Day'seyeをあなたへ | ナノ

 12.死へと向かう列車

「ブチャラティ?見つからないの?」

「ナマエか…。そうなんだ…。どこをどう見たってこの鍵に合いそうな鍵穴が見つからないんだ。」

ジョルノたちがボスの指令でポンペイの遺跡で手に入れてきた鍵は、普通の鍵穴よりも一回り大きな鍵で、ブチャラティは先ほどから駅構内でその鍵が合うところを探していた。
出発まで後数分しかないため、他の連中はすでにフィレンツェ行きの列車に乗りこみ待機している。
私はなかなか列車に乗ってこないブチャラティが心配になり、彼を手伝おうと一度乗った列車を降りてきていた。

「次の列車に出発を遅らせる?」

「だめだ。敵に情報がわたっていればもうすぐにでもこの駅に追手が来てもおかしくない。一刻も早くここを立ち去らねばならない!ナマエ、お前も中に戻るんだ。どこでだれが見ているかわからん。」

「ね、ねぇ。ブチャラティ。この亀、なんか変な形をしてない?」

水飲み場のところにその亀はいた。不自然な形に甲羅がくぼんでおり、まるでここに何かをはめ込めと言っているかのようだ。

「こ、これは…!まさか…、」

ブチャラティが持っていた鍵をその亀の甲羅に合わせると、それは初めからそこに存在していたかのようにピッタリと嵌った。そして鍵に触れていたブチャラティの手が、亀の中に吸い込まれるようにして一瞬ズブリと沼のように埋まったのだ。

(これが鍵にかいてあった安全な乗り物?)

____ジリリリリリリ、

時間が来たのか構内は列車の出発を告げるベルが鳴り響いた。

「行くぞ。」

「う、うん!」

ブチャラティは片手に亀を抱えて、もう片方の手で私の手をつかみ急いで列車へと乗り込んだ。
慌てていたこともあり私も、ブチャラティも気がつかなかった。こちらをじっと見ていた二人の男がいたことに。

「兄貴、今のはブチャラティと…、もう一人の女は誰ですか?」

「…ボスの娘のトリッシュはあの女ではない。新入りか?いや、ブチャラティのところに入った新入りというのはジョルノという小僧だったはずだ。」

「あの女はどうしますか?奴らと一緒に始末してもいいです?」

「……いや、始末するのはいつでもできる。まずは正体を把握してからだ。幸いにも女だ。運がよければ死ぬことはないだろう。」

「あ、兄貴!まさか能力を使うつもりですかい!?」

「ペッシ!お前は後ろから乗り込め。俺は前から探す。列車に乗った今、奴らは袋の鼠だ。」

◇◇◇

「きゃっ!」

「おっと!大丈夫か?」

「あ、ありがとう。ブチャラティ…。」

床に激突するかと思ったが、そのすぐ下にブチャラティが構えてくれていたおかげで、私は天井から落下することなく彼の腕の中へと着地した。
こういう紳士的なところが彼の良いところでもあるのだが、こちらとしてはドキドキしすぎて心臓が持たない。
私が最後の一人だったので、これで全員がこの亀の中に入ることができた。
驚いたことにこの亀はスタンド使いだったらしく、鍵をはめるとそこが出入り口となりその中へと入ることができるようになっていたのだ。
亀の中といってもその内部は豪華な部屋の一室のようになっており、テレビもソファも冷蔵庫もついている。先に入っていたナランチャやアバッキオたちなんかはすでにソファに座りくつろぎ始めていた。

「なるほどな。これがボスの言う安全な乗り物ってわけか。」

「すっげー!列車の座席なんかよりもずっと快適じゃあねぇかよ!」

はしゃぐミスタとナランチャの気持ちもわからなくはない。その証拠に他のみんなもホッとした雰囲気をだし、それぞれソファに座ってくつろぎ始めた。
私はカバンに入った水がすっかりぬるくなっていたのもあり、それをコップに注ぎそこに氷を入れた。

「…なんかあっついですね。トリッシュさんも冷たい水、飲みますか?」

「…じゃあいただくわ。」

ジョルノとアバッキオとフーゴは先のポンペイでの戦いで疲れていたのか、すでにソファに身を委ねて寝る体制をとっていたので、ミスタとブチャラティとナランチャの分を用意する。

