Day'seyeをあなたへ | ナノ

 1.忘れ去られた記憶

ねぇ、どこに行くの?



ごめん



すぐに帰ってくるんだよね?



____ごめん




謝らないでよ
本当にもう、会えなくなるみたいじゃない______








あれから何年経っただろう。
少し年上の私の古い友人は、あの日闇の中に消えたきり姿を表すことはない。

父親が亡くなると同時期に失踪した彼。
優しく、面倒見が良かった彼に私もとても良く懐いていたと母は言う。
彼が失踪した当時は私は当時幼かったこともあり、泣いて暴れてそれはそらは手がつけられなかったらしい。
だが数年も経てば薄情なもので、彼のいない生活というものが当たり前になってしまった。

幼いながらも密かに抱いていた私の恋心も、時間の経過と共に忘れ去っていった。


____かのように思った。


「ブチャラティがまた助けてくれたんだよ。」

私は16歳になり、高校へと進学するために実家を出てここ、ネアポリスへと引越しをしてきた。
漁業が盛んだった良く言えば自然豊かな、端的に言えば田舎からどうしても出たかった私は両親の反対を押し切って、この観光地として名高い町の高校へと進学することにした。
そしてこの町に越してきてからすでに何回も耳にしている住人たちの言葉。
私の幼馴染の名前でもある『ブローノ・ブチャラティ』。
こんな都合のいい偶然なんてある訳がない。そう思いこもうとしたが数年ぶりに聞いたその名前を無視することなど出来るはずもなかった。
暇を見ては学校の友達から、近所の人たちから『ブローノ・ブチャラティ』についての話を聞いた。
どうやら彼は『パッショーネ』というギャングの一員であり、観光地ながらもあまり治安が良くないこの辺りに現れ、なにかと良くしてくれるのだと。
ギャングなのに良くしてくれるとはどういうことなのかと疑問に思ったが、町の人たちが言うには、彼はギャングだけど気さくで困ったことがあったら助けてくれるとても良い人だということだった。
ギャングといえば自分たちの縄張り争いや権力にしか興味がないと思っていたので、正直なことろ意外ではあった。
だがしかし、それでもギャングに対する悪い印象はぬぐえない。朧げな記憶でしかないが、あの優しかったブチャラティがそんな世界に足を突っ込んでいるとはとても思えなかった。

「いらっしゃいませ。」
ここに住むようになって早2か月。都合よく噂のブチャラティさんに会うことはできず、その前に現実的な問題が私の前に立ちはだかった。
両親からの仕送りはあるものの、都会での一人暮らしは予想以上にお金を使うものだった。友達とランチに行ったり、ファッションに気を使えばあっという間にお金は底を尽きた。
そんな訳で私は家から歩いてすぐそばにあるカフェでアルバイトをすることにした。
このカフェの名物といえばピッツァマルゲリータでこれを目当てにこのお店に来る人も多い。
アルバイトなんて、とはじめは面倒に思っていたが現金なもので私の生まれ育った町には決してない、洗練された、それなのにどこかアットホームな雰囲気の店に、今では学校帰りにここでアルバイトをするのが当たり前になった。
だが仕事をするようになれば嫌な客もいるのもまた事実だ。
今まさに私の目の前にいる4人の男たちがまさにそれだ。

「なんのマネだこりゃあ〜!?ケーキが4つじゃあねぇか!?4つの中から一つを選ぶのは縁起が悪いんだよ!」

「なんでこんなこともわからねぇんだ!このクサレ脳ミソがぁ〜〜!!」

「殺してやる…、殺してやるぞぉ〜、フーゴぉ…。」

年は私とそれほど変わらないだろう。だが明らかに堅気ではない彼らに怖がって店内のほかのお客さんたちは逃げるようにして店を後にしてしまった。
最近になってこの店に入り浸るようになったあの4人組。
営業妨害も甚だしい。
うちのマスターもなかなかの強面で、こういう迷惑な客がいたらすぐに追っ払ってくれるのだが、なぜか彼らにはそうしない。
余程彼らがやばい奴らなのだろうか、といらぬ憶測までしてしまう。

「センパイ。なんでマスターはあのお客さんたちに何も言わないんですかね?」

今帰ってしまったお客さんのテーブルをセンパイと共に片づけながらひそひそと尋ねる。
するとセンパイは驚いたような顔をしたかと思うと、次の瞬間には「あぁ、」と納得したかのように彼らに聞こえないくらいの声色で話し始めた。

「あの客たちは特別なんだよ。ただのチンピラだったらとっくに追っ払ってるさ。ギャングだよ、ギャング。」

「…ギャング。」

この辺りで有名なギャングといったらやはり『パッショーネ』だろうか。
店の中央で他の客のことなどお構いなしな傍若無人なその態度、やはりブチャラティがあのような野蛮で粗暴なギャングになどなるはずがない、改めてそう思った。

