Day'seyeをあなたへ | ナノ

 26.むかし、むかし

___寒い、身体が震える。

身体が必死に体温を上げようとガチガチと震えているのが分かる。
しかし男の能力であっという間に部屋の温度は氷点下まで低下した。
室内だというのに窓には霜が張っている。
動けない私はただ無様に震えることしかできなかった。

「さっさとよぉ、トリッシュの居場所を吐いた方が身のためだと思うぜ。リーダーにはテメェを連れて来いとは言われてるけどよぉ、無傷でとは言われてねぇ。」

「………。」

無言を貫くナマエにギアッチョは大きく舌打ちをする。

「少し痛い目に合わないとわからねぇか?」

「や、やめ…っ!」

髪の毛を掴まれて無理やり上を向かされる。痛みのあまり呻き声が漏れた。

「オイ、何を意地になってんだぁ?テメェら愛し合ってる仲ってわけじゃあねぇだろ?俺たちはテメェのことだって既に調べているんだぜ。ナマエ・ミョウジ。テメェがブチャラティの昔馴染みだってことも辿っていけばあっさりと分かった。それにテメェの両親のことだってな。」

「___っ!」

「俺の言いたいこと、分かんだろ?関係ねぇてめぇの親まで巻き込みてぇか?」

「……や、めて。あな、たたちは、何故、トリッシュを狙っているの…?あの子は、普通の、何も知らない、ただの女の子、なのに……、」

寒さで口が上手く動かない。必死に目の前の男に向かって言うが、男はそんなことは全く意に介さない。

「…それはテメェなんざには関係のねぇ話だ。俺たちに必要なのは、ボスの娘であるトリッシュと!ナマエ、テメェの未来を見る力!それだけだ!二つがそろえば正体不明のボスにさえ対抗できる可能性もあるっ!言えッ!ナマエよぉ!!トリッシュは、どこだ!?」

もう冷たいとか寒いとか、そんなことも感じない。自分の身体が非常にまずい状態に置かれていることは理解していながらも、氷の冷たさを感じなくなったことで少し話す気力が戻る。

「…なにをされたって、私はトリッシュのことを売ったりなんか、しない。あなたたちに、一体なんの目的があって、こんなことをしているのかは分からないけど、トリッシュはスタンド使いでもなんでもない、ただの普通の女の子よ…。何も知らない、ギャングとなんて一切かかわりがない、あの子を自分の野望のためだけに狙うなんて……、あなたたちのしていることは、最低、よ。」

ありきたりな表現だが、確かに目の前の男からプツン、と何かが切れるような音を聞いた気がした。
次の瞬間部屋の温度が急激に低下した。寒いなんてもんじゃない。
これ以上この空間にいたら確実に死ぬ。寒さを感じないほどの冷たさだった。
パキパキと音がして自分の身体中のありとあらゆる水分が凍っていくのがわかる。
目の前のこの男は今まで随分と手加減して能力を使っていたのだということが漸くわかった。

「__テメェに、俺たちの何が分かるってんだよッ!!!バカにしてんじゃあねぇぞッ!!」

男は完全に激昂しており床に倒れるナマエの上に跨り胸ぐらを締め上げる。
ナマエにはもう抵抗する力はほとんど残っておらず、男にされるがままの状態で脱力している。

(もう、ダメだ……。)

「ブチャ、ラティ………。」

あなたに冷たい態度をとってしまったこと、謝りたかった。
頬を伝った涙は一瞬のうちにキラキラとした氷へと変わった。






___プルルルル、

静寂の室内に電話の着信音が響いた。
男、ギアッチョはその音にハッとしたかと思うと、自分のポケットから携帯を取り出して応答する。

「…なんだ、メローネ。」

『ギアッチョ、無事だったか。今どこだ?』

「……ヴェネツィアの町の中にある廃屋だ。ナマエ・ミョウジをとらえた。」

『なんだと!?ディ・モールト良いぞッ!で?彼女は今どんな状態だ?』

「……。」

『ギアッチョ?』

「…死にかけてる。」

『は?………お前ひょっとして、彼女にホワイト・アルバムの能力を使ってるんじゃあないだろうな?』

「…。」

『おい、ギアッチョ。今すぐ能力を解け。そしてすぐに彼女を介抱しろ。その娘に死なれたら困るのは俺たちだってことが何故わからない?ナマエの能力は攻撃もできなけりゃ防御もできない。一般人と変わらないんだ。』

「はぁ!?なんで俺がそんなこと…!」

『おい、ナマエが死んだら責任取れんのか?』

メローネの珍しくキレている声色に、ギアッチョもピクリとも動かない目の前の女を見て漸く事の重大さに気がつく。
キレると何も考えられなくなってしまうのは自分の悪い癖だった。

「チッ!!クソが!!貧弱すぎるぜ!!」

ホワイトアルバムの能力を解くと同時に部屋の中の氷は一瞬で解けた。

『俺もすぐにそっちに向かう。それまでに何とかしておけよ。」

「わかってらぁ!!黙ってろや!変態がぁ!!」

力一杯床に投げつけられた携帯は粉々に砕けた。完全な八つ当たりだということは分かっていたが、ギアッチョはいつもの如く苛立ちを抑えられなかった。
だが未だにピクリとも動かない女を見てギアッチョは慌てて家の外へ飛び出して行った。














