Day'seyeをあなたへ | ナノ

 23.小さな亀裂

ローマに立ち寄り今まで追手に追われていたせいでできなかった食料や日用品の買い出しを済ませた後、例の盗んだ車でヴェネツィアへと向かっていた。
その車の中には重い空気が漂っていた。
それもそのはずだ。先ほど亀の中で新たなボスの指令を受けたのだ。『アバッキオのムーディ・ブルースで10時間巻き戻しをしろ』。
私の前だというのに、アバッキオは特に追い払ったりすることもなく普通にスタンドを出現させた。それがとても嬉しかったのはまた別の話だが。
アバッキオのスタンドは時間を戻して過去にその場所で何があったのかを知る能力。私の能力とは逆の能力だと知ると少し親近感が湧いた。
しかしそこからは見たことを後悔するような出来事が待っていた。




車を運転しているのはジョルノ、そして亀の中にいるのはブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ、トリッシュ、私。ミスタとフーゴは亀の外で見張っているはずだ。
私は顔を伏せ先ほどの映像に落ち込むトリッシュを必死に慰めていた。

「トリッシュ…。そんなに落ち込まないで。」

「でも…、あの人は追手に追われる私にとても良くしてくたわ。優しい人だった…。それが何故…。」

トリッシュは泣いてこそはいないが酷く落ち込んでいた。
無理もない。ペリーコロさんと一言二言しか言葉を交わしていない私だって、やりきれない気持ちなのだ。
任務とはいえトリッシュはペリーコロさんに救われたおかげで今ここにいる。そんな命の恩人が自分を守るために自殺したなどとは受け入れ難いだろう。
こういうとき何と言葉をかけてあげればいいのだろう。どうしようもなくて私はただその震える背中を撫でることしかできなかった。
重い空気の中言葉を発したのはブチャラティだった。

「ペリーコロさんはギャングとしての誇りを持っている素晴らしい人だった。
……トリッシュ。彼は自分でこの運命を選択したのだ。命をかけてお前を守るという選択を。いくらでも落ち込んでいい。だがお前はペリーコロさんの思いに答えるために、必ず生きて父親の元まで行かなくてはならない。」

ブチャラティの言葉にトリッシュは漸くその顔を上げてくれた。涙で潤んだ美しい瞳が真っすぐにブチャラティを見つめた。

「安心しろ。俺たちがお前を父親の元まで連れていく。お前はペリーコロさんの思いを受け止め精一杯生きていくんだ。」

ブチャラテイは優しくトリッシュの肩に手を置いた。
その一つ一つの所作がとても美しく、優しくて。
私は無性に悲しくなった。
見つめ合う二人はまるで絵画の中にいるかのように絵になっている。
まるで恋人同士のような____、

「……私、フーゴたちを見てくるね。」

「ナマエ?」

ブチャラティの言葉に答える余裕がなく、私は慌ててその声から逃れるように亀の外へと逃げ出した。

「ナマエ、一体どうしたんだ…?」

「……やれやれ。ブチャラティ、お前本気で言ってんのか?」

アバッキオは呆れたようにため息を吐いた。
当事者であるブチャラティと、鈍感なナランチャは訳が分からず首をかしげている。

「なんでもねぇよ!おめぇが罪作りな男だって話だよ!」

「えっ!?なになに!?アバッキオ!意味わかんねーよ!俺にも教えてくれよ!なぁなぁ!!」

絡みつくナランチャを無理やり引きはがすと、アバッキオはすっかり泣き止んだトリッシュを方をチラリと見た。
彼女はキラキラとした瞳で、首を傾げるブチャラティをじっと見つめている。

(面倒なことにならなきゃあいいが。)

アバッキオは一人心の中で呟いた。



「うわっ!?ナマエ…!?ど、どうしたんですか!?一体…!!」

「ご、ごめん。フーゴ。車の中だってこと忘れてた。」

亀から出てきた私の着地した先は、勿論亀を持っていたフーゴの膝の上だった。
慌てて私はフーゴの上から退いて彼の隣の座席に座る。

「おっ、ナマエ。どーしたんだ?」

「色々とあって疲れたでしょう?休めるうちに休んだほうがいいですよ。今度いつ敵が襲ってくるか分かりませんから。」

前の座席に座っているミスタとジョルノが驚いたように声をかけてくる。
私も眠れることなら眠りたい。だけど今この亀の中に戻るのは絶対に嫌だった。

「……なんだか目が冴えちゃって。少し外の空気を吸いたくなったの。こっちに居てもいい?」

「それは別に構いませんが…。」

フーゴの言葉にホッと息をつく。ダメだと言われたらどうしようかと本気で悩んでいたのだ。今はブチャラティとトリッシュとどうしても同じ空間に居たくなかった。

「ナマエさん。何かあったんですか?」

ジョルノの言葉に内心ギクリとする。フロントガラス越しに彼の緑の瞳と目が合い、無理やり笑顔を作った。

「なにも。」

私は上手く笑えていただろうか。
それともジョルノには、嫉妬に狂った鬼のように見えていたのだろうか。