▼ 20.ベイビィ・フェイス
*オリジナル要素多めなので苦手な人は注意!
「やはり僕は反対だ!盗むのは危険が大きすぎる!」
「一体何が気に入らねぇんだよー!フーゴォ!」
ここはローマからそれ程離れていない郊外の駐車場だ。店から姿が見えない位置でナランチャとフーゴとミスタは何かをもめているようだった。
「いいか。ここはローマの街道沿いだ。田舎と違ってドライバーはなくなった車にあっという間に気が付く。そして通報や警察などのコンピューターは奴らには筒抜けだ。
そんな車に乗ってみろ。僕らは一時間以内に追いつかれるね。」
「いや、ヒッチハイクのほうが圧倒的に危険だと思うぜ。他人任せでゆっくりもたもた行く方が危険だ。
それにどこ走ってんのかわからねぇってのは結構精神的にくるもんだぜ。」
どうやらここで車を盗むか、それともヒッチハイク(勝手に乗車する)でローマに向かうかでもめているらしい。だんだんと口調が荒くなっていくフーゴを落ち着かせるために私はジョルノの後ろから声をかける。
「お、落ち着いてよ…。ミスタもフーゴも。」
「お、ナマエ、出てきたのか……。って、オメーその恰好、よくブチャラティが許したなぁ…。トリッシュの服だろ、それ?」
「うわー!ナマエ!エロすぎんだろ!オイ!」
「も、もう…!ミスタもナランチャも、今はそんな時じゃないでしょ!」
ミスタとナランチャの視線が胸元に集中していることに気がついて慌てて手で胸元を隠す。紳士的なブチャラティと違って本当に本能に忠実というか、遠慮がない。
「なぁなぁ、ナマエはどう思う?ミスタとフーゴ、どっちに賛成?」
「え?わ、私に聞かれても…。未来を見てみる…?」
「いいえ。ナマエはさっきの戦いの疲れが回復していないでしょう。それほど切羽詰まってもいない今の状況で一日にそんなに何回も能力を多用するべきではない。」
ヒートアップしかかっていたフーゴがすっかり落ち着いたようでホッと息をつく。フーゴがキレると大変なことになるというのは、彼はあまり知られたくないようだがすでに私も理解していたので一安心だ。
「…一台盗めばあっという間に見つかってしまう。だが『100台盗めば』どの車に乗っているのか見つけるのは困難になるでしょう。」
「…は?なんだって?ジョルノ?」
ジョルノの言っていることの意味が理解できなくて、声を上げたフーゴだけじゃなく全員がジョルノのほうを見る。
するとジョルノは説明する間もなく自身のスタンドを出して、車を数十台原型を留めないほどに破壊した。
「とりあえず10台、これでどの車がなくなったのか分からなくなりました。」
再びジョルノはゴールド・エクスペリエンスで今度はその車の破片を殴りそれを蛙に変化させる。命が吹き込まれた蛙たちは、それぞれ意思をもってどこかの草むらへと消えていった。確かにこれでは一体どの車が破壊されてどの車が盗まれたのか、判別するのに時間がかかるだろう。
「僕たちは残った車に乗っていけばいい。これで普通に盗むよりも探すのに10倍の時間がかかる。」
車が破壊されたドライバーたちには申し訳ないがこのジョルノの案以上に良い案は今はないだろう。
全員がそう思ったのだろう。「なるほどな」などと言いながら早速残った車から自分たちが乗る車を見繕い始めた。
車の盗み方なんて私に分かるはずもないので、私は一人その場に残ったジョルノに声をかける。
「すごいね、ジョルノ。誰もこんなこと考え付かなかったよ。」
「いえ、大したことではありません。
………ナマエさん、少しこの亀を持っていてもらえませんか?」
「あ、うん。わかったよ。」
ジョルノから亀を受け取り抱える。亀は意外と重くて落とさないように慌てて両手で抱える。
「ブチャラティ。車がもうすぐ手に入りそうだって。」
亀の外から中にいるブチャラティに声をかける。きっと中にはトリッシュもいるだろう。
「わかった。車の安全を確認したらすぐに出発する。」
ブチャラティの言葉に頷くと、私は辺りをキョロキョロして何かを探しているジョルノのほうへ向かう。
「ジョルノ?どうしたの?キョロキョロして…。あれ?あのバイク…?」
ジョルノがジッと見ている視線の先にはエンジンがかかりっぱなしの大型バイクがあった。
エンジンがかかっているのに不思議なことにドライバーは辺りに見当たらない。
「そうなんです。あのバイク、一体いつからあそこにあったんだ…?
