28.二つの星
消毒の臭い。目を開いた先にあったのは真っ白い天井だった。

(…ここは?)
自分に何が起こったのか分からず、ゆっくりと思い出す。


確か自分は康一君と承太郎さんと偶然にも出会い、一緒に店に入った。そこで____


「承太郎さん…っ!!」

血の海に沈んでいた承太郎さんと康一君、彼らは一体どうなったのか。
傷を負ったはずの自分の足を見てみるとそこには傷跡もなにもなかった。恐らく仗助だろう。
布団を跳ね除けて病衣のままベッドから飛び降りる。


(承太郎さん…っ!康一君っ!)


病室の扉を開けた所で何かに思い切りぶつかる。

「うわっ!!」

後ろに転げそうになったがそれは腰を引かれたことによりなんとか防がれた。

「仗助っ!」

「っぶねぇなぁ!つかおめぇ、病み上がりが走り回るんじゃねぇよ!」

そう言った仗助はそのまま私のひざ下に手を差し入れて軽々と抱き上げてしまう。

「きゃあ!!ちょっと仗助!おろして!!」

「うっせぇ!大人しくしてろ!」

ゆっくりとまるで壊れ物でも扱うかのように仗助は私をベッドの上に座らせた。

「あの…!仗助っ…」

承太郎さんは、康一君は…、そして吉良吉影はどうなったのか?それを尋ねようと思った瞬間、私はすでに彼の胸の中にスッポリと納められていた。

「えっ…、じょ、仗助…!あ、あの…っ」

「っ…!良かった…!おめぇ、三日も寝てたんだぜ…。俺が治しても目ェ覚まさねぇからよぉ…。本当に良かった…っ」

「仗助……」

密着していることで彼の身体が小刻みに震えているのがわかる。そんな彼の様子から察するに自分は随分と心配をかけてしまったらしい。

「ごめんね…仗助。ありがとう…。」

その言葉に仗助の腕の力が少し強くなる。


「仗助…。承太郎さんと、康一君は……?」
ハッとしたように私の身体を離して罰の悪そうな顔をする。


「あっ…、そうだよな。まずはそこから説明しなきゃならなかった。ワリィ…。
結論から言えば二人ともピンピンしているぜ。俺が治してから二人ともすぐに走り回っていたよ。」

「ほ、ほんとに…!?」
(良かった…二人とも無事だったんだ。)


「あ…、仗助。あの…吉良は、」

その言葉に仗助は悔しそうに眉を顰める。
「…逃げられた。今は他人のスタンド能力で顔を変えて全くの別人になって生活しているらしい。」

「…そっか……。」
仗助が来てくれて完全に追い詰めたと思ったのに、吉良吉影は相当に悪運が強いらしい。


「仗助…私、」

「………わーったよ。承太郎さんだろ。……呼んでやるから待ってろって。」


「その必要はないぜ。」
ガラッと開けられた扉の先にいたのは私が会いたくて仕方がない彼だった。

「承太郎さん…っ!!」

「仗助。人の女にあまりベタベタと触っているんじゃあないぜ。」

「んだよ。見てたんかよ。趣味悪りーな。承太郎さん。」

そういう仗助は承太郎さんに対して今にも噛みつかんばかりに敵意をむき出しにしている。両者の間で飛び散る火花に私はただオロオロと狼狽えることしかできない。そんな私のハの字に下がった眉を見た承太郎は、ため息をついたかと思うと唐突に話を切り替える。


「名前。ほとぼりが冷めるまでお前には俺のホテルで生活してもらうぞ。」

「………は?」

唐突すぎる承太郎さんの言葉に私は開いた口が塞がらない。チラっと仗助の方を見やればさらに不機嫌さが増したように感じるが、別段そのことについて驚いたような素振りはなかった。益々意味が分からなくて疑問の声を発する。

「な…なんで…?」

「…原因はただ一つだ。吉良吉影はお前に異常なまでに興味を示していた。お前が一人の所を襲われる可能性が非常に高い。」

「………………」

「康一から聞いた話だけどよぉ、どうも吉良とお前は顔見知りだったらしいじゃねぇか。……お前はあいつを知っていたのか?」

仗助と承太郎さんの視線が突き刺さる。二人とも責めるつもりはないのだろうが、質問の内容が内容だけに居心地の悪さを感じずにはいられない。それをいち早く察した承太郎が声をかける。


「名前。責めている訳じゃねぇ。お前の話から奴の捜索の手がかりが見つかる可能性だってあるんだ。話せるか?」

ベッドに腰かける私の方に近づいてきた承太郎さんは、その大きな手で安心させるよう優しく私の頭を撫でてくれる。

「…うん。」

「ちぇっ。承太郎さん卑怯っすよ。」
その横で悔しそうに顔を歪めるのは仗助だ。

「何言ってやがる。卑怯もクソもあるか。……名前。」

促されて話し始める。

「…吉良に初めて会ったのはただの偶然だよ。私が考え事をしていて信号無視しちゃって車にぶつかりそうになったの。その車を運転していたのがアイツだった。怪我があるといけないからと言って名刺をもらった。それがこれ。」

