Day'seyeをあなたへ | ナノ

 24.アバッキオと昔話

ペリーコロさんが最期に残した言葉「写真の場所へ行きディスクを手に入れろ。」そこにはトリッシュと彼女の父親が無事に会うための方法が記されているらしい。
写真はペリーコロさんがすでに燃やしてしまっているため手元にはないが、行先は『ヴェネツィア、国鉄サンタ・ルチア駅前』だ。そこに重要なディスクが隠されている。
ディスクを手に入れるという重要な任務、これに失敗すればトリッシュは父親と会えないことはおろか、ブチャラティたちの任務はそこで終了、待っているのは死ということになる。
絶対に失敗することができないこの任務、私たちは三つのチームに別れることになった。
ジョルノとミスタが乗る車は言うなれば囮部隊。現在午前5時ちょっと前。ヴェネツィアに行くためにはおよそ3.5qもあるリベルタ橋を渡るか、まだ早朝で始発も出ていない鉄道で行くか、船で本土から渡るかの三つの方法しかない。早朝で車の通りが全くないリベルタ橋を車で走るのは嫌でも目立つ。追手が狙ってくるとしたらまず間違いなくジョルノとミスタが乗る車だろう。
そしてもう一つがトリッシュの護衛チーム。ブチャラティとナランチャとフーゴの三人。彼らは船でヴェネツィアを目指す。トリッシュの護衛がメインとなるため万が一の時以外は極力戦闘を避けたいところだ。安全が確認されたところでヴェネツィアに上陸するため、基本的に隠密に行動する。
そして最後の一組がアバッキオとナマエの二人だ。二人は5時に始発がでる他の乗客に紛れ国鉄に乗り、一足先にサンタ・ルチア駅に向かってディスクを手に入れるのが目的だ。二人の能力を合わせれば、過去も未来も見ることが可能になる。静かに、確実に目的の物を手に入れるためにはこの二人の能力は必要不可欠なものだ。


ジョルノとナマエが追手のスタンド使いに襲われローマを過ぎ、ヴェネツィアに近づく今までの間、今まで休む暇もなく襲ってきた敵の猛攻がピタリと止んだ。
おかげで私たちは夜の間車の運転を交代し、仮眠をとりながらここまで辿りつくことができた。
あまり眠れずだるい身体を無理やりたたき起こして私はアバッキオと共に一足先にみんなの乗る車から降りた。

「アバッキオ。ナマエを頼んだぞ。」

「わかってるさ。」

ブチャラティの後ろには珍しく亀の中から出てきたトリッシュもいる。心なしか二人の距離が先ほどよりも近い気がして私はあからさまにブチャラティから視線を逸らした。
私のそんな態度にブチャラティが気がつかないはずもなく首を傾げる。

「ナマエ、どうしたんだ?何かあったか?」

自分はいつからこんなの強欲になってしまったのだろう。元々私なんかとは住む世界が違ったブチャラティ。本来なら彼は私なんかが近寄ることすらできない人間だったのだ。そんな彼の傍に一時的とはいえいることができ、幼馴染のよしみとは言え彼はこんなにも気にかけてくれているというのに。
いつの間にか欲望は膨らみいつしかブチャラティの傍にいられるだけでは満足できなくなっていた。
彼に認めてもらいたい、振り向いてもらいたい。ずっとずっと、一緒にいたい。

こんなにも醜い気持ちを彼に知られたくはない。
無理やり笑顔を作りブチャラティに向かって微笑みかける。

「……なんにもないよ。」

自分でも思った以上に声が震えていたのに気がついてハッと口元を押さえる。
それに対してブチャラティは怪訝そうに顔を顰める。

「お前、やっぱりどこか具合悪いんじゃあないのか?本当に大丈夫か?」

ブチャラティが心配して私の額に手を伸ばす。
しかし私は無意識にその手を振り払っていた。パシン、と乾いた音が辺りに響く。

「ナマエ……?」

「あ……、ご、ごめ……、わ、私……、」

ブチャラティの戸惑う声に胸がズキズキと痛む。
皆も私の突然の行動に唖然としているのが分かる。
これから敵を迎え撃つかもしれないという時に私は一体何をやっているんだ。自分の勝手な感情でみんなを困らせて。下手すればトリッシュが攫われてしまうかもしれないこの状況で。
だけど一度膨らんでしまった感情はそう簡単に戻らなく、あと一突きすれば風船が割れるように決壊してしまいそうだった。

