27.その原動力は、
「…っ嘘……あ、あなたは……っ」

「ふう〜…自分の体力のなさを実感したよ。だけど間に合ったようでよかった。君が無事なことが一番うれしいよ、名前。」

出血した左手を抑えるように重い足取りで現れたのは金髪のごく普通の男。だがその後ろには明らかにスタンドらしきものが控えており、さらに私はこの男に確かに見覚えがあった。

「吉良、さん…!?その手は…、それに…スタンド!?」

まるで何か重いものに押しつぶされたかのようになっている手を見た私と康一君は、ある一つの答えを導きだす。

「名前、せっかく再会できたのに非常に残念だが、私の正体を知られてしまったからには生かしてはおけない。
だが安心してくれ。きみの可愛らしいその『手』は私の恋人としていつまでも傍に置いてあげるよ。」

「名前さん…っ。この男と知り合いなの…!?コイツ、訳の分からないことを…!」

「…お互い名前を知っている程度だよ。名前は『吉良吉影』、まさかこの人が鈴美さんや重ちーを殺した犯人だったなんて…」

『S・H・T・I 距離ガ離レマシタ。爆弾ガ復活シマス』

康一君の『エコーズ』で重くなっていた爆弾は、本体である康一君が後ろに下がったことにより射程距離から外れる。それと同時に爆弾は猛スピードで私たちの方へ突っ込んできた。

『本体ト爆弾一ツシカ重クデキマセン。ドチラヲ重クシマスカ。』

「爆弾だ!爆弾を重くしろっ!」

『了解シマシタ』

エコーズが『3 FREEZE』を使うのと同時に、吉良の後ろにいたスタンドがエコーズを足で踏みつぶす。

「っぐ!!」

咄嗟に『クリスタル・ミラージュ』を出現させようとしたが射程距離外だ。立ち上がることはできず、ごっそり肉がえぐれて激痛が走る足を引きずりながら這いずる。


「名前、君はそこにいなさい。すぐにコイツ等を始末してあげるからね。
特に君の後ろで虫の息になっている帽子の男は原型がなくなるまで破壊しないと気が済まない。靴屋にいたときから私の名前にベタベタと汚い手で触って一体何様のつもりなんだ。」

突然怒りを露わにした男は抵抗できない康一君の顔面を思い切り拳で殴る。

「うげぇ〜〜ッ」
「康一君ッ!!」

当たり所が悪かったのか康一君の鼻からはボタボタと鮮血が流れ出てくる。

「鼻血がいっぱい出てくるだろう。それを使いたまえ。」
そう言って男は何故かポケットティッシュを康一君の目の前に落とした。

「君たちの友人、仗助だっけ?が来るまであと一分ちょっと。それまで君をなぶり殺しにしてやるよ。
その後で私は彼女とどこか落ち着く所にでも行って『楽しむ』ことにするよ。」

その言葉に背筋にヒヤリとしたものを感じる。
この男は完全に狂っている。こんな男がこの杜王町にあたかも当然のように溶け込み、人殺しをしながら普通に暮らしている。いや、この男にとって人を殺すことは日常の一部なのだろう。だからこれ程平然と、当たり前のようにしていられる。
恐怖で冷汗をかいて震える身体を落ち着けるように、ほとんど熱の失われた承太郎さんの身体を抱きしめる。


その中で酷く冷静な康一の声が響く。

「……『吉良吉影』、お前の名は僕も、名前さんも知っている。僕はこれからお前に殺されるだろう。だけど彼女には指一本触れさせない…!!
どうする…?お前は僕を殺して名前さんをどこかに連れ去るつもりのようだが実際問題それって可能なのか…?
変態的なお前のことだ。お目当てらしい彼女は別の場所でゆっくりと堪能してから殺したいとでも思っているんだろう。だけどな、彼女だってスタンド使いだぞ。仗助君が助けに来る一分以内に僕を殺して彼女を連れ去れるか…!?」


その言葉に吉良は目をピクッと反応させる。



「お前は馬鹿丸出しだ!あの世でお前が来るのを楽しみに待っててやるぞ!!」


突然無表情になった男の目を見て奴が何をしようとしているのか一瞬のうちに悟った私は声を上げる。

「や、やめ…!!」

だが間に合わなかった___


康一君の身体は男のスタンドに貫かれていた。
男のスタンドは康一君の身体を煩わしそうに振り払い、力なく彼の身体は地面に打ち付けられる。
康一君の腹部にぽっかりと空いた穴、そこからドクドクと止めどなく溢れる血液は誰がどう見たって致命傷だった。


「あ、…あ…ああぁああああ…あ、」

足を引きずりながら投げ捨てられた康一君の元へ向かう。


私が、私がいけないんだ。はじめて吉良吉影に会ったときにコイツの底知れぬ闇に気が付いていたら。
そのことを少しでも承太郎さんに話していたら。二人ともこんなことには____