「はい。ブチャラティ。ミスタ。」

「お!気がきくじゃねぇか!サンキュー。」

「すまないな。お前も少し休め。次いつ休めるかわからないからな。」

「ナランチャは飲まないの?」

「ゴホッ、ゴホッ!う〜ん、なんかオレ、寒くてよぉ…。ナマエ〜、なんかあったかい飲み物はねぇの…?」

「えっ、こんなに蒸し暑いのに…?大丈夫?風邪じゃないの?」

「確かに、この電車、異様に蒸し暑いよなぁ。もっとクーラーきかせろってんだ。」

水を飲みながらぶつぶつ文句を言うミスタを横目に変な咳をするナランチャに私は近づいた。
ナランチャはバナナを食べようと皮を剥こうとしているが何故かちっとも食べようとしない。

「なんかこのバナナおかしいんだよぉ〜」

そう言うナランチャの声もおかしい。しわがれていて、いつものような覇気が全くない。
少し彼の顔を覗き込むと、その異変に私はようやく気がついた。

「ナ、ナランチャ!?か、顔が…!!」

「声がよく聞こえないんだよぉぉお…!だからさぁ、このバナナがボロボロで食えないんだよぉぉ!」

ナランチャの顔はみるみるうちに皺だらけになり、真っ黒だった髪の毛も白髪に変化してきている。
背骨が曲がり、ついには立っていることも困難なようで床へとへたりこんでしまった。

「ブチャラティッ!」

「わかっている!」

ミスタが叫ぶと同時に懐から銃を取り出し、ブチャラティも臨戦態勢をとる。
私たちは今、何者かにスタンド攻撃を受けているのだ。
私も二人にならってスタンドを出現させる。

「……何かあったんですか?」

騒がしくて目を覚ましたのかジョルノがソファから身を起こした。
その瞬間全員が驚愕した。
ジョルノの顔が、とても15歳の少年とは思えないほどに年をとっていることに。
ナランチャとジョルノは鏡に映った自分の顔を見て言葉も出ないようだった。
寝ているアバッキオとフーゴもジョルノと同じくらい年をとっているように見えた。
だがブチャラティとミスタはそれほど年をとっているようには見えない。その中でも私とトリッシュは更に軽傷だった。

「ばれちまったのか!?この亀の中にいるってことがよぉ!!」

「落ち着けミスタ!まだここがバレたわけではない!もし敵が俺たちがここにいると分かっていたらもっと直接的な攻撃を仕掛けてくるはずだ!きっと敵はトリッシュを見つけ出すために電車を無差別に攻撃しているんだ!」

電車を無差別に。ブチャラティの言葉に吐き気を催した。トリッシュを探し出すために敵はこの電車に乗った乗客の命を無差別に奪おうとしている。一体この外はどうなっているのか、考えると震えが止まらなかった。

「ぶ、ブチャラティ!お、おれの手が、指が、ボロボロに崩れていくんだぁ〜!指に血が通ってない!痛くもない!」

ナランチャの指は先端から腐り落ちるようにボロボロになっていく。
ものすごいスピードで年をとっていく。彼には一刻の猶予も残されていないことが嫌でも分かった。
それを見てミスタが亀から飛び出そうとした瞬間、ジョルノは彼を制止した。

「待ってください!まだ行くのは早い!」

「なに悠長なこと言ってんだ!事は一刻を争うんだぜ!」

焦るミスタにジョルノは冷静に伝えた。

「老いのスピードが、僕たちとブチャラティたち、違うのは何故でしょう…?」

「確かに、言われてみれば俺とミスタの症状は軽い。ナマエとトリッシュはもっとだ…。何故だ…?」

「個人差があるんじゃねぇのか!?」

「違います…。敵はトリッシュに死なれたら困るんですよ。条件があるから彼女の老いは遅くなっているのです……。」

ジョルノは話している間もだんだんと皺が増え、その老いのスピードは尋常ではないほど早いことが分かる。

「結論から言います!僕は敵スタンドは『男』と『女』を区別しているのだと思います…!」

「はぁ!?どうやって男と女を区別するってんだよ!」

「『体温の変化』で区別しているのではないでしょうか…?女性は身体に脂肪が多いから体温の変化が少ないと何かで聞いたことがあります…。それにこの電車、さっきから妙に蒸し暑いと思いませんか…?
敵は僕たちよりも彼女の老いのスピードがほんのちょっと遅ければそれでいいんです。」

