35.カウントダウン
「………う…」
身体がぎしぎしと音を上げている。
とてつもない倦怠感と共にゆっくりと意識が浮上する。まるで何日もベッドから動かずに眠っていたみたいな感じだ。
だがその感覚も甲高い声によってかき消される。


「うわぁあああああああ!!な、なんで人が紙から出てくるんだぁ!!」
「ぎゃあああああああ!な、なに!?なんなの!?」


◇◇◇

少年の名前は河尻早人と言った。
そしてここはどこかの屋根裏部屋のようだった。
少年・河尻早人は困惑しながらもここが自分の家であること、そして不可解な紙を見つけたから何かと思って開いてみたらそこから私が現れたということを教えてくれた。
彼の第一印象としては小学生としてはやけに落ち着いており、こちらのことをよく観察している子供だと思った。


直前の記憶を必死に掘り起こす。
確か自分は自分の家からホテルに向かう途中で知らない男につけられて、そして_____、


この少年の言うことが正しいのであれば、あの男は恐らくスタンド使いだったのだ。
曖昧な記憶だが気を失う寸前に「空条承太郎の弱点」とか聞こえたような気がする。
十中八九あの男は写真の親父・吉良吉影の仲間のスタンド使いなのだろう。
吉良の仲間のスタンド使いたちは、時をも止められるスタンド『星の白金』をかなり危険視しているようだ。
だから承太郎さんの弱点と成り得る可能性のある私を攫ったのだろう。
自分で言っていてかなり恥ずかしいが。


だとしたら誘拐犯である人物がいるかもしれないこの家に自分がいるのは非常にマズイことになる。
自分の身が危険に晒されるだけならまだしも、敵は私がここにいることを利用して承太郎さんたちを脅迫しにかかるかもしれない。
それだけは避けなければならない。


本来なら目の前のこの少年も疑ってかかるべきなのだろう。
だが彼は紙から出てきた私を見てとても演技とは思えない位に驚いていた。私にはそれがとても演技には思えなかった。


「あの、早人君…。君から見て私はかなり怪しいし、もしかしたら泥棒かもとか思われても仕方ないとは思うんだけど、私は決して怪しい人間じゃないです…。
説得力ないかもしれないけど…。」

「あ、あなたは一体何者なんですか…!?僕のパパの秘密を何か知っているんですか…!?」

「パパ…?あなたのパパって?一体…、」

その時自分たちの後ろから「ニャーン」という声が聞こえる。それと同時に早人のやけに焦った声が響く。

「そんなバカな!?いつの間にかかけてあったシーツが…!」
僅かに開いた窓から差し込む光を浴びて、その植物は不思議なことに動き出す。

「猫…!?」
その猫のような草は「シャァアア!」とこれまた猫のように牙をむいてこちらを威嚇したかと思うとボンッと何かを吐きだす。
目には見えないが今確かにこの猫のような草は何かを空中に向かって吐きだした。

「クリスタル・ミラージュ!」
咄嗟に結界を出して自分と少年をガードする。
その瞬間何かは私の結界にぶつかり、再びボンッという空気が破裂したような音が響く。

「早人君!大丈夫!?」
大きく頷いた早人は慌てて窓を慌てて閉め、その草にシーツをかけた。
するとその草はピクリとも動かなくなる。

「お、お姉さんも不思議な力を…!?僕のパパに化けている奴と同じ…」

その言葉に疑問を感じて私は思わず疑問を返す。


「『パパに化けている奴』って一体…?君のお父さんもスタンド使いなの?」

その言葉に早人は酷く憎々し気な顔をしたかと思うと吐き捨てるように言う。

「っあれは…、パパじゃあない…。今思えば2週間くらい前から誰かと入れ替わっていたんだと思う。
あれは…!まるで『パパの顔をした別人』だっ…!」


早人のその言葉に衝撃が走る。
二週間前と言えば調度『靴のムカデ屋』での事件があったころだ。
そこで吉良吉影は通行人の中から自分と背格好が似ている人物を連れ去り、その人物に成り代わって逃げおおせた。



これは偶然なのだろうか。

この少年の言うことが真実だとしたら、もしかしたら彼の父親が_____


ギシッ ギシッ

突然聞こえてきた階段を上る音でハッと我に返る。
早人を振り返ると彼は顔を青ざめさせていた。

「マ…マズイ!なんで奴が!?確かに会社に行ったはずなのに…っ」
「だ、誰…!?まさか、」
「パパだよっ!早く、どこかに隠れなくちゃ…!」
「隠れるって言ったって…!」


どこに?
小柄な早人ならともかく日本人女性の平均身長ある私が隠れられそうなスペースなんてどこにもない。

「っ私はいいから…!隠れて…っ」
「で、でも…!」
「いいから早く!奴が本当に吉良吉影だとしたら、絶対に奴は私を殺さないはず…。」

どのような目に合うかは分からないが。
最も殺すつもりなら紙になった状態の私を破けばそれで事足りたはずなのだ。促された早人は小さい収納スペースに身を隠す。




ギシッ ギシッという音が止んだと思ったらヌッと黒髪の男が顔を出す。


「____名前…。目が覚めたのかい……?」

顔こそは違うが目の前の男は私のことを確かに知っている。
間違いなくこの男が


「吉良吉影……!」

「あのスタンド使い、やられたのか…?やはり他人のことなど当てにするものではないな。
手に入れたいものは、自分でしっかりとしまって置かないとなぁ…。」

底の見えない暗い瞳にあの時の恐怖が蘇り全身が震える。

「ひぃっ…!ハッ、ハッ…!」

「おや、可哀想に。過呼吸になっているじゃあないか。安心しなさい。あの時君が私の腕を落としたことはもう怒ったりしていないから。」

そう言って吉良は私に近づいてきて無理やり唇を合わせてきた。
「んっ、ン〜〜〜〜っ!」

舌が侵入してきて不快な感覚が全身を支配する。
「ほら。安心して眠りなさい。」

一体何分くらいそうしていただろうか。過呼吸で元々薄れていた意識が徐々に闇に落ちていくのを感じる。

(せめて…せめて早人君に、承太郎さんたちのことを…)

だがそれは叶わなかった。




カクッと身体の力が抜けて完全に意識を失った名前を吉良は支える。

「フフッ…!名前……。君だけは特別だ。邪魔ものを全て排除したら君と二人でこの家で暮らそうか。そうだな。子供は二人がいいな。君に似た女の子だとさらにいい。ああ、今から楽しみで仕方がないよ…!」

自らのスタンド、『キラークイーン』を使い名前を抱き上げた吉良は恍惚とした笑みを浮かべて屋根裏部屋を去っていった。



____ガチャ

「き、吉良吉影…!や…奴は、普通の人間じゃあない…!名前さん…っ!名前さんを、助けなきゃ…!」

奴は『邪魔者を排除したら』と言っていた。
奴の口ぶりからしてそれにはきっと僕やママも含まれているのだろう。
だが僕たち二人だけなら何時だって殺すことができる。それなのにそうしないってことは、他にも名前さんや奴と同じような能力を持つ人間がいるということだ。
そしてその人たちは吉良と敵対している。
つまり名前さんの仲間。


「探さなきゃ…!」

僕ではアイツに勝つことはできない。
けれど、奴と同じ力を持つ人間が存在するのだとしたら…。

僕やママ、そして彼女を助けることができるのはその人物しかいない。