「ブチャラティ、ブチャラティ。」

「どうしたんだ?ナマエ、こんな時間に。おじさんとおばさんは?」

「……。」

「ふぅ…、分かったよ。こんなところに居たら風邪引くぞ。上がりなよ。」

「わあーい!ブチャラティ!大好き!」

「こら!飛びつくな!危ないだろ!」


ブチャラティ当時12歳、ナマエ8歳。ブチャラティが若干7歳のころに彼の両親は離婚したことを私は情報として知ってはいたが、当時幼かった私はその意味をあまりよく理解していなかった。今でこそ少しマシになったがあのころは私の両親の仲は最悪だった。今思えば離婚と言う話しも出てはいたのだろう。私は両親の喧嘩を見ていられず、よく隣のブチャラティの家に遊びに行っていた。
彼はそのころからとても大人びていたと、今になっても思う。私はそんな彼のことが大好きだった。優しくて頼りになる、常日頃から喧嘩ばかりして怒声が響く小さな私の世界で、彼のいるところだけが唯一安心できる場所だった。

「おじさん、お邪魔しまーす。」

「あぁ、ナマエちゃん。いらっしゃい。」

ブチャラティの父親は寡黙で無口な人だったが優しい人間だった。周りの人間はそんなおじさんを不愛想な人間だと言っていたが、喧嘩が絶えなかった私の世界ではそれがむしろ落ち着いた。
ブチャラティの母親のことはよく覚えていない。ブチャラティによく似た美しい人だったという記憶はあったが、5年前に彼らが離婚してからこの家には一度も戻ってきていない。

「ねぇブチャラティ。算数教えて!」

「いいぞ。どこが分からないんだ?」

優しいブチャラティが大好きだった。彼がいれば別に自分の両親なんてどうでもいい、私はそう思っていたがブチャラティは夜には必ず私を両親の元に帰した。
当時の私にとって、こればっかりは不満に感じていた。何故わざわざあの心落ち着かない家に戻らなければならないのか。彼に一切不満はなかったが、私がいくら駄々を捏ねようとブチャラティもこればかりは譲らなかった。
今思えばこれも私と両親の仲が決定的に壊れてしまわぬようにと、配慮してくれようとしていた結果なのだろう。おかげで私は今では両親のことは普通に好きだ。
幼かった私にはブチャラティが何と言おうと彼が私の世界の全てだった。これからもずっと、彼と一緒にいられるのだと何も知らなかった私は信じて疑わなかった。

だがそんな日常は、ある日突然あっけなく崩れ落ちることになる。

「え?おじさんが……?」

「今ネアポリスの病院で入院しているらしいわ。ナマエ、もうブローノ君と遊ぶのはおよしなさい。」

母親の言葉に頭がカッとなるのが分かった。

「なんでお母さんにそんなの言われなきゃいけないの!?いっつもお父さんと喧嘩ばっかして、私のことはほったらかしのくせに!」

「あっ!ナマエ!待ちなさい!!」

私は隣のブチャラティの家に走った。

「ブチャラティっ、ブチャラティ…っ!」

勿論彼の家には誰もいなかった。
ブチャラティは何日も帰ってこなかった。きっとおじさんの容態が悪いのだ。心配で心配でたまらなかった。両親が病院には連れていってくれなかったので、私にはネアポリスまで行く手段がなかった。


そんなある夜、いつもなら熟睡している時間なのにスッと目が覚めた。

「…ブチャラティ?」

彼の声が、聞こえた気がしたのだ。
両親を起こさないようにして私は玄関を出てブチャラティの家へと向かう。

そこには確かに彼がいた。数日会っていなかっただけだというのに、もうずいぶんと前から離れているように感じた。
嬉しくて彼に駆け寄っていつもみたいに抱き着こうとする。

「ブチャラティっ!良かった!戻ってきたんだね…っ、おじさんは、」

「___来るなッ!!」

初めて聞いたブチャラティの厳しい声に、私はその場で固まった。

「ブ…ブチャラティ…?」

「ナマエ…、俺はもう、行かなくちゃあならない。」

月明りで一瞬ブチャラティの姿が目に映る。私は彼の様相に思わず息を飲んだ。
全身に赤黒い血液を浴びた彼は、数日前では考えられないほどやつれていた。
恐怖よりも先に彼の身に何が起こったのか心配になり駆け寄る。

「けがしたの…?ブチャラティ…。どこに行くの?病院?私も一緒に行く。」

グッと表情を歪めた彼は意を決したように私の両肩に手を置いて、いつものように優し気な笑顔を浮かべる。

「ナマエ、お前ならきっと両親とも上手くやっていけるはずだ。決して父さんと母さんを恨んだりするんじゃあないぞ。いつかきっと分かり合える日はくる。」

「どうしたの…?何言ってるのかわからないよ、ブチャラティ…。」

「お前なら、俺がいなくても大丈夫だ。元気で暮らして、そして幸せになってくれ…。」

「いや、どこに行くの…?行かないで。私、ブチャラティがいないと死んじゃう…っ!」

縋りつく私をブチャラティは軽く突き放し背を向けた。

「……ごめん。さようなら、ナマエ。」

「行かないで…!ブチャラティ!置いていかないでよぉ……っ!」


暗闇に消えたブチャラティ。そして、彼がこの家に戻ってくることは二度となかったのだ。
ブチャラティがいなくなった後、ひどく落ち込み学校にも行けなくなってしまった私を両親は危惧し、結局離婚という結果には至らなかったらしい。
まだ幼かった私は時間の経過と共に徐々にブチャラティの記憶は薄れていった。
数年後、風の噂で彼の父親が亡くなったことを耳にしたが、もう自分には関係のないことだと思っていた。


そんな彼と再び再開できたのは奇跡か、それとも必然か。


(___寒い、)

男が出て行った後、部屋は少しずつ氷が溶け始めるが私の身体は冷たいままだった。
でも寒くはない。何も感じない。
身体が動かない。

「___ごめん、ね。ブチャラティ………。」

やっぱり私じゃあ、あなたのことを救うことはできないみたい。

ゆっくりと引き寄せられるように、微睡へと誘われる。


もう何も考えられない。