今まさにすごいスピードで老いていっているにも関わらず、ジョルノは冷静に状況を分析している。不安がない訳はないのにそんな状況で冷静な判断ができる彼に私は尊敬の念を抱いた。

「確かに、私と彼女は冷たい飲み物を飲んで身体が冷えていた。彼(ナランチャ)は飲んでいないかったわ。そうよね?」

「うん。私とトリッシュとブチャラティとミスタは氷の入った水を飲んでいたよね。だから老いるスピードが遅いってこと…?」

トリッシュはグラスに入った溶けかけの氷を取り出すと、それを床に倒れているナランチャの顔へと押し当てる。するとどうだろう。驚いたことにその氷の当たった部分だけが、若々しさを取り戻したのだ。
それを見たミスタは慌てて冷蔵庫から氷を取り出す。

「みんなの身体を氷で冷やすんだ!!」

「待て!!」

ミスタが氷を取り出そうとしたのを止めたのはブチャラティだった。

「今から次の氷を作っていたのでは間に合わない。ミスタ、そこの氷はお前がもっていかなくてはならない。お前がその氷を持ち敵を倒しに行くんだ…!」

ミスタは一つ頷いて冷蔵庫に入った氷を持ち亀を出ようとする。
その時私が動いていたのはほとんど衝動的にだった。

「待って!ミスタ!私も行く!」

「はぁ!?」

私の言葉に驚いたように否定をしたのは大声を上げたミスタではなかった。

「何を言っているんだ!?お前が行ってどうにかなる相手ではないことは分かっているだろう!!」

ブチャラティの見たことがないほど恐ろしい形相に私は少し怯みながらも言葉を続けた。

「私のスタンドなら敵が今どこにいるか。どうすれば敵を倒せるのか知ることができる……!」

「ダメだ!お前を危険に晒すことはできない!」

「ブチャラティだって分かってるでしょう?ここで私を使うのが一番効率がいいってこと…。
もうナランチャには時間がない。お願いだから行かせて_____」

ブチャラティの青い瞳をまっすぐに見上げる。この中で動けるのはもはやミスタとブチャラティと私だけだ。ミスタが上に行くならブチャラティはトリッシュの護衛のためにここを離れるわけにはいかない。皆が老いて死んでいくのをただ見ている、そんなことできるわけがなかった。
ブチャラティはこぶしを握りしめ、ミスタに向かって小さく声をかけた。

「………ミスタ、」

「分かってる。ナマエはオレが絶対に守る。だから安心して待ってろ。ブチャラティ。」

「すまない…。この土壇場で何の経験もないお前を使う俺を許してくれ…。ナマエ……。」

「大丈夫。ブチャラティについていくって決めたときから、こうなる覚悟はしていたよ。それに私嬉しいの。
_________。」

「え?」




「…彼女、行かせてよかったの?」

ミスタとナマエがいなくなった空間でトリッシュの声が響く。
ジョルノは疲れ切ってしまったのか、今はソファにもたれかかり気を失うように眠っていた。
今現在も老いていくのに変わりはない。
「___ブチャラティの役に立てるのがうれしい。だから頑張る。」そう残してミスタと共に亀から出て行った彼女の言葉が、強い表情が頭から離れなかった。
怖くないはずがない。彼女は今までの人生、死とは無縁のところで生きてきた、ただの普通の女なのだ。
強い言葉とは裏腹に、その身体は小刻みに震えていた。
行かせたくなかった。震える女を戦地に赴かせるしかなかった自分が情けなかった。

「…私が言ってもなんの説得力もないけれど…。きっと無事に戻ってくると思うわ。彼女の今の言葉は嘘じゃないと感じたわ。」

「………あぁ、そうだな。」

ナマエと同じく年端もいかぬ娘に心配されてしまったことに情けなさを感じながらも、今はそんなトリッシュの言葉を信じるしかなかった。