Day'seyeをあなたへ | ナノ

 13.偉大なる死

「いいか、ナマエ。絶対によぉ、俺から離れるんじゃあねぇぞ。」

「うん、わかった…。」

亀から出た瞬間血なまぐさい匂いが辺りを包んだ。

「…っ!」

列車の車掌だろうか。身体を何か鋭利なもので真っ二つに割かれた人間が、すぐそこに転がっていた。
声を上げそうになるのを口に手を当てて必死に抑え込む。

「それにしても暑ぃ…。こんなんじゃあこの氷もそんなにもたねぇぞ。早いところ決着をつけねぇと。」

ミスタは何気なく部屋のクーラーのスイッチを押した。
その瞬間だった。

「うおっ!!」

「どうしたの!?」

「なんだ!?この釣り針は!?」

ミスタの手には深々と釣り針のようなものが刺さっていた。しかも異様なことにその針はズブズブと音を立ててミスタの腕を徐々に上ってきているようだった。

「老いさせるヤツとは違うスタンドだ…!敵は二人いるっ…!」

「ミスタ!この針、すごいスピードで上ってくる…っ!」

これ以上針が進まないようにミスタの腕を強く締めるが、針はそんなことはおかまいなしにどんどん首のほうまで向かっていく。
このままでは首、そして脳、心臓まで辿りついてしまう。
釣り糸に振り回されるようにミスタは床に、壁に身体をたたきつけられる。私もミスタの身体にぶつかった衝撃で廊下の端まで吹き飛ばされた。

「うっ…ぐ!」

床にたたきつけられた衝撃で一瞬息がつまる。
ミスタは釣り針の主に振り回され、私とは反対方向まで吹き飛んでいた。

「ミ…ミスタッ!!」

「くっ…クソッ!この針をなんとかして取らないと、ヤベェッ!!」

するとミスタは何を思ったか自分の腕に銃を突きつける。
私が止める間もなくミスタはその引き金を引いた。

「『セックス・ピストルズ』!!この針を止めろっ!!」

自ら打った腕は勿論弾で貫通してそこから血が噴き出た。目の前の衝撃的な出来事に私はただただミスタの腕から流れ出る血をボーッと見つめているだけだった。
しかしミスタの腕のなかから何かの声がしてハッと意識を引き戻された。

『ダ、ダメダ!オレタチノパワージャ止メラレナイッ!』

『ノドマデ行ッチマウ!!』

この声はミスタのスタンドなのか?
しかし針の勢いを止めるだけの力はないようで、その間にもミスタの肘の辺りをズブズブと通過した。
私は慌ててスタンドを発動させるが、どうやら私の発動範囲内に敵はいないらしく何の予知もできない。
ミスタを助けるためにはこの釣り針をなんとかするしかない。そのためには_____、
私はミスタに背を向けて車両のドアに向かって走る。

「オイ!何処に行くんだ!」

「この場所からだと私の発動範囲内に敵はいないみたい!もっと後ろの車両に行かないと…!このままじゃあ…っ」

「チィ…!NO.6!NO.7!ナマエを護衛しろ!!」

ミスタも一刻の猶予もないと悟ったのか自分の動けるスタンドを出現させる。
氷を持った小さなミスタのスタンドが私にピタリとくっつく。

『ボサッとすんな!いくぜー!』

「う、うん!」

小さくて可愛らしいのにその顔はえらい凶悪で、口調も荒々しい。

「ピストルズがいれば俺には逐一お前の様子がわかる!敵を見つけたら俺がやるからお前は見つからないように隠れていろ…っ」

ミスタの声を背中に受け、私は一度ミスタの方を振り返った。一つだけ頷き、1両目の扉を力一杯開いて先に進んだ。

一両目に入り扉が後ろで閉まるのを感じた途端、私は一瞬ここに一人で来たことを後悔した。
辺りには敵のスタンドの力で老いてしまったのであろう人が溢れていた。
人々の呻き声と車両内の蒸し暑さも相まって、嫌な雰囲気を醸し出している。
尻込みして一歩後ずさりしそうになるが、私は恐怖を振り払うように床に手をつき能力を発動させた。

「プレシエンツァ・フューチャー!」

どこにいる?この暑さの中でも若さを保っている人間。
1両目、2両目、3両目、4両目……………、警戒しながら、だが急いで4両目まで来た。
漸く私の発動範囲内に敵の姿が映った。
どうやら敵は5両目と6両目の間のバーで氷を食べている。老化を押さえる術を知っていることと、一人若さを保っていることからそいつか敵の一人であることを理解する。