……ブチャラティ。用心してください。何か異様だ。」
ジョルノは亀の中にいるはずのブチャラティに声をかけるが私の手の中にいる亀からはなんの返答も返ってこない。
「……ブチャラティ?」
ジョルノが不審に思って亀の中を覗き込む。
異様だ。先ほどまでとは雰囲気が違う。なぜか亀の中にはつい今さっき会話をしたはずのブチャラティの姿はない。
「危ないっ!!」
顔を覗き込んだ私をジョルノは思いきり後ろへと突き飛ばした。まさかいきなり突き飛ばされるとは思わなかったので、受け身も取れず吹っ飛ばされた衝撃で地面に転がる。
「ナマエっ!敵です!!早くナランチャたちへ…………、」
ジョルノの様子がおかしい。首に手を当てて、呼吸がどこか苦しそうだ。
痛む身体を慌てて起こしてジョルノへと駆け寄る。
「ジョルノ!?どうしたの!?」
「きちゃ……、ダメ、だ………」
蚊の鳴くような声でジョルノは言う。上手くしゃべることができないようだ。息が荒く、上手く呼吸ができていない。彼はずっと首、というか喉元を押さえている。そこに何かあるのか?ジョルノが押さえている手をどかし、彼の首を見る。
「な、なに、これ…!?の、喉が…?」
喉が、ない。首に問題があった訳ではなく、ジョルノの喉元は何かに切り取られたかのように四角くえぐられている。いや、えぐられているという表現は正しくない。まるでパーツが取られたかのように綺麗にそこだけなくなっている。
「ジョルノ!息ができないのね!?」
こんな奇妙な現象の原因は一つしかない。スタンド攻撃だ。敵がどこかに潜んでいて私たちに攻撃をしてきている。皆を呼ばなくては。百メートル以上先にいるみんなのほうを振り返る。ここからだと敷地を分けている縁石が目隠しになってしまい、立ち上がらないと異常を伝えることができない。
「だ、誰か……っ!アバッキオ…ッ!!」
しかし私の声は何者かに塞がれた。誰かが後ろから私の口を塞いでいる。背中に乗っかる重みで私は地面に再び転がった。
「ん……?」
アバッキオはナマエの声に反応してそちらへ振り返る。しかしアバッキオの視線の先には特に気になるものは映らない。
「どうしたんだよ?アバッキオ。」
「いや、ナマエに呼ばれた気がしたんだが、気のせいか。」
(ダメだ!こんな状態じゃあ誰も気がついてくれない…!)
後ろに張り付いている何者かの正体を見ようと首を無理やり傾けてそちらを見る。
そこには人ではない、予想外の者が張り付いていた。
(ス、スタンド!?)
「メローネ。予定通りトリッシュともう一人の女はとらえました。ブチャラティとこの新人はどうしますか?」
スタンドは突然独り言を言い始めた。意思を持つスタンド?メローネというのはこのスタンドの主のことだろうか。
誰かと話しているかのように、スタンドは一瞬の間を置いて再び口を開く。
「わかりました。始末します。」
すると私の後ろのスタンドは苦しさでのたうち回るジョルノの右目をキューブのようにして取り出した。
「………っ!!」
ジョルノは声帯ごと奪われているためか声にならない呻きを上げる。奪われた右目のところからボタボタと血が滴り落ちた。
このままではジョルノが殺されてしまう。何とかしてアバッキオたちにこの異常に気がついてもらわなければ…。
私はスタンドを出現させた。
「ナニッ!?」
何故だかわからないがこのスタンドは私をトリッシュと共に何処かへと連れていくつもりらしい。
このスタンドが本体である私を押さえてかかりきりになっている今、私のスタンドは自由に動ける。
「お前、抵抗するつもりか?俺はトリッシュとブチャラティをすでにとらえているんだぜ。奴らを生かすも殺すも俺次第だってことはわかるよな?そこの新人も……。
余計な行動はするなよ…!今すぐアイツの脳天に四角い穴をあけてやろうか!?あ"ぁ!?」
スタンドを発動しようと思った私はその手をピタリと止めた。
今動けばブチャラティとジョルノの命はない。そうコイツは言っているのだ。
一体どこから本体を操っているのか。視線だけで辺りを見回すが、見通しが良い場所にも関わらず本体の姿はどこにもない。
普通これだけのパワーと攻撃の正確さがあれば本体は近くにいなければ発動できないはずだ。
それなのにこのスタンドを操っているはずの人間の姿はどこにも見当たらない。
それはすなわち『遠隔自動操縦型』のスタンドだということだ。
以前ジョルノと共に戦った日本人のヒロセ君が言っていた。遠隔自動操縦型のスタンドから攻撃を受けたなら、その本体を叩くのが一番手っ取り早い方法だと。
このタイプのスタンドはある条件を満たした人間に対して単調な攻撃しか仕掛けてこないが、目の前のコイツはどう見たって違う。しっかりと本体である誰かと会話をしているようだし、自分で物事を考える力もありそうだ。