「マスターが何も言わないのは奴らがギャングっていう理由もあるがな、実はそれだけじゃあねぇのさ。」

「?どういうことですか?」

「奴らの上司とうちのマスターが懇意の仲でな、最近はあまり来ないが奴らとは違って本当にギャングか?って疑いたくなるほど物腰が柔らかくて話が分かる良い人なんだよ。」

「…それってもしかして、『ブローノ・ブチャラティ』って人ですか?」

「おぉ!そうそう!ブチャラティさん。なんだお前知っていたのか。まぁ、彼らもさ、あの人の部下なだけあって悪い人たちではないんだよ。ただちょっと粗暴っていうか、乱暴っていうか…。」

「…それって褒めてないじゃないですか。」

とにかくああいう連中とはできるだけ関わり合いにならないのが一番だろう。
テーブルも片づけ終わり特にやることもなく私は厨房のほうへと引っ込んだ。


◇◇◇

「お疲れさまでした。」
時刻は夕暮れ時。
今日は朝からシフトに入っていたこともあり、いつもより少し早めの上がりだ。
最後の仕事で私は重いゴミを引きずりながら店の裏口へと来ていた。
連中が店を出てからはそれまでの空き具合が嘘のように混み始めた
彼らの威力たるや、恐るべしというところだ。(悪い意味で)

「______。」

「______。」

すぐ近くで二人くらいの男がひそひそと何やら話している声が聞こえた。
表通りは夕暮れ時ということもあり、仕事終わりの人や学生たちで賑わっているが、ひとたび裏通りへと足を踏み入れればそこは昼間でも静寂の世界だ。
表通りのザワザワとした声のほうがうるさいのになぜかその男たちの声は通りによく響いた。

「じゃあ俺はあっちの件を追えばいいんだな。」

「あぁ。俺はルカをやった奴を追う。ルカは自分のスコップを頭にぶっこまれてた。だがしかし目撃者の話によれば相手の男は手すらだしていなかったらしい。」

「スタンド使いの可能性があるってことか?」

「そうだ。ミスタ、お前はフーゴとナランチャと爺さんの件を追うんだ。」

「わかった。だが相手はスタンド使いかもしれないんだろう?
『ブチャラティ』。十分気をつけろよな。」

「___っ!」

突然出てきた驚きの名前に思わず息を呑む。

「__誰だっ!?」

その空気に一人の男が気がついたらしくこちらに向かって声を張り上げる。
向こうからこちらの姿は見えないと思うが、こちらからも向こうの姿は見えずに慌てふためく。
近づいてくる足音にここにいるのはまずいと本能的に感じて店の中へ戻ろうとした。
しかし焦ったのが良くなかった。足がごみ箱に当たってしまい転んでしまう。
(やだっ!)
そう思ったときにはすでに遅く辺りにはごみ箱が転がる音が響いた。

立ち上がろうとしたときにはすでに自分のすぐ後ろにその気配はあった。

「おい、てめぇなにもんだ?」

恐怖で立ち上がることもできず身体がカタカタと震える。
男の顔を見上げると、驚いたことにそれはつい先ほども見た顔の一人だった。

「お前、この店の店員か…?」

やっぱりギャングなんて碌な人間がいない。少しでも興味を持ったのが間違いだった。
男が片手に持っている拳銃を見てゴクリと喉を鳴らす。

「ミスタ、何をしているんだ。」

ミスタと呼ばれた男の後ろからさらに別の声が聞こえてくる。
仲間であることは間違いないのに、何故か私はその声に安心感を覚えた。

「一般人に絡むな。」

「か、絡んでなんかねぇよ!」

逆光で彼の顔が見えない。
彼は拳銃を持った男の前にスッと出てくると、座り込む私に向けて手を差し出した。

「立てるか?」

おずおずと差し出された彼の手につかまると、男は大きな手で私の手をつかみ立ち上がらせてくれた。
立ち上がったことで漸く彼の顔が見えるようになる。

どこかで感じていたのかもしれない。
だけどまさか、こんな形で再び再開することになるなんて___

「ブ、ブチャラティ……。」

「お前、まさかナマエ…か?」

お互いの視線が交錯する。
まさかあなたが本当にギャングになっているなんて。

「ねぇ…!ブチャラティ!どうして…、「この辺りは治安が悪い。さっさと表通りへ戻れ。」

私の言葉を遮るようにしてそれだけ言ったブチャラティは、突き放すように私の身体を通りのほうへと押しやった。
クルリと背を向けて彼は表通りとは反対方向へと歩いて行ってしまう。
私とブチャラティを交互に見て困惑している帽子の男を無視して彼に向かって走り出そうとする。

「待って…っ!ブチャラティ…っ」

「来るな。」

氷のような声色にそれ以上近づけず足を止める。

「……お前は『こっち側』には、来るな。」

「どういうこと…?ねぇ、何年も帰ってこないで…。何をしているの…?」

「…お前には関係ない。」

するとブチャラティはスッと建物の曲がり角へと歩いて行ってしまう。
慌てて彼を追いかけて曲がり角を曲がる。

「ブチャラティ…?」

辺りには誰もいなかった。



彼との偶然の再会。
それがきっかけで私は奇妙な世界へと巻き込まれていくことになる。