私は財布にしまってあった名刺を取り出し承太郎さんに手渡す。仗助もベッドから乗りだすようにしてそれを見ていた。

「二回目に会ったのも偶然。仗助に中等部でお昼を食べないかって誘われた時があったでしょ?その後、つまり重ちーが死ぬ前に会った。」

それを聞いた仗助は目を見開いてこちらをみやる。

「吉良は学校近くの公園でご飯を食べていた。事故からそんなに経っていなかったから私も覚えていた。『その後怪我はないか』とか世間話して普通に別れようと思ったの。そしたら突然私の右手をとってジィーっと見つめてきたの。
私は怖くなってその後すぐに中等部に向かったんだけど、もしかしたら私がアイツを重ちーの所まで案内してしまったのかもしれない…っ」

ギュッと両手を膝の上で握る名前を見た二人は何とも言えない気持ちになる。
承太郎はそんな彼女を慰めようと自らもベッドに座って彼女の肩を抱いて自分の方へ引き寄せる。


「重ちーが死んだのはお前のせいではない。恐らく重ちーは奴の正体の確信に迫る何かを不幸にも偶然に目撃してしまったのだろう。だからお前の責任ではない。」

「そうだぜ。俺だってあの時重ちーと一緒にいたのに気がつくことができなかった。お前のせいじゃあねぇよ。」

口を開いた仗助は名前の固く握りしめられた手を解くようにして自らの手を絡ませる。そしてその手をすっぽりと覆ってしまった。

「承太郎さん、仗助……。」

「…オイ仗助。気安く触ってんじゃあねぇぞ。」

「承太郎さんこそ、いつまで名前に触ってんすか。さっさと離してくださいよ。」

シリアスな話をしていたと思ったのに唐突に張り合い始める二人に気が抜ける。



「だがこれで分かったな。奴は前から名前をターゲットに選んでいたようだ。反吐が出る話だがな。
あそこで逃がしたのは俺たちにとってかなりでかいぜ。」

「そう言えば、さっき仗助が全くの別人になって生活しているって…。」
どういうことですか?そう問えば承太郎から返事が返ってくる。

「仗助の言葉の通りだ。奴は俺たちの追跡を振り切って見事に逃げおおせた。全くの別人になってな。」

「別人…?」

「ああ。通りすがりの背格好が似た人間を捕まえて『辻彩』というスタンド使いの所に転がりこんだ。俺も詳しくは知らないのだが、吉良はその辻彩という女の能力で自分の顔をその人間の顔に変えた。俺たちが奴に追いついたときには顔が爆破された男の死体と事切れた辻彩しかいなかった。」

「つまり、吉良吉影は今は全くの別人になって生活している、っていうことですか…?」

「そうだ。名前も顔も分からない、全くの別人にな。」

名前も顔も分からない。そんな人間を捕まえることなんて不可能ではないだろうか。それはつまり全くの振り出しに戻ってしまったということであり。


「…これは相当に厄介だ。俺たちに奴の顔を見分けるすべはないが、奴はこちらのことを知っている。いつ、何時後ろから襲われるか分からない状況だ。」

そう。私たちは振りだしどころか増々不利な状況へと追い込まれたのだ。
土壇場で奴の決死の覚悟に負けたのだ。
先ほどから全く言葉を発しない隣に座る仗助をふと見やると、表情こそ変化がないもののその手は震える程強く握り絞められていた。仗助は重ちーの敵にすんでの前の所で逃げられたのだ。そりゃあ悔しくて仕方がないだろう。


「だからこそお前を一人にしておく訳にはいかねぇ。ましてや今お前の両親は旅行に行って不在なんだろう?ますます家に置いておく訳にはいかねぇ。」

拒否権などなかった。まぁ承太郎さんの所には今はジョセフさんと赤ちゃんもいる。二人きりと言う訳ではないから別段問題はないだろう。


「…分かりました。承太郎さん、お願いします。」

「おい名前。承太郎さんによぉ、何かオカシなことされたらすぐに俺を呼べよな!」

「なんだ仗助。俺と名前は『リョウオモイ』て奴なんだぜ。何しようと問題じゃあねぇだろう。
それになぁ、お前の言うオカシなことっていうのはこの前もうしちまったかもしれねぇなあ。」

それを聞いた私の顔は爆発したように一気に真っ赤に染まる。それとは逆に仗助の顔色は青ざめて事実の確認のため名前に詰め寄る。

「えっ、お、おい。嘘だろ。なあ名前っ!お前もう承太郎さんと…!?」

同級生にこんな話題で詰め寄られた私は恥ずかしすぎて思わず承太郎さんの背中に隠れる。
「嘘だろ、おい、嘘だろ」という仗助の言葉を聞きながら、うんともすんとも言えない私は彼の背中に顔を埋めるしかないのであった。


(やれやれ、最後まではいってないがな。牽制にはなるだろう。)