29.露伴先生の恋愛指南
私が承太郎さんの宿泊しているホテルにお世話になってから早数日。
承太郎さんは吉良の免許証から彼の自宅を探し当てて仗助たちと共に何か手がかりがないか探しに行った。捜索だけだから危険なことはないと言っていたが、病み上がりの私は承太郎さんと仗助二人の猛反対にあい留守番となってしまった。

「絶対に一人で出歩くな」と承太郎さんに口を酸っぱくして言われていた私はただやることもなく学校の課題に勤しんでいた。だが元々あまり集中力が続く方ではない。早速飽きてきてしまい恐らくジョセフさんたちがいるであろうリビングへと視線を向ける。何やらガタガタと音がしているが一体何をしているのだろうか。

「ジョセフさん?どうしたんですか?」

扉を開けた先にいたジョセフは赤ん坊を抱いて今まさに部屋から出ようとしている所だった。

「おお。名前、良いところに。この子のおむつが調度切れてしまってのぉ…。承太郎に頼み忘れたから買ってこようと思ってのォ。」

「え!?一人でですか!?」

「そう思ったんじゃが、ダメかのぉ?」

「ダメダメダメ!一人じゃ絶対ダメですよっ!」

以前仗助に聞いた話だとこのジョセフさんはしっかりしているようでいまいちしっかりしていない。以前は間違って北海道行きのバスに乗ってしまっただとか…。さすがに一人で行かせるわけにはいかない。

「…私も一緒に行きますよ。」

「そうか。すまんのぉ。」

ジョセフさんも一緒ならきっと承太郎さんも許してくれるだろう。そう思って出かける支度をする。


「ジョセフさんお金持ってますか?私手持ちがそんなに…。」

「承太郎から少し貰っているからのぉ。」

結果的にベビー用品は何ら問題なく購入することができた。用事も終えた私たちはホテルへと足を向けた。


(久しぶりに町に来たのにもう帰るのかぁ…)
ホテルでお世話になり始めてから三日、私は学校に行くときは仗助や億泰君と一緒に登校、帰ってきたら朝までゴロゴロするか課題をしてホテルで過ごす。そんな生活を送っていた。
承太郎さんと一つ屋根の下というシュチュエーションに始めこそ色々想像して顔を赤くしたものだが、そもそもの話多忙な彼はあまりホテルにいる時間がないのだ。
夜遅く帰ってきたかと思えば何かの資料を読み漁っていたり、論文を作成していたりととにかく時間の融通が利かなかった。
まだ三日だがされど三日。遊びたい盛りの名前は早くもホテルでの箱詰め生活に飽きてきていた。

(承太郎さんがもうちょっと構ってくれたらなぁ…)
そう思うが普段の彼の姿を見るととてもそんなことは言いだしづらい。彼は私と違って仕事のためにこの杜王町に宿泊しているのだ。そんな彼にわがままを言う気にはなれなかった。


せっかく外に出ることができたのにベビー用品を買っただけで終わり。
せっかくだからもうちょっとカフェでお茶したりしたいなぁと思ったがよくよく考えてみればお金がないのだった。

がっくりと肩を落としたその時だった。


「お前、名前か?」

聞こえてきたその声に振り返る。

「うわっ!露伴先生…。」

そこにいたのはいつものギザギザヘアバンドに臍出しファッション、それにいつも持っているスケッチブックがない代わりにカメラを片手に持った俺様何様露伴様だった。


「あからさまに嫌そうな声だしやがって。…ジョースターさんも一緒に、何やっているんだ?」

「見ての通り、赤ちゃん用品の買い出しですよ。」
「ああ、例の透明の赤ん坊か。ご苦労だな。」
「余計なお世話です。」
「えっとぉ〜…。露伴君はこんなところで何をしておるのじゃ?」

ジョセフの視線はカメラに向いておりそれに気がついた露伴は説明し始める。

「駅を利用しているサラリーマン風の男を一人ずつ盗撮していました。その帰りです。」
あっけらかんと盗撮という用語を使う露伴にやはりこの人は変わりものだと思わざるを得ない。

