Day'seyeをあなたへ | ナノ

 16.Ti voglio bene.

暗殺チームのプロシュートとペッシを退けた後、疲労感の抜けない私はブチャラティに支えられた状態で立っているのがやっとだった。

「……ナマエ、その服……、まさか奴らに…?」

恐る恐るといった様子でブチャラテイが訪ねてくるので何事かと思い、彼の視線の先をたどる。

「あっ…!」

すっかり忘れていたが、私の制服はプロシュートによってビリビリに引き裂かれており、完全に下着まで覗いている状態だった。
慌てて胸元を隠すように破れた服を引っ張る。ブチャラティにずっと見られていたんだ、そう思うと恥ずかしくて彼の視線から逃れるように目を伏せる。
そんな私の反応にブチャラティは勘違いをしたのか一気に目を鋭くした。

「まさか、奴らに…!?」

「ち、違うの!ブチャラティ!!確かにこの服はあの黒いスーツの男にやられたけど…、私何もされてないよ…!ちょっと脅されただけで…。」

ブチャラティにこれ以上心配をかけたくなくて痛む口角を無理やり上げて笑う。
それを見たブチャラティは何故かとても悲しそうな顔をした。
そして何を思ったかブチャラティは自分のスーツの上着をスルリと脱いのだ。

「えっ!?あ、あの、ブチャラティ…!?」

細身なのにしっかりと筋肉がついた逞しい身体が突然目の前に現れて、思わず目を逸らす。
するとブチャラティはそのスーツを私の肩にそっと掛けてくれた。
やっぱりブチャラティはこんなときでも紳士的で優しい、お礼を言おうと顔を上げようとしたときだった。
ブチャラティの手が背中に回ったかと思うと、優しく引き寄せられていつの間にか彼の胸の中にいた。

「ブ、ブチャラティ…?ど、どうしたの?」

「怖かっただろう…。すまない。お前をこんな目に合わせて…。」

ブチャラティの香りがする。優しい、昔と変わらない、彼の温かさ。
張りつめていた気持ちが一気に解放され、その瞬間私の中で押さえていたものが溢れ出す。

「こ、怖かった…っ、私、自分が死ぬかもしれないって思ったとき、とても怖かった…!だけど、それよりも、ブチャラティが電車から飛び降りたとき、死んじゃったかと思って、すごく、すごく怖かった……っ!」

驚いたようにブチャラティが胸の中のナマエを見つめる。

「ナマエ、お前、自分が傷つくことよりも…?」

「お願いだからブチャラティ…!私を助けるために自分が傷つくなんて無茶はしないで……。」

あの時の凍り付くような恐怖。自分が傷つくことよりも恐ろしいことがあるのだと、私は生まれて初めて知った。
涙が溢れて止まらなくなる。
あぁ、ブチャラティが困ったような、悲しい顔を浮かべている。彼にそんな顔をさせたくはないのに涙は後から後から溢れて止まらない。
ブチャラティの細くて長い綺麗な指が私の頬に添えられて涙を拭ってくれる。

「ナマエ……。お前に泣かれると俺も悲しくなる…。お前にはいつまでも笑っていてもらいたい、そう思っていたのに、自分で泣かせてしまってはとんだお笑い種だな…。」

ブチャラテイの顔がゆっくりと近づいてくる。その端正な顔に思わず目を奪われる。恥ずかしくて目を逸らしたくなるはずなのに、なぜかそれができなかった。
前髪を優しくかき上げたかと思うと、額に何か柔らかいものが一瞬触れた。

「え…っ」

自分の身に起こったことが理解できなくて目を点にする。
彼の唇が触れたところがジンジンと熱い。
徐々に状況が理解できてきて顔が真っ赤に燃え上がるように熱くなる。

「ブ、ブ、ブチャラティッ!な、な、な、なにをッ!?」

「そんなに驚くことはないだろう。ただのキスだ。……だが、泣き止んでくれたか?」

「だ、だって…っ!ビックリして…!」

「正直なところ無茶をしないという約束は、できない。きっとこれからも俺はこの世界に身を置く限り、常に死と隣り合わせなところで生きていくことには変わりない。」

「そ、そんな…、」

ブチャラティが少し屈んで私に視線を合わせるようにしてその綺麗な指で頬を撫でる。
そう、この男は仲間や家族、周りの人間をとても大切にする。いざという時それこそ自分を擲ってしまえるほどに。私はそれがとても怖い。そんな彼に「自分のことを第一に考えて」と言ったところで無駄なことは分かっていた。

「そんな顔するな。今回のことで分かったんだ。俺はさっき襲ってきた暗殺チームの奴らは殺すつもりだった。敵対する者同士だ。そうするしか道はない、そう思っていた。
だがお前は………、奴らを救う道を選んだ。ナマエ、お前には何か…、俺たちとは違う、力とかそういうものではない何か別の強いものを感じる。
もしかしたらお前が傍にいてくれれば俺の抗い難い運命も変えてくれるのではないか、そう思えて仕方ないんだ。」

そう言うブチャラティの顔はとても穏やかで優しくて、美しいその表情に私は魅入った。
彼の今の言葉で私は確信した。
自分の気持ちに嘘はつけない。
この人になら、自分の運命を、命すら賭けてもいい、そう思った。

「ブチャラティ……。私、えっと、」

「ん…?なんだ?シニョリーナはもう一度キスをお望みか?」

本気なのか冗談なのかわからない、ブチャラティの甘い台詞に先ほどの決意は吹き飛び顔は茹蛸のように赤くなる。恥ずかしさを誤魔化すように私はブチャラティの胸をポカポカと叩いた。

「ば、ばかっ!違うよっ!いたっ!」

「どうした?怪我をしているのか…?」

「だ、大丈夫…っ」

「大丈夫な訳ないだろう。見せてみろ。」

私の抵抗を無視してブチャラティは私の破けたシャツを少しずらして右肩を露出させる。
ブチャラティの手が触れるだけで痛む肩に、思わず顔を顰める。

「…腫れているな。幸い骨が折れたりはしていないようだが。何をした?」

「………えっと、黒いスーツの人を助けようとした。」

それを聞いたブチャラティは先ほどまでの穏やかさはどこへやら、私の顔を両手で思い切り掴む。

「何故そんな無茶を!?無事だったからよかったものの…!あんな野郎のせいでお前に何かあったらどうするんだ!?」

「そ、それはブチャラティだって一緒じゃんっ!!人のこと棚に上げて!」

「そ、それは……。」

一瞬彼が怯んだ隙をつき、スルリとその腕の中からすり抜ける。

「ブチャラティが無茶するなら私も無茶してやるもんっ!」

「待て!まだ話は終わっていないぞっ!」



____ブチャラティが好きだ。

だから死なせたくない。生きていてもらいたい。
私の心の中にもう迷いはなかった。