「ピストルズ!一人敵を見つけた!5両目と6両目の間のバーにいるよ!」

『ヨクヤッタゼ!ナマエ!伏セテロ!』

ピストルズに氷を押し当てられたまま頭を弱い力で抑えられる。私もそれに抵抗することなく身をかがめた。
その時だった。

『コッチダ!コッチダ!』

『チョイ下ダ!モット下ヲ狙エ!』

何かが近づいてくる音とともにNO.6とNO.7が誰かに指示をするように声を上げた。

『ナマエが敵ヲミツケタカラヨ、氷ヲブッ壊セェ!!』

頭の上を何かがものすごいスピードで通っていった。それとほぼ同時にガラスが割れる音が辺りに響く。
今のはミスタの弾丸だろうか。本来1両目からバーまで弾丸を届かせることなんて絶対できないはずだが、ピストルズたちを使うことによってミスタは弾の勢いを殺すことなく軌道を操ることができるのか。
暫く待っていると扉が開き、ミスタが駆け込んできた。

「ミスタ!大丈夫!?」

「問題ねぇぜ。ヤツの氷を打ってやった。どうやら敵にとっても氷は命綱だったらしいな。あっという間に針は消えたぜ。よくやったな。ナマエ。」

ミスタを攻撃していた釣り針は消えたらしく、今度は私がミスタに続くように進む。
それにしても不思議だ。私の見た未来では敵はバーに一人いたきりだった。もう何分か後の未来を見ればどこにいるのかも分かるのかもしれない。そう思い能力を発動しようとした時だった。

「セックス・ピストルズ!全員弾丸に戻ってこいっ!」

そう、6両目に敵はいたのだ。まさかミスタがここまで来られるとは思っても見なかったのか、敵は慌てたように腰を抜かしている。

「ナマエ!もう一人の敵はどこにいる?」

「それがさっきのたった数十秒先を見ただけでは分からなくて…。今ならどこに隠れているかわかるかもしれない。」

「任せたぜ。コイツに聞くよりもお前のスタンドに任せたほうが事は早そうだ。」

私はテーブルに手をついて再び能力を発動した。
しかしその先の未来には驚くべきことが待っていたのだ。

「______え?」

すべて見終わったときには遅かった。

「だ、誰だ!?テメェー!?」

「___っ、ミスタ!その手を離して!!」

ミスタに手を伸ばすが間に合わなかった。一人の老人の手に掴まれたミスタは、ジョルノやナランチャたちの比ではないほど急速に老化が進んだ。
私は目の前の出来事を呆然と見ていることしかできなかった。
ミスタが急激に老化して床に倒れるのと同時に、ミスタの手を掴んでいた老人は急激に若々しさを取り戻した。

「直は早いんだぜ。『グレイトフル・デッド』の直触りはよぉ。」

「ぜ、全然気がつかなかったぜ…。兄貴。まさか乗客の中に紛れているなんてよ…。」

若返った男は蜘蛛のような模様の入った真っ黒なスーツを羽織り、ジッと私を見降ろした。
私が今まで出会ってきた人たちとは全く違う人種。男の容姿が異様に整っていることもあり、それがまた強い恐怖を感じさせる。見下ろす氷のように冷たい瞳からは何の感情も読み取れない。
彼らは『暗殺者』。映画の中の登場人物などではない。トリッシュを追ってきた、紛れもない本物の暗殺者なのだ。
目の前の男から目が離せない。目を逸らしたら最後、一瞬のうちに殺されるような気がした。

「プロシュート兄貴!俺を助けてくれたんだね!」

もう一人の男がそういった途端、兄貴と呼ばれた人物はいきなり自分の仲間を思い切り殴り飛ばした。
そして更に床に転がった男を容赦なく固そうな靴で踏みつけた。

「この腑抜け野郎が!なんだッ!今の様はッ!ええ!?」

「だ、だって氷を打つなんて思ってもみなかったんだ!こいつら気づいてやがったんですよ!兄貴のグレイトフル・デッドは身体を冷やせば老化を遅らせられることをよぉー!」

「まだわかんねーのか!マンモーニのペッシッ!!いいか?俺が怒ってんのはな、テメーの心の弱さなんだ!」

スーツの男は殴る手を止めると床に落ちていたミスタの銃を拾い上げようとする。
男が何をするつもりなのか能力で見ていた私は、男がその銃を拾うよりも早くミスタの銃を拾い上げて懐に抱く。

「………なんのつもりだ?女。」

氷のように冷たい声にビクリと身体が震えた。
私ではこの男に勝てない。今私ができることはこの場から一刻も早く逃げて助けを求めに行くこと。
それなのに震える身体はちっとも動いてくれない。
あっという間に男と私の距離はゼロになり、男は私の腕をつかむと思い切り後ろへとひねり上げた。