「それって、吉良吉影を探すためのですか?」
「ああ。身長175センチ前後で30代くらいの男と言えばだいぶ限定されるからな。なんなら僕の能力で一人一人面接してもいいくらいだ。」
「露伴先生…ヒマ……、すごいですね。」
「…君、今僕が暇人だって言おうとしただろう。」
「いえ!そんな滅相もない!」
「……まあいい。僕は心が広いからね。いちいち小便臭い小娘の言うことを真に受けたりはしないさ。」

そんなことを言っている時点で心が広いとはいい難い気がするのですが。

「そんなことより君に聞きたいことがあるんだ。暇なら付き合えよ。」

唐突にそう切り出した露伴。
この露伴先生、なにしろ一度言い出したらそれが達成されるまで永久に付きまとってくるレベルでしつこいのだ。私としては暇だし付き合っても良いのだが流石にジョセフさんをここで一人きりにする訳にはいかない。
申し訳ないが丁重にお断りさせて頂こう。口を開きかけたその言葉はジョセフさんの声に遮られる。


「いやー。それは調度よかった。なにしろこの名前、承太郎の過保護がすぎるせいでホテルに缶詰めにされていたからのぉ。露伴君が一緒なら安心じゃ!名前、少しストレス発散してくるといい。」

ワシなら大丈夫。そう言ったジョセフは颯爽とホテルの方へ向かって歩きだしてしまっていた。


「ちょ…!ジョセフさんっ!」

「まあまあ。保護者の許可も出たんだ。少しくらいなら君のリフレッシュに付き合うよ。」

「いやいやいや!私が露伴先生に付き合わされるんですよね!?」

露伴先生は私の言葉など聞いていないのかその手をずるずると引きずって、町の方に向かうのであった。

◇◇◇
露伴先生に連れられてきたのはいつもの『ドゥ・マゴ』だった。
「さっさと決めろよ」と言ってメニューを渡されて戸惑う。

「あの、私お金がないんですが。」
「僕がそんなみみっちいことを言う男だと思うのかい。」
(思います。)

兎に角露伴先生はおごってくれるらしい。ならばと思いコーヒーを注文する。

「あの、露伴先生。」
「なんだ。」
「ケーキも頼んでいいですか?」
「勝手にしろよ。」
撤回する。露伴先生はとても懐の大きい男だ。


運ばれてきたショートケーキを目の前にして目をキラキラと輝かせる。

「露伴先生!ありがとうございます!頂きまーす!」
パクリとケーキを一口放り込む。優しい甘さが口の中に広がる。

「…おいしいかい?」
「はいっ!とっても!」
「そうか。そりゃあよかったな。」

そういった露伴先生は口元をニヤリと歪める。その何かを含んだ表情に私は自分の失態に気がついた。
露伴先生が何の見返りもなく人に親切にするはずがないのだ。タラリと私の背中に汗がつたう。

「どうした?手が止まっているぞ。食べなよ。」

「い、いえ…。私、もう帰らないと。承太郎さんが怒りますし。さようなら露伴先生。」

「君は人に奢らせておいて何の礼もなく帰る非常識な奴だったのかい?ああ、そうか。ふーん。なるほどねぇ。」

「……それで、何のご用件でしょうか?」

まんまと露伴の策にはまり逃走もできなかった私は大人しく席に戻るしかない。もうやけくそだと言わんばかりに目の前のケーキを食べ進める。


「大したことはないよ。その後空条承太郎とめでたくセックスまで辿り着いたのかなーと思ってな。」

「ブッ!!」
真昼間のカフェでこのお方は一体何を言っておられるのだろうか。
口をパクパクさせて顔を真っ赤にする名前の反応で露伴は何かを察したのか「ああ…」と言葉を漏らす。


