34.仗助の怒り
(仗助独白)

名前が消えた。
それを承太郎さんから聞かされたときは衝撃のあまり思わず彼に掴みかかってしまった。
そこを逆に承太郎さんに思い切りぶん殴られた。
その時の彼の表情を見たら、自分には何も言えなくなってしまった。


俺たちは必死になって彼女を探した。それこそ億泰、康一、さらには露伴まで俺たちの持ちうる限り最大限の情報網を駆使して連日探し回った。
承太郎さんはスピードワゴン財団にまで協力を依頼したらしい。
だがそこまでしても一向に彼女の手がかりはつかめなかった。


承太郎さんは一見していつもの様に冷静に見えた。
だがふとした時に見せる焦燥しきった表情や、満足に眠っていないのであろうクマが出来た顔は全くいつもの彼ではなかった。

いつも冷静沈着で強い、あの空条承太郎をあそこまで変えてしまう。
それほどまでに承太郎さんの中で彼女の存在は大きくなっていたのだ。


俺は悔やんでいた。
俺があの時しっかりと名前を送り届けていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
それを承太郎さんに話したら一言、「おまえのせいじゃねぇ」と憔悴しきった表情で言われてしまった。
たぶん彼も自分と同じで彼女が攫われたのは自分のせいだと悔やんでいるのだ。


今現在、彼女が一体どこでどんな目に遭っているのか、それを考えただけでも居てもたっても居られなかった。



名前がいなくなってから、三日が経っていた____


悪いことというのは続くものだ。
今度は康一が何者かに攫われたのだ。
こちらも手がかり一つ見つからず、恐らく名前を攫った人物と同一犯だろうと結論づけることにした。

承太郎さんたちは承太郎さんたちで行方を追っている。
ならば自分たちも自分たちにしかできないことをしようと仗助はスタンド『ハイウェイ・スター』の本体である噴上裕也がいる病院を訪れていた。


「裕也、治してやったからには俺に協力してもらうぜ。」
「まさか仗助。お前に女がいたなんてなぁ。」
「…残念ながら俺の女じゃあねぇよ。それに康一だっているんだぜ。」
「いやいやいや。惚れた女の為に危険を承知でそこまでやるお前の心に俺は打たれたぜ。
俺だってよ、いつも俺を励ましてくれるあの女どもが攫われたりしたらお前のように行動するだろうからなぁ。」

そう言った噴上裕也は鋭い嗅覚で康一の私物のにおいを嗅いで辺りをキョロキョロと見回す。
そして気がついた。
今まさに目の前にいる男から康一のにおいがプンプンとすることに。

「……オイ、仗助。お前との契約はよぉ。俺が戦うことは含まれてねぇよなぁ?」
「……なに?」
「アイツだ!アイツから康一のにおいがプンプンとしやがるぜぇ!」

裕也が指を指した瞬間に男はくるりと後ろを向き立ち去ろうとする。

「オイ!待てよ…!」
仗助は男を追いかけてその肩を掴む。
だがその瞬間、目の前にいて確かに掴んだはずの男は信じられないことに自分の母親になったのだ。

「なっ…、なにぃっ!?おふくろ…っ」
自分は一瞬たりとも目の前の男から目を離さなかった。なのにいつの瞬間からか完全に男は自分の母親と入れ替わった。
崩れ落ちる母親を仗助は咄嗟に支える。母親は完全に意識を失っており仗助は怒りを感じずにはいられなかった。

「こういう奴は一番許せねぇ…!人質とって人の精神に脅しかけてくるような奴はよぉ…っ!
名前や康一に加えておふくろまでも!!絶対に許さねぇ!!」

「出てきやがれ!」そう叫ぶ仗助の前に男は柱の影から顔を覗かせる。

「てめぇ、今までコソコソしていたくせによく出てきやがったなぁ。今すぐ名前と康一を返しやがれ!!」

怒りのあまり瞳孔が開ききっている仗助を恐れる訳でもなく、目の前の男は余裕の笑みを浮かべる。

「安心してくれよ。僕の能力は人を殺せるほどの力はない。ただこうやって好きなものを紙にして持ち運べるってだけさ。」

そういった男は取り出した紙を破き捨てる。
ガシャンという音を立ててその紙から出てきたのはどんぶりごと真っ二つに割れたラーメンだった。

「もっとも、今の様に誰かが破いてしまえば別だがね…。」
「…っ!てめぇ…!!」
「三日前に紙にした女、えーっと何て名前だったっけ?……苗字名前?」

男の口から出た彼女の名前に仗助はは殊更頭に血が上るのを感じる。
だがそれとは裏腹に酷く冷静な自分がいることも感じていた。


「……てめぇ、名前に何しやがったんだ…。
アイツに何かあったら、俺はお前を殺すぜ…。」

「…へぇ。やはり写真の親父が言っていたことは正しかったみたいだな。何故あの平凡な女が君たちの弱点となるのか分からなかったがこれで謎が解けたよ。」

「名前はどこだ!?」

承太郎さんや康一の話だと、吉良吉影は名前に大層執着していたと聞く。それを聞いたけで奴に殺意を覚えるが今の問題はそこではない。
今目の前の男は写真の親父と言った。何故わざわざ紙にして彼女を攫ったのか、それは自分たちを牽制するためだけの目的なのか。

「…オイ。名前はどこだって聞いているんだぜ…。そこの康一と一緒にてめえが持っているんだよなぁ…?」

何か嫌な予感が仗助の胸の内を通り抜け、言葉尻が小さくなってしまう。

「答える必要はないね。」


その瞬間仗助の中でプッツーンと何かが切れる音が聞こえた気がした。