「っ……!!」

痛みで手に持っていたミスタの銃を離してしまう。この男に銃を渡してはならない。
恐ろしい未来。頭に銃弾を撃ち込まれるミスタの姿___、

黒スーツの男を振り切り、床に転がった銃を取りに行こうと追いかける。
けれどそれよりも早く男は床を滑る銃を足で踏みつけて止めた。

「じゅ、銃を返して……っ!」

目の前に伸びる男の長い脚に蹴られるかも、硬そうな靴底が目に入り一瞬そんな考えが思い浮かんだが、私がここで躊躇すれば銃は奪われてミスタはこの男に撃たれる。
何がなんでも銃を渡すわけにはいかない私は必死に男の足に縋りつく。

「お前、何をしている?その行動に一体何の意味があるってんだ?」

スーツの男は少し屈み徐に私の二の腕を掴んだかと思うと、腕を引き上げ強引に立ち上がらせた。男の足を必死にどかそうとする私の力よりも、男の私を引き上げる力の方が強くて、私の身体は一瞬で床から離れた。

「じゃじゃ馬が。暴れるんじゃあねぇ。痛い目見たくはねぇだろう?」

身長差を利用するように男は後ろから圧し掛かるようにして、片手で私の腕ごと拘束するように身体を抑え込んだ。私は身をよじって抵抗するが、男の身体が圧し掛かっており上手く力が入らない。私の抵抗など男は片手でいとも簡単に抑え込み自分の懐から携帯を取り出す。

「あぁ。俺だ。問題ってほどではないんだがブチャラティの仲間らしき見たことがねぇ変な女を捕えた。例の顔がわからん新入りの小僧ではない。どう見たってこいつは女だからな。おそらくスタンド使いだ。」

「は、離して!ミスタッ!ミスタ起きてっ!!」

「黙れ!口を塞がれてぇか?あぁ?」

携帯を持つ方の手で私の顔を思い切り掴み無理やり顔を男のほうへ向かされた。
眉間に皺を寄せて威嚇する男の整った顔が数センチの距離まで近づき顔を逸らそうと力を入れるが、大きな手に阻まれてそれもできない。
私が口を閉じたのを男は確認するとその手を放して再び電話を耳に当てる。

「ペッシの居場所が一瞬でバレた。この女の力で間違いないだろう。初めは何かレーダーのような役割をするスタンドかとも思ったが何か違う。こいつはさっきから俺が次に何をしようとしているか分かったかのように動きやがる。」

電話の向こうで別の男の低い声がわずかに聞こえた。
これが実戦経験の差というやつなのだろうか。男の目の前で能力を使ったわけではないのに一瞬にして当たらずも遠からずの答えを言い当てられてヒヤリとする。
ブチャラティにさんざん言われていたことを思い出した。「敵に能力を知られるな。」そんな私の強張りに密着していた男は気がついたのか、一つ鼻で笑った。

「ハンッ!リゾット。お前の言う通り、俺もそう思うぜ。
____未来が読めるスタンドか。女の顔が図星だと物語っている。中々に珍しいスタンドを持っていやがるな……、女。」

ニヤリと笑った男に背筋が凍る。バレた。あれだけブチャラティに言われていたにも関わらず。

「___了解だ。当初の予定を少し変更してこの女も連れていく。」

男は携帯を切り懐にしまった。すると突然もう一人の男のほうへと私の身体を突き飛ばした。

「きゃあっ!!」

「あ、兄貴!?」

突然のことに反応もできずペッシと呼ばれた男の胸へ突っ込んでしまう。こちらの男も突然のことに驚いていたものの、素早く私の両手を拘束した。

「ペッシ。聞いていたな。この女を決して逃がすな。そしてしっかりと目に焼き付けておけ。
俺たちのチームはな、そこら辺のナンパストリートや仲良しクラブで『ぶっ殺す』『ぶっ殺す』って大口叩いて仲間と慰め合っているような負け犬どもとは訳が違うんだからな。」

「や……!やめて…っ!!」

「黙ってろ。お前はただ、コイツが死ぬのを何もできずに見ていればいい。」

スーツの男は足元に転がっていた銃を拾い上げて、すっかり動かないミスタの頭にそれを突きつける。

「やめてっ!やめてよ……っ!」

ミスタが殺されてしまう。目の前にいるのに、手の届く距離にいるのに、私の力では届かない。私のせいでミスタが死んでしまう。殺されてしまう。どうしようなくて涙が目から溢れた。

「『ブッ殺す』と心の中で思ったならッ!その時すでに行動は終わっているんだっ!」


私の声は届くはずもなく、無情にも辺りに3発のけたたましい銃声が響いた。