▼ 17.次なる追手、始動
これ以上列車での移動は避けた方がいい。一般人を巻き込む可能性があるし、こちらの動きも敵に筒抜けになる。そういうブチャラティの提案で私たちはローマに行きそうなトラックに適当に乗り込み(無論ヒッチハイクなどではない)、そこで亀の中に入り時を過ごすことにした。
「しかしまさかナマエに助けられることになるなんてなぁ。ブチャラティに宣言した手前マジに申し訳ないっていうか…。本当に俺って何してたんだかなぁ…。」
「ミスタ、全然役に立ってなかったよなぁ!」
「いや、お前に言われたくねぇよ!ナランチャ!」
「そんなに落ち込まないでよ、ミスタ。私だって結局ブチャラティに助けてもらいっぱなしだったんだから。ミスタが生きていてくれただけでうれしいよ。」
「ナマエ……!お前ってヤツは…!」
ミスタが手を広げて私にハグをしようとする。だがそれはミスタの横に座るフーゴによって止められた。
「怪我人にセクハラしないでくださいね。ミスタ。」
「セ、セクハラなんてしてねぇだろ!俺はただハグをしようとだなぁ…。」
「うるせぇぞ、ミスタ。どっちにしろ怪我人に飛びつくんじゃあねぇ。それに治療の邪魔だ。暇なら見張りでもしていろ。」
「ちぇ、なんだよアバッキオまで俺を邪魔者扱いかよ。分かったよ。見張りしてりゃあいいんだろ。」
そう言うとミスタはすごすごと去っていった。
話し相手がいなくなったこともあり、私は自分の肩を手当てしてくれているアバッキオの手先をじっと見つめる。まさかアバッキオが手当てをしてくれるとは思ってもみなかったので少し緊張してしまう。
「……アバッキオ、ありがとう。」
「……例を言われる覚えはねぇ。当然のことをしているまでだ。」
包帯を巻くアバッキオの手つきは意外と器用だ。
とても普段の様子からは想像できないその繊細さに思わず見入ってしまう。
「アバッキオ、すごい器用なんだね。」
「そりゃあそうだろ!アバッキオは元警察官だぜぇ。治療はお手のものだろ?」
「……余計なことは言わなくていい。ナランチャ。」
少し声色が変わったアバッキオにナランチャも気がついたのか、慌てたように口を閉じる。
彼にとって触れられたくないことだったのだろうか?
まぁ誰にでも触れられたくない過去というものはあるものだ。これ以上詮索するのも無粋というものだろう。
「済んだぜ。暫くはあまり動かすな。迷惑だからもうケガすんじゃねぇ。」
「アバッキオ、ありがとう……。」
ぶっきらぼうだが優しいアバッキオに思わずニヤニヤしてしまう。
それに気がついたのかアバッキオは私の頭を軽く引っ叩いた。
「いたいっ」
「…ニヤつくな。気持ち悪い。」
反対側のソファに座ってそれを見ていたジョルノが口を開く。
「それにしても、早いところナマエさんの服をどこかで調達しないといけませんね。ずっと毛布にくるまっているってわけにもいきませんし。何よりその状態だと僕たちが目のやり場に困ります。」
「ジョ、ジョルノ…っ」
いつまでもブチャラティのスーツを借りている訳にもいかないので、それを返したはいいが身を隠すものがなく、私は仕方なく亀の中にあった毛布にくるまっている状態だった。
確かに男性だらけのこの場所でこんな格好でいるのはいかがなものなのか。ジョルノに指摘されて急に恥ずかしさが湧き上がってくる。
「いいんじゃあねぇの〜。そのままの格好でも〜。」
「俺もそのままでいいと思うぜ!」
「ミスタ!ナランチャ!あんたたちは黙っていてください!!」
フーゴに睨み付けられて二人はシュンとおとなしくなってしまった。
一部だけを見ていれば穏やかな雰囲気が流れているように見える亀の中。
「で、あの二人は一体どうしたってんだよ?」
アバッキオがボソリと私に向かって呟く。
そう、その中で重い空気を出す人物が二人いた。
会話に全く参加してこなかったブチャラティとトリッシュだ。
私は二人が醸し出す険悪な雰囲気の理由を一部始終を見ていたため知っていた。
『教えて!私は一体何者なのッ!?』
あの戦いの最中、トリッシュはその身に起こったピンチからスタンド能力を目覚めかけさせていた。
自分が一体何者なのか、この力は一体なんなのか、ブチャラティに必死に問うトリッシュ。
それに対してブチャラティは何も答えようとはしなかった。