しかしいくら考えたところで、スタンドなんてまだ数えるくらいしか見たことがない私には、目の前のスタンドの弱点が一体どこかなんて分かるはずもなかった。
(どうしよう)
私のスタンドはなんて無力なんだろう。
せめて自分で敵を振りほどけるほどのパワーさえあれば皆の足を引っ張らずにすむのに。
ジョルノは私のスタンドを見たとき、敵と戦うのを事前に回避できる素晴らしい能力だと言ってくれた。
それなのに私は結局大事な後輩を危険に巻き込んでしまっている。
苦しさでのたうち回るジョルノを見ていることしかできない。
「んー!んぅー…!」
ジョルノが死んでしまう。どうしようもできない自分が悔しくて涙が浮かぶ。
そのうちジョルノはピクリとも動かなくなった。
私が傍にいたから、ジョルノは死んでしまった。もっと私が警戒を怠らず、常に能力を使うようにしていればこの敵の攻撃を回避できたかもしれないのに。
動かなくなったジョルノを前にして、ついにためていた涙が溢れた。
「メローネ。新人を始末しました。ナマエが泣いています。
_____。『そんなに泣くなよナマエ。今から俺が行くから待っていてくれ。』と、メローネからの伝言です。」
メローネと呼ばれた男のスタンドの声など、もはや耳には入らなかった。
私はただただ、動かないジョルノの身体にじっと見入っていた。
だから漸く気がついた。
這いつくばる私の視界に裸足の足が目に入る。
「__ナマエさん、泣かないでください。僕は無事です。」
ハッとその声に驚きうつむいていた顔を上げる。
そこには地面を転げまわったせいで少し薄汚れてはいるが、普段と何ら変わりないジョルノが立っていた。
そう。私はすっかり忘れていたのだ。ジョルノの『ゴールド・エクスペリエンス』は物体に生命を与える能力。
つまり彼は自分の身体の一部を物体から作って喉と目にはめ込んだのだ。
背中に張り付くスタンドもジョルノが無事だったことに驚いて一瞬私の口元を押さえる手を緩めた。
「メローネ!新人が復活しやがった!最悪だぜ!」
「ナマエさん。すみませんがもう少し待っていてください。
あなたに張り付いているソイツは今すぐ引きはがします。」
形勢逆転。ジョルノが自由に動けるようになったことにより、縁石の向こう側にいるみんなに助けを求めることが可能になったのだ。
スタンドもそれに気がついたのか、焦ったように私の首を更に強く締めた。
「やっぱり初めからこうしておくのがよかったんだッ!!メローネ!!ナマエは分解してそっちに連れていく!!」
スタンドが私の背中に手のひらを当てる。
身体中からピシリ、という嫌な音が聞こえた気がした。
だが____、
「………い、生きてる?」
「ナマエさん!!様子がおかしい!早くソイツから離れて!!」
ジョルノに腕を引かれて力任せに立たされた私は、彼の胸の中へとダイブした。
そんな私をジョルノはしっかりと抱きとめてくれる。
彼のセクシーな胸元が目の前にあらわになりかなり驚くが、二人してそのままの体勢で慌ててスタンドのほうへ振り返った。
私の背中にベッタリと張り付いていたスタンドは何故か顔を覆って微動だにしない。
「ど、どうしたの?ジョルノが何かしたの?」
「いいえ、僕は何もしていない…。」
スタンドは何故か苦しそうに呻いている。
「メ、メローネ…。ダメだ。できない…。コイツだけは、ナマエだけは傷つけられないんだよっ!こんな感情おかしいぞ!てめぇら俺に何をしやがった!?」
言っていることの意味は分からないがこれはチャンスだ。今ならこのスタンドに止めを刺すことができる。
ジョルノが私の前にスッと出たのに気がついたスタンドは、慌てたようにこちらに背を向けて逃げ出した。
「あっ!?まさか、アイツ…!」
スタンドが向かった先にはノソノソと歩く亀がいた。気がついたときにはもう遅くスタンドは逃げるのを止めてこちらを振り返り下品に笑った。
「てめぇら大人しくしな!この中には分解されたブチャラティとトリッシュがいる!トリッシュは俺が連れていく!だがリーダーのブチャラティは邪魔者だ。ここでぶっ殺してやるよぉー!!」
亀の中に入っていこうとするスタンド。私は思いきりそのスタンドに掴みかかった。
自分がケガをしているとか、そういうことはどうでもよかった。
ブチャラティを殺すなんてそんなこと、絶対にさせはしない。
「ナマエさんっ!!危ない!!」
「絶対にブチャラティに手は出させない…っ!」
するとスタンドに再び異変が起きた。亀を手放し再び苦しそうにもがき始めたのだ。
まるで私の意思に反応するように。
「ク、クソォ…!ダメだ!コイツの意思が、何故か俺に流れ込んでくる…っ!苦しいっ!!メローネ!ダメだ!殺したいのに、殺せねぇ!!
__え?メ、メローネッ!やめろ!やめてくれぇえぇええ!!」
その瞬間目の前のスタンドは内部からはじけて跡形もなく四散した。
私とジョルノはただ目の前で起こった出来事を呆然として見ていることしかできなかった。