Day'seyeをあなたへ | ナノ

 18.トリッシュと私

トラックという足を失った私たちは人通りのあるところまで歩くことを余儀なくされた。
時刻はもう午後6時を回っており辺りも暗くなり始めている。正直もうヘトヘトだ。おなかもすいた。
だけどそれは皆一緒だ。一人だけ文句をいうわけにもいかない。

「ナマエ、お前は亀の中に入っていろ。」

「えっ、ブチャラティ…。でも…。」

「気にするな。お前はよくやった。暗殺チームの二人を戦わずに退けたんだからな。皆口にこそ出さないがお前には感謝しているんだ。」

「ブチャラティの言う通りです。ナマエさん。車を見つけるのは僕たちに任せてあなたは少し休んでいてください。」

「ジョルノ…。でも、」

「はいはい。御託はいいからお前は休んでろってな!」

「ちょ…っ、ナ、ナランチャ…っ」

ナランチャに無理やり背中を押されて亀を持つフーゴのほうへと押しやられる。
フーゴにぶつかる、そう思って目を閉じた瞬間、私は亀に吸い込まれてソファの上に着地した。

「………。」

「あ、ど、どうも…。」

そうだった。亀の中にはいまだ不機嫌なトリッシュが一人いたのだった。
気まずくて作り笑いを浮かべるが、トリッシュはそれを無視してフイと壁のほうを向いてしまった。
沈黙が流れる。この空気に耐えるくらいだったら外でみんなと歩いた方が良かったかもしれない。そう後悔し始めたときだった。

「……あなたは、なんで彼らと一緒にいるの?」

突然トリッシュは壁のほうを向いたまま話し始めた。思えばトリッシュとこうして二人きりになる機会なんて今までなかったかもしれない。つれない態度をとりながらも目の前のトリッシュは誰かに助けを求めている、そんな気がした。
意を決して私はトリッシュに向き合い話をすることにした。

「……私がブチャラティたちと一緒にいるのは、はじめは仕方なく、だった。」

「…そうなの?」

その返答が意外だったのかトリッシュは私のほうへと身体を向けてくれる。

「私がある事件に巻き込まれて組織の力で偶然にもスタンド使いになってしまって…、それまで普通の一般人として生活していたのにある日突然ギャングの世界に片足を突っ込むことになっちゃったの。」

「私…あなたも初めから彼らの仲間でギャングだったのだと思っていたわ。」

「ううん。私はごく普通に生活するただの一般人だった。ただ一つだけ、普通と違ったのはブチャラティという幼馴染がいたということ。彼は優しいから、組織に始末されるかもしれない私を放っておけなかったんだと思う。」

「そうだったの……。ごめんなさい。私、あなたもあいつ等の仲間なのだと、私のことを『パッショーネのボスの娘』と、自分がのし上がるための道具としか見ていない人間だと勘違いしていたわ。」

「ボ、ボスの娘!?」

「え?そ、そうよ。まぁ私も最近になって初めて知ったんだけど…。二か月前に母が病気で死んでからそれからすべてがおかしくなった。いつの間にか追手に追われるようになって、私はペリーコロさんに保護された…。
…あなた、本当に何も知らなかったのね。」

「うん…。ブチャラティは任務のことについてとか、あなたのことについてはほとんど何も教えてくれなかったから…。」

驚いた。組織の偉い人の娘だとは思ってはいたがまさかパッショーネのボスの娘だとは。
しかも彼女は最近までそのことについて知らなかったのだという。やはり、彼女には自分と近い何かを感じてならない。

「…あなたが少し、うらやましいわ。」

「え…?」

「あなた、本当にあのブチャラティって人から大切にされているわ。私のことや組織のことを極力あなたに話さないようにしていたのも、あなたをこれ以上ギャングの世界に巻き込みたくないからでしょう。
私はいずれ、顔も名前も知らない父親のところに連れていかれる。パッショーネのボスという男の元に。
………私はこれからどうなってしまうの?」

トリッシュは不安を隠すようにソファに足を上げて膝に顔を埋める。それは彼女が初めて見せた本心だった。トリッシュは強い人でも、ましてや突然に降りかかった運命を受け入れているわけでもなかった。
先の見えない明日に怯えるただの普通の女の子。
私は思わず子供のように椅子にうずくまる彼女を抱きしめた。

「トリッシュ……。あなたは私に本当によく似ている…。だからかな?カプリ島で出会ったときからあなたのことが気になって仕方なかった。出会ったばかりなのに他人だとは思えないほどに。
大丈夫。私はあなたの味方だよ。それにブチャラティたちだって。ブチャラティは自分がのし上がるためにあなたを利用するなんてこと、絶対にしない。ただ立場上、あなたに言えることと言えないことがあるってだけだと思う。実際私にも彼はすべてを話してはいないしね。」

私はただ背中を震わせているトリッシュの細い身体を抱きしめていた。
子供に言い聞かせるように「大丈夫、大丈夫」と。
どのくらいそうしていただろうか?暫くするとトリッシュのほうからスッと離れていった。

「トリッシュ…?」

「ごめんなさい。メソメソ泣いたりして。ちょっとどうかしていたみたい。」

そう言うトリッシュの目はまだ少し涙の後が残っている。

「…泣くのは悪いことじゃないよ。恥ずかしい話、私も泣いてばかりでブチャラティにすごく迷惑かけているから。不安になったり、悲しくなったりしたら、いつでも言って。話を聞いてあげるくらいなら、私にもできるから…。」

涙を拭ったトリッシュはまるで泣いていたことなど感じさせない位、凛とした表情を浮かべていた。
煌めく翡翠色の綺麗な瞳がまっすぐに私を見上げる。

「ありがとう。_____ナマエ。
私、あなたのように強くなりたい。いいえ、自分の運命に負けないくらい強くなってやるわ。」

「トリッシュ…!今、名前…!」

そういうトリッシュは挑発的にニコリと微笑んだ。
私が初めてみた、彼女の心からの笑顔だった。