何故彼女に何も言ってあげないのか。ブチャラティの雰囲気に圧倒され私にそれを問うことはできなかった。
私はトリッシュは強い人だと思っていた。暗殺者に追われていても表情一つ変えない強い人。
だけどそれは違った。トリッシュもまた今まで普通に生活を送ってきたただの一般人なのだ。
ただのふつうの女の子。
今も必死に不安と戦っている。たった一人で。
彼女は私と同じだ。ある日突然、訳も分からぬ間にこの世界に巻き込まれてしまった。
だけど私にはブチャラティがいた。助けを求めれば、彼が手を差し伸べてくれた。
(トリッシュは私に似ている。)
「きっと彼女はブチャラティが何も言わないから不安になっているんだ。」
ジョルノの鋭い観察力に驚きで目を見開く。トリッシュについてはジョルノも思うところがあるようで、彼女をじっと見たまま何かを考え込んでいる。
「でも彼女、意思の強い人ですね。泣いて騒がれたりしない分、マシかと思いますが…。」
ジョルノの言葉を無視するようにトリッシュは私たちに背を向ける。
彼女は不機嫌さをあらわにすることで必死に不安を隠している。
トリッシュが何を背負っているのか私には分からない。
だけど何か彼女のためにできることはないか、そう思わずにはいられなかった。
その時だった。
___ガシャーンッ、
という大きな音とともに走っていたはずのトラックが急停止した。
立っていたナランチャはその場に転がって壁にぶつかる。
「いってぇ!なんだよ一体!!」
「ミスタ!あなた天井を見張っていましたよね!?何があったんですか!?」
「い、いやぁ…、全然見当もつかないなぁ…。ちょーど見ていなかったもんで…。あれぇ〜〜?もしかしてトラック止まっちゃってるのかなぁ…?」
なぜかしどろもどろになりながら話すミスタは慌てた様子で亀の中から外へと出て行った。
◇◇◇
運転手がいなくなり完全に停止する列車の前、見事なハニープロンドの髪を持つ一人の男がバイクに跨り懐から小瓶を取り出した。
「リーダーの話だとフィレンツェ行きの、この列車のはずだよな?しかし…、どうなっているんだ?これは。プロシュートたちはおろかトリッシュたちもすでにいない。フィレンツェ行特別急行が停止してから約20分…。奴らはもう遠くまで逃げていると考えるのが妥当だろう。たぶんハイウェイを北に向かったに違いない。」
『追跡は可能か?メローネ。』
「連絡だとブチャラティたちの中に未来を読める女がいるらしい。トリッシュとは違う別の女だ。新しく入ったというジョルノって男ともまた別のヤツだ。」
『未来を読める、そんなスタンドがいりゃあ俺たちは…!』
「俺たちのリーダーもお前と同じことを言っていたよ。ギアッチョ。『無傷でとは言わん。トリッシュと共に捕らえろ。』だとな。俺はこれから俺のスタンド、『ベイビィ・フェイス』で奴らを追跡する。お前はとりあえずローマへ向かえ。」
『わかったぜ。メローネ、おめぇを頼りにしているぜぇ。』
風に揺れる左右非対称な髪をうっとおしそうに振り払った男、メローネはケータイを切った。
どこからか試験棒のようなものを取り出し停車している電車へと向かう。
ここでは今さっき激闘があったのであろうと、分かるものにしか分からない独特のなんとも言えない雰囲気がある。そこへ徐に座り込んだかと思うと試験棒で地面に付着した血液を採取した小瓶へと入れた。
「フフ…、手に入れたぞ!間違いない、ブチャラティの血液だ!」
目的のものを手に入れたメローネは母体となる若い女を探そうと立ち上がる。
「おや…、この血液は……?」
ブチャラティのすぐ傍に少量だが点々と付着している血液。メローネは地面に顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「これは、女の血液だ。ほのかに甘くまるで華が香っているかのよう…!
Di molto bene(ディ・モールト・ベネ)!! しかしこの深みのあるこの香りは間違いない。『スタンド使い』のもの。つまりこれが例のナマエとかいう娘の血液だ…!」
メローネはそういうとその血液をブチャラティのものとは別の小瓶に入れた。
「ブチャラティとナマエ、二人の遺伝子を掛け合わせてできた子供、どんな凶悪なスタンドが生まれるのか今から楽しみで仕方ないぜ…!」
そういうとメローネは今もまだ停車している電車の中へと足を踏み入れた。