ドクドクと溢れる康一君の傷に手をかざす。

「何…!?」
吉良が驚愕したのも無理はない。彼女が康一の腹部の穴に手をかざした瞬間明らかに出血量が減った。

いや、それどころか


「血が止まっている…だと」

吉良のスタンドが開けた穴は確かにそこに存在する。だがあれ程溢れ出てきた血液はピタリと止まってしまったのだ。


「ハハ…ハハハハハハハハッ!名前!結界を小僧の傷口に張ったのだな!君はその『手』だけでなくすべてにおいて価値があるっ!だが____、」

ゆっくりと近づいてくる吉良。徐々に近づく距離に震えが止まらない。


「コイツは殺す。そして君を連れて行く。」


康一君に手を伸ばす吉良のスタンド。今度は確実に爆破する気だ。
だがその手は何かにはじかれてしまい届かなかった。


「……名前、もうすぐ君のお友達が到着してしまう。私にはもたついている時間がないのだが…?いますぐ君たちの周りに張られた結界を解いてくれないかね?」

「ハァ、ハァ…ハァ、」

「ほら。息が上がっているじゃないか。それに冷汗もすごい。二か所も同時に能力をつかうからだ。それにこの小僧に張っている結界は相当に繊細だ。一歩間違えればコイツの身体をさらに傷つけることになるからな。相当に消耗するだろう、なっ!!」

バキィッと何かのヒビが入る音が聞こえたかと思うと私の身体はその衝撃で後ろに吹き飛ぶ。

「ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!」

何事かと思い目の前の自分の結界を見ると一筋のヒビが入っていた。
いままで『クレイジー・ダイヤモンド』や『スタープラチナ』の攻撃を受けてもヒビ一つ入らなかった結界に明らかな割れ目が走っていた。
だがどうして胸に激痛が走るのか。私の口から溢れ出るこの液体は一体?

「ああ。すまない。どうやら偶然にも君のスタンドを攻撃してしまったみたいだ。何せ姿が見えないものでね。不可抗力ってやつさ。」

首にかかる圧迫感、これは私のスタンドが吉良のスタンドに掴まっているという証拠だ。

「本体がダメージを受けたことで君自身にも、さらには結界にも影響がでているのだ。ほら、さっさとこの結界を解かないと君はもっと傷つくことになるぞ。」

メリメリと首の骨が圧迫されているのを感じる。

(っここで気を失う訳には…!)
私が気を失ったら結界は解かれて承太郎さんと康一君は殺される。


____絶対に 絶対にこの二人を殺させるわけにはいかない。


その瞬間、ボトッという嫌な音と共に私の首への圧迫感は解かれる。



「な、なにぃ〜〜〜〜!?くっそぉおおお!名前〜〜っ!!ッ貴様ぁ、私に刃向うとはどういうつもりだぁあああ!?」

「ゲホッゲホッ……ざまあみろ…!この変態っ!」

私は自分の首を圧迫していた吉良の腕に結界を出現させた。つまり、奴の腕を切断した。
悶絶する男を横目に嘲笑の笑みを浮かべる。
腕を切られたことで激昂した吉良は、私たちを守る結界を自分のスタンドで思い切り蹴り始める。


「名前〜〜〜、たかだが10数年しか生きていない小娘が私に牙を剥くとは〜〜〜!!許さない!許さないぞぉ〜〜〜!!!貴様はぶち犯してからもの言わぬ骸へと変えてやる〜〜〜!!!」


私の意識が遠のくのと同時に結界にもさらにヒビが入る。
(ダ、ダメ…、意識を失う訳にはいかない…!)
だが立て続けに能力を使い続け、肉体的にもダメージを受けた名前の身体は限界だった。
祈るように目の前で倒れる承太郎の手を握りしめる。


「_____っ承太郎さん!!」


その時私の手の中にある彼の手がピクリと動いた。

そして次の瞬間その手は力強く握られる。
突然握りしめられた手に驚いてその主を見上げる。

承太郎はしっかりと目を開いて私の方を見つめていた。


「名前……。よく頑張ったな…。」

そう言って私の頭を一撫でしたかと思うと承太郎さんはふらふらと立ち上がる。
そして傍に倒れ伏す康一に向かって呟く。


「…康一君、よく名前を守ってくれた。名前、お前も____二人がいなければ俺は死んでいたな。」


「承太郎さん…!!」

承太郎が立ち上がったことで吉良の意識はそちらへと移る。


「なかなか面白そうな奴だが、私の名前に気安く触れていたことは万死に値する。だが今は時間がない。君を殺すのはまたの機会にするよ。
あ、そうそう。君のスタンドだが物凄くパワーが弱かったぞ。そんなんで私の『キラークイーン』に勝てると思ったのかね?」


余裕綽々の吉良の顔面に突如『スタープラチナ』の拳が叩き込まれる。

「あ…あがっ」
メリメリと男の顔面にめり込んだ拳は吉良の顔の骨を砕き変形させる。


「貴様、さんざん名前に対して虫唾が走る台詞を言っていたな…。
その汚ねぇ目が二度と名前を映さないようにしてやるぜ!!」

そして叩き込まれたスタープラチナの猛ラッシュ。吉良はそのスピードになす術もなく吹っ飛ばされた。




吉良が起き上がってこないのを確認した承太郎は、その場に崩れ落ちるように倒れた。

「承太郎さんっ……!!」

出血がひどい。這いずって承太郎の元まで向かった名前は康一と同じように彼の出血を結界で止める。

「うぅ…っ!」
クラリと酷いめまいが襲う。
(まだだ、まだ仗助が来るまで耐えるんだ。)



「名前!!康一!!どこだっ!?」


聞こえてきた声にホッと胸をなでおろす。仗助と億泰が到着したようだ。


『た…たいへんだ…!仗助っ!!』

『康一…!承太郎さん…!名前っ!!』


もう大丈夫だ。仗助が来てくれた。


「じょ…すけ……。承太郎さんと、康一君、を……」

力を振り絞った言葉が届いたかは分からない。
いよいよ限界だった私は意識を手放したのだった。