Day'seyeをあなたへ | ナノ

 25.季節外れの雪

始発のせいか電車の中はガラガラに空いている。
それでも何人かはこのサンタ・ルチア駅へ向かう人たちがいた。座席はガラガラだが私は気持ちばかりが急いてしまってとても腰かける気にはなれなかった。無言で窓の外のリベルタ橋を見つめる。車どころか人っ子一人いない。アバッキオも私に付き合ってか座席に腰かけず、柵に寄りかかったまま腕を組んでただ目を閉じていた。

「ジョルノとミスタ、大丈夫かな…?」

「…さぁな。」

会話はそれ以外全くなかったが、不思議と出会った当初のような気まずさはもうどこにもなかった。



5分もしないうちに電車は目的の駅に到着した。辺りはまだ薄暗い。
確か目的のディスクは駅の入り口に隠してあるということだった。私とアバッキオは顔を見合わせて駅構内から出ようとした。
陽が上り始めたせいか辺りには散歩をする人や、スーツを着た人たちがチラホラと見え始めている。
この前の暗殺チームたった金髪の長い髪の男の影響もあってか、道行く人すべてが怪しく見えてしまう。
私がキョロキョロとしている間にアバッキオはしっかりと仕事をしていたようで、彼は一枚のディスクをしっかりと手に持っていた。

「間違いなくこれだ。あとはブチャラティたちと合流するだけだ。」

無事にディスクが手に入ったことで私はホッと息をついた。

「なんか、思ったよりもあっさりだったね。」

思わず気の抜けた台詞を言った途端、アバッキオにゴツンと頭を叩かれた。

「いたいっ」

「油断するんじゃあねぇ。ミスタとジョルノがまだ戦っているかもしれないんだぞ。」

「…ごめんなさい。」

かと言って特にやることもない。ブチャラティに電話をかけ始めたアバッキオを後目に、徐々に上ってくる綺麗な朝日を私は緊張感もなくボーッと堤防から眺めていた。

「ん…?」

(あれはなんだろう?)

何かが海の上を泳いでいる。いや、泳いでいるというよりも走っている?
良く見えなくてじっと目を凝らす。
魚?それとも鳥だろうか?
それになんだか、突然寒くなった。
いやな予感がして私は能力を発動する。

3秒後、8秒後、そう遠くない未来に海の上を走っていたものはこちらへと到着する。
驚いたことにそれは人間だった。そしてその彼を追うようにして見慣れた二人の姿も映像として現れる。およそ10秒後の出来事。
ハッと目が覚めたときにはもう目視できるくらい近くまで男は迫ってきていた。
慌てて私は少し離れたところでブチャラティに電話をかけているアバッキオに向かって叫ぶ。

「___アバッキオッ!!敵が、くる!!」

アバッキオがこちらを振り返った瞬間、海の上を何かで走ってきた男は滑るようにして堤防に上がったかと思うと私の前へと降り立った。
男の出で立ちははっきり言って奇妙だった。全身を白い甲冑のようなもので覆っていて、顔だけ僅かに覗けるようになっている。
しかしマスクに覆われていても、男の三白眼は良く目立った。

「なんだぁ?てめぇはよぉ…!この場にいるってことはテメェもブチャラティのチームの一員かぁ!?
しかも女ってことはよぉ、メローネが言っていたナマエって女だなぁ!?」

自分より数十センチも大きな男にいきなり怒声を上げられ、ビクリと身体が竦みあがってしまう。すぐに男から離れようとするが、一瞬怯んだことで反応が遅れた。

「う、きゃぁっ!!」

一気に男に担ぎ上げられて足が地面から離れる。

「後ろにはミスタとジョルノとかいう新人。すぐそこにはアバッキオ。ディスクを奪うのは今は無理だ。
だったら選択肢は一つしかねぇよなぁ!!」

男が立っている場所を中心として、地面がパキパキと音を鳴らし勢いよく凍っていく。
すると目をまわしそうなくらいのスピードで、スケートのようにその上を走り始めた。

「アバッキオ___ッ」

「ナマエ!!」

アバッキオが伸ばした手は届くことはなくスルリと抜けた。
人一人担いでいるとは思えないスピードで男はあっという間に町中に入り、アバッキオの姿は見えなくなる。
これ以上みんなから離れたらまずい。本能的にそう感じた私は男の背を力いっぱい叩く。

「オイコラ!俺が今時速何キロで走ってると思ってんだ!?テメェは落ちて顔面グチャグチャになりてぇのか!?」

男の言葉に自分が怪我をしたときのことを想像して、実際には傷など負っていないのに嫌な感覚になる。
突然の出来事にどうしたらいいのか分からないまま、数分の時が過ぎた。

目的地に到着したようで男は徐々に氷の上を走るスピードを緩め、ついには止まった。
私の目の前には誰も使ってなさそうなボロ屋が一軒ある。
男は何の言葉もなく突然手を放したため、私は地面にお尻を打ち付けた。

「入れ。」

冷たい声で言われてそのまま動けなくなってしまった私に一つ舌打ちをしたかと思うと、無理やり腕を引き上げ、ゴミでも投げ捨てるようにその家の中に放り込んだ。

「きゃあッ!!」

家の中は埃だらけだった。本当に誰も使っていないのだろう。少しの家具は残っているが、とても人が住めるような環境ではない。
無理やり放り込まれたせいで受け身もとれず、床のささくれだった木で足をところどころ擦りむいてしまった。だがそんな痛みよりも、目の前の男が唯一の出口だった扉を力いっぱい閉めたことに恐怖を覚える。
その扉は男が触れると音を立てて一瞬で凍りついた。

家の中は薄暗くてよく見えないが、男はいつの間にか白いスーツのようなものを脱いでおり、その顔の全貌が漸く明らかになった。
水色の短髪の髪はクルクルと不可思議にカールしている。赤いフレームの眼鏡から除く三白眼は、スーツを着ていたときと変わらず恐ろしいが、目の前の男は思ったよりも若い印象を受けた。
たぶん私より少し年上なくらいだろう。自分とあまり変わらない年齢の人間までも、暗殺という仕事を生業にしているのかと思ったとき背筋がゾッとした。
扉の前から男が一歩、こちらへ足を近づけるとともに心臓が跳ねる。
投げ捨てられたままの体勢の私を見て、鼻で笑ったかと思うと私の足首を手で掴んだ。

「や、やだ…!なにするの……っ」

パキパキ、と凍る音が聞こえたかと思うと一気に足首が冷たくなった。
恐る恐るそちらを見ると足首が氷で足枷のように固まっていた。

「オイ、両手だせ。」

「や、やめて……」

男は私の言葉を無視して無理やり両手を掴んで足首と同じように凍らせた。
身動きできない状態になった私を見た男は鼻で笑う。

「逃げられると面倒だからな。てめぇにゃあ聞きたいことが幾つかあるんだ。ゆっくりと聞かせてもらうぜ。」

私の顔に触れる男の手は、氷のように冷たかった。