「どうやら図星みたいだね。いやぁ〜クソッタレ仗助はついに振られてしまったのかぁ!こりゃあめでたいなっ!」

私は今までこれ程までに素敵な笑顔の露伴先生を見たことがあっただろうか。それほどまで晴れやかな清々しい笑顔をしていた。

「それでどうだったんだよ。初体験の感想は。ああ、嫌なら別に話さなくてもいいよ。僕の能力でみるから。」

「っ…なんで露伴先生に、言わなきゃいけないんですかぁっ!」

すると露伴はキョトンとした言っている意味が分からないといった顔をする。

「なんでって…、僕は君の恋の応援者だろう。結果を知る権利があるんじゃあないのかい?それに初めに漫画の参考にさせてもらう約束だっただろう。」

「…私っていつ露伴先生に協力してもらいましたっけ?」

もうこの先生に何をいっても無駄だ。ならば下手に話さずに『ヘブンズ・ドアー』で全てを見られるよりは、辺りさわりのない部分を離して納得してもらう方がずっといい。

「どうせ君のことだから最初から最後まで承太郎さんに任せっきりだったんだろう。」

「ぅう…!」

「おいおい。今はまだお互いそれでいいかもしれないがな、しばらくすれば男は絶対に物足りなさを感じるぜ。ましてやお前の相手はあの承太郎さんなんだぜ。あのルックスだろう、それこそ今までにいろんな女と経験してるだろうな。
いいのか?飽きられても。嫌だろう?」

「あ、あの…っ、先生。露伴先生っ!」
「ん?なんだ。まだ話の途中だぞ。邪魔をするな。」
「『まだ』なんですっ…!」
「は?まだって何がだよ。」

何で私は露伴先生にこんなプライベートの中でも一番といっていいほど繊細なことを話さなければならないのか。

「っ…!だから、まだ最後まで行ってないんです…!」

その言葉の意味が分かったのか露伴は目を見開く。

「はぁ!?まだって…!?君それってさぁ、承太郎さんは君に挿入してないってこと?」

「ちょっ…!そんなはっきり言わないで…!」

それを聞いた露伴先生ははぁーと深いため息をついた後椅子の背もたれに背中を預けて腕組をする。

「はぁ〜〜〜。君さぁ、それは流石の僕も承太郎さんに同情するぜ。一体なんだって最後までいかなかったんだよ。」


「あの、その…………っすぎて、」

「なに?全然聞こえないんだけど。」

ガタンと椅子を前に持ってきてズイと露伴先生の顔が近づく。
(もういいや。どうにでもなれ。)


「っ承太郎さんのが、大きすぎて…っ!」
ポカンと露伴先生の整った顔が一瞬無表情になる。その後大爆笑された。


「ぶはははははははっ!名前、君って奴は本当に最高だよっ!!それにしても流石195センチはそっちの方も規格外ってかぁ!?」

大爆笑された私はもう顔を真っ赤にするしかない。なんで私はこんな込み入った話を友達でもなんでもない、顔見知り程度でそれも異性の露伴先生にしているのだろうか。


「…………………帰ります」

「わかったわかった!悪かったよ!笑ったりしてさ!せっかくだからこの岸辺露伴がアドバイスをしてやるよ。」

グイと肩を掴まれて無理やり座らされる。もうアドバイスなんていらないからさっさと帰りたい。

「お前さぁ、処女だろ?」
「黙秘します。」
私はこの岸辺露伴をセクシャルハラスメントで訴えても勝てる気がする。いや、勝てる気しかしない。

「今更格好つけるなって。もう割れてんだからな。承太郎さんを受け入れたいと思っているなら君も日々努力しないといけないぜ。」

「…努力、ですか?」

「そうさ。承太郎さんにまかせっきりじゃあだめだぜ。毎日慣らすとかさぁしないとさぁ。」

慣らす、慣らすとは一体なにを慣らすのか。意味が分からず首をかしげる。
彼女が意味を理解していないと分かった露伴は耳を貸せとジェスチャーしてくる。


「なんなんですか…?」
促されるまま露伴の方へ耳を向ける。



「っ……////ば、ばかじゃないの!?露伴先生の馬鹿!変態っ!」

そう言って『ドゥ・マゴ』からバタバタと走り去っていった名前。
その後ろ姿を露伴は満足そうに眺めていた。

「はぁー。あいつ、本当にからかいがいがあるな。面白い奴。」
そう言った露伴は一人残ったコーヒーを啜るのだった。