その時だった。

「ブチャラティ。コイツのことは俺に任せな。時間がねぇから作戦開始といこうや。」

後ろからアバッキオが私の手を掴んで引く。誰かが口を挟む間もなく、彼は大股でその場を後にした。
アバッキオに腕を引かれているため必然的に彼の歩幅で歩くことになり、私は小走りで歩く羽目になる。だがそれでも、今あの場所から連れ出してくれた前を歩く彼に感謝せずにはいられない。
やってしまったという後悔と、困惑するブチャラティの声が耳に残る。自分が情けなくて涙が出た。
まだ朝日が昇る前の静寂の朝に、自分の嗚咽だけがよく響いた。

「……ガキ。泣くぐらいなら初めからすんな。」

「う…、ひっく…!だ、って…っ」

ジョルノが車を駅の近くに止めてくれたおかげで、駅までは歩いてものの数分で到着した。
朝も早いためまだ私たち以外の人は誰もいない。
アバッキオは備え付けのベンチにドカリと腰かけると、私の手を引いて隣に座るよう促した。
ポケットから徐に煙草を取り出したかと思うと、ライターで火をつける。そのスマートな仕草に彼が普段から煙草を愛用しているのであろうことはよくわかった。
初めて見るアバッキオの姿に思わず泣くのも忘れて目を奪われる。
しかし彼は煙草に火をつけたきり、それを吸おうとはしなかった。反対の手で自分の頭をガシガシと掻いたかと思うと、ハッキリとしている彼にしては珍しく歯切れ悪く話し始めた。

「…あー、なんだ。……俺は元々警官になるのが夢でよ、高校卒業してから一年ちょい警察官やってたんだ。笑っちまうだろ?今じゃ警察に取り締まられる立場だってのによ。」

『元々警察官だったんだからよ。』ナランチャが言っていた言葉がふと頭に浮かんだ。
何故今突然そんな話をするのか分からず首を傾げるが、アバッキオはコンクリートの床を見ながら話を続けた。

「若かった俺はそれなりに夢も希望も持っていたさ。ありきたりだが困っている人を助けたいってな。」

「…なんで……、」

アバッキオはギャングに身を落としたのか。私が質問する前に彼は口を開いた。

「……同僚をな、俺を指導してくれていた先輩だった。俺のミスで死なせてしまった。」

「え……、」

衝撃の言葉に思わず目を見開いて彼を見つめた。そんな私を見たアバッキオは自嘲的に笑ったかと思うと再び地面に視線を落とした。

「すべては自分の甘さが生んだ結果だった。俺が真面目に自分の仕事をしっかりとしてりゃあ決して起こるはずのない事故だった。そこからはあっという間に転落人生さ。」

「アバッキオ…。」

「おっと、同情するのは止めろよ。もう割り切ってんだ。過去の話さ。それに俺は今の生活も気に入っている。……だからこそ、死人のように生きていた俺を拾って引っ張り上げてくれたブチャラティには感謝してもしきれねぇ恩がある。」

アバッキオが何故ブチャラティをこんなにも慕っているのか、漸く分かった気がする。アバッキオだけじゃない。このチームにいる全員がそうだ。アバッキオは地面に落としていた視線を上げて、私のほうを見上げる。

「今まで悪かったな。別にお前のことを嫌っていたわけじゃあねぇんだ。ブチャラティはクレバーでギャングに対しては一切の油断も隙も見せないわりに、御覧の通り一般人には甘い。特に女や子供、老人なんか弱い人間に対してはそれが顕著だ。だが一般人だからってすべてが信用できるわけじゃあねぇ。俺ははじめの頃はお前のことも疑っていた。」

アバッキオは突然現れた私に対しては勿論、新人のジョルノにも人一倍警戒心を露わにしていた。
それは彼がチームを思うための行動だったのだと分かるととても納得がいった。

