにしっかりと説教済みだ。それよりもだ。
今回の件でお前の能力について新たな事実が明らかになった訳だ。ナマエ本人だけではなく、能力を発動したときにナマエに触れていた人間にも彼女が見ている映像と同じものを見ることができる。そうだな?」

「そう、みたい。」

ブチャラティの言葉に自信なく頷くと真っ先に反応を示したのはやはり好奇心旺盛なミスタとナランチャだった。

「すっげぇ!!ナマエ!俺にも未来を見せてよ!ずっと気になってたんだよ!未来が見れるってどんな感じなのかなーってさ!」

「そうそう!なんならここでよぉ、発動してみてくれよ。」

ナランチャとミスタの言葉にどうしたものかと私はブチャラティを見上げる。
しかしブチャラティはきっぱりとこう言った。

「ダメだ。遊び半分で使うものじゃあない。それにナマエの身体にどれくらいの負担がかかるのかもわからん今、そう簡単に力を使わせるわけにはいかない。」

ブチャラティの断言に、「少しくらいいいじゃん」とナランチャとミスタはぶつぶつと文句を言いながらも引き下がった。
そんな彼らを後目に、これまで黙っていたアバッキオが言いにくそうに口を開いた。

「ナマエ、例のあの、ブチャラティが死ぬ瞬間の映像。あれを見ることはできねぇのか?」

「実は、私も何度か試してみたんだけど…、やっぱりあまりに遠い先のことは自分の意思では見ることができないみたい。あれ以来予知夢みたいのを見ることもないし…。」

「そうか…。お前が見た映像を皆で共有できたら、それこそ何か対策が打てるんじゃあないかと思ったんだがな…。」

「…ごめん。」

「いや、お前が謝ることじゃあねぇさ。」

先ほどまでの賑やかな雰囲気はどこへやら。一気に暗いムードに包まれる。
私だって自信がない。こんなこと考えたくもないが、いざってときに万が一にも『あの未来』を変えることができなかったら。恐ろしすぎてあの夢は思い出したくもない。
だけど泣き言を言っていても始まらないのだ。暗い雰囲気を壊すように思い切り目の前のテーブルを叩いて立ち上がる。

「大丈夫…、絶対に私がブチャラティを助けるから!」

突然の私の行動に全員が目を点する。「やってしまった」、そう思った瞬間全員一斉に笑い始めた。

「ぎゃははははっ!ナマエ!お、オメーってやつは最高だぜっ!」

「ククッ!テメェがブチャラティを助けるだと?冗談は顔だけにしとけよ。」

「ひ、ひどい!ミスタもアバッキオもっ!」

「さ、さすがですね、ナマエ。語る夢だけはジョルノみたいに大きい…っ」

「フーゴ。それは一体どういう意味ですか?僕は大真面目なんですがね。」

「おいおい!ジョルノが怒ってるぞ!フーゴォ!謝れよぉ!」

フーゴは必死に笑いを堪えようとしているが完全に馬鹿にしている。ジョルノはそんなフーゴをにらみつけてナランチャが茶化す。
先ほどの暗い雰囲気はいつの間にかどこかへ吹っ飛んでいた。

「…そうだな。一回くらいはお前に助けてもらってもいいかもしれんな。」

「ブチャラティまで…!」

なんだか眩暈がして隣のトリッシュに縋りつく。

「…みんな、ひどくない?」

「フフ、みんなナマエが可愛くてしょうがないのよ。」

「それはない…。完全に馬鹿にしてるもん。アバッキオとかフーゴとかなんてとくに。」

珍しく穏やかな時に私たちはただひたすら笑い合った。
何も背負っていないただの若者たちのように。
これから待っている苦難は今まで以上のものになるだろう。
だからこそ今だけは、ただ普通に。穏やかな時を過ごしていたかった。