「まぁこんなことアイツに言ったら『余計なお世話だ』って言われるのは目に見えているがな。アイツにはあのままで居てもらいたい。だから俺はアイツが目を向けないところに目を向ける。お前のことにしてもそうだ、ナマエ。」

「私…?」

「ブチャラティが今のままでいるにはお前の存在は必要だって言ってんだよ。それだけじゃあまだ不満だってのか。」

アバッキオの言うことの意味が分からなくて首を傾げる。
それを見た彼は呆れたように椅子の背もたれに背中をつける。

「だからテメェはガキだってんだ。あのお人よしの性格に、あの顔だろ。それにギャングって職業柄今までアイツに近づいてきた女はそりゃあ星の数ほどいたさ。だけどブチャラティがここまで世話を焼いた女なんて今まで誰一人だっていやしねぇんだぞ。そんな良いポジションにいながらテメェはまだウダウダと何か抜かすのか?あぁ?」

もしかしてアバッキオは私を慰めようとしてくれているのだろうか。いくらアバッキオ本人が「割り切っている」と言ったって、彼にとって過去の話はあまりしたくない話しだろう。だがそれを話してまで自分のブチャラティに対する信頼の深さを、そしてそのブチャラティには私が必要だと言ってくれている。
「本当に好きなら必死で振り向かせてみろ」と言っているのだ。
ブチャラティを真に信頼し、思っている彼の言葉だからこそスッと胸の奥へと言葉が響いた。

「…もしかして、慰めてくれてるの?」

「バ…ッ!!ちげぇよ!!」

少し顔を赤くしてそっぽを向いたアバッキオを笑いながら、口を開く。

「………あなたの言う通り、私子供だったね。何もせずに与えてくれるのを待つだけの子供だった。アバッキオに言われて気がついたよ。ありがとう。」

もっと大人にならなきゃ。アバッキオの言う通り、本当にこれからずっとブチャラティの傍にいたいと望むなら、それに見合った努力をしなければ。それをせずに泣き言をいうなんてただの子供わがままと同じだ。
アバッキオに向かって頷くと、彼はハァ、と一つため息をついて立ち上がりすっかり短くなってしまった煙草を捨てて高そうな靴で火を消す。

「とまぁ、厳しいことを言ったが実際テメェは良くやっている方だと思うぜ。ったく、慣れないことはするもんじゃあねぇな。俺が人に説教なんざよ…。
ナマエ、テメェのことだからどうせブチャラティに女として見てもらえないってくだらねぇことで悩んでるんだろうけどな、」

「お、女としてって…!」

アバッキオにそのものずばりを言い当てられてしまって顔が熱くなる。
それを見てアバッキオはフッと優し気な笑みを浮かべる。

「んなことはくだらねぇ。男なんざ結構単純だぜ。ブチャラティだってそうさ。」

「え…?それってどういうこと?」

「ガキにはまだ早いってことだ。立派なシニョリーナになってから出直しな。」

アバッキオの言葉に思わず顔をムッとさせてしまう。それを見て彼は再び笑う。

「そういうところがガキだってんだ。ほら、電車が来たぜ。」

アバッキオの後ろ姿はどこか哀愁が漂っていた。
彼は死なせてしまったという同僚のことを、すでに割り切っているなんて言っていたが、実際にはどうなのだろうか。どちらにせよアバッキオの心に刻まれた深い傷は、一生癒えることはないのだろう。
そう思うと、私なんかのために自分の一番触れられたくない話をしてくれた彼に、感謝をせずにはいられない。

「ありがとう。アバッキオ。」

「あ?なんか言ったか?」

「ううん。何も。」



アバッキオはあえて教えなかった。
カプリ島に向かう船で、彼女が捕らわれたと聞かされたときのブチャラティの激昂した様子を。そして彼女を胸に抱いているときの優しすぎる瞳を。彼女を傷つけた敵に対する容赦のなさを。
トリッシュの大胆な服を着た彼女を見た後の、少しだけ赤くなっていた彼を。

(教えたらつまらないじゃねぇか。)

ナマエの小さな背中を見ながらアバッキオは一人心の中で笑った。