25.襲撃
「あのね、康一君。」

「なに?」

「私、承太郎さんと両想いになっちゃった。」

「へぇ〜。それはよかったねぇ〜〜………って、え?…え?い、今、何て言ったの…?」

「だ か ら 、承太郎さんに『好き』って、言われちゃった。」

「え………。えぇえええええぇええええええええ!?!?!?」

◇◇◇

「もう康一君大声出し過ぎだよ。道の真ん中で恥ずかしい。」

「ご、ごめん…。いや、でもさぁ…!まさか君と承太郎さんがくっつくなんて夢にも思っていなかったからさあ…。てっきり僕はこのまま仗助君と…、」

口に出した康一はハッとする。

「そうだよ!仗助君はどうするの?」

そう。今回康一に相談したかったのはそのことなのだ。

「……『だから?』って言われちゃった。」
「へ?」
「しっかりとけじめをつけとかなきゃいけないと思って、すぐに仗助と話したの。そしたら…、」



『少なくとも高校卒業するまではこっちにいるだろ?承太郎さんは仕事でアメリカ。まだ十分チャンスはあるんじゃあねぇの?』



「って……。」

「うわあ…。さすがジョースター家…。でも実際どうなのさ?仗助君、承太郎さんがアメリカに帰っても引くどころかこれ幸いとばかりに絶対グイグイと来るよ。
正直僕が女の子で君の立場だったらさぁ、仗助君みたいな人にあんなに情熱的に迫られたらコロッといっちゃうと思うなぁ。」

「仗助君かっこいいしとても優しいじゃん」という康一に同意する。

「確かに仗助は友達として大好きだよ。間違いなく私の大切な人。でも承太郎さんは違うの。


_____私、承太郎さんじゃないと駄目なの。」


名前の真剣な瞳を見た康一は自らも納得いく部分があったのか頷く。

「…わかる気がする。僕も最近になって気が付いたけど、やっぱり由香子さんがいないと駄目だなぁって。他の誰とも違うんだよね。好きな人ってのは。」

「…康一君、何か変わったね。かっこよくなった。」

「そういう名前さんこそ変わったよ。とても魅力的になった。」


そう言って笑い合う私たち。
ふとやった道向こうに今ではすっかり見慣れた人物が通るのに名前は気がついた。
「あっ!」

「名前さん?どこ行くの…あ!承太郎さんっ!」

名前が駆けていった先にいたのは承太郎だった。
嬉々とした様子で承太郎と会話をする彼女は幸せでたまらないといった表情をしており本気で彼のことが好きなのだということを感じさせる。

「何していたんですか?」

「仕事だ。てめぇは帰っていろ。」

「えぇ〜」

承太郎さんにそう言われた名前だが一切家の方向には足を向けず彼の後についていっている。何も言わない二人に康一はただ後を追うしかないのだった。

「ここは…」
そう言って承太郎が足を止めたのは靴屋の前だった。どうやらそこに張ってある張り紙をジィっと見ているらしい。

「『洋服の仕立て直し致します』…?」
「杜王町の洋服屋は全て聞いたが、こういう所は見逃していたぜ。」

それを聞いた康一は合点がいったのか大きい声を上げる。

「もしかして『重ちー』のハーヴェストが握っていたボタンですか!?」

特に迷いなく店内へと入っていった承太郎に二人も続く。
店主にボタンを渡した私たちはその次の台詞を祈るような気持ちで待つ。


「見覚えがないならいいいんだ。どんな服についていたボタンなのか思い出せなくてね…。」

さりげなくボタンは自分のものであるとアピールする承太郎さん。流石です。
だが店主は思いもよらない言葉を発する。

「見覚えがないもないもさ…。そのボタンの服なら修理したばっかりのヤツがあるよ。昨日全く同じボタンをつけ直してくれってお客さんがあったからさ。」

「ええ!?」

「やれやれだぜ…。ついに見つけたぜ。」

そこに掛けてあったのは明らかに上等の生地で仕立てられているだろうスーツだった。

(なんだろう、このスーツ。どこかで…。)
私の素朴な疑問をかき消すように康一君が店主に尋ねる。

「スーツの仕立て直しを頼んだ客の名前って、覚えていますか?」

気のせいかもしれない。
だいたいスーツなんてほとんど縁のない私には見分け何てくつはずがないのだ。
だがなんだろう。この違和感は。

「衿の所に注文フダがついてましてね。確かそこに名前が…。」

フダの名前を見ようと私は店主の横へと移動する。承太郎さんと康一君もその後ろから覗き込むように見ている。

「えぇ〜と、これはなんと読むのだったかの?」
「ちょ…、見せて下さい。」

いまいち要領を得ない男から札を半ば奪い取るようにしてその名前を見る。




「えっと…、『キ、「ぎゃああああああああ!なんだぁ!?手がぁあああ!!」

名前をチラッと見た所で男の物凄い絶叫とマグカップの割れる音が響く。
店主の方を振り返った私の目に映ったのは、無残に割れたマグカップと半分吹き飛んで血が滴っている店主の手。突然のことに呆気にとられる私たち。
絶叫する店主の後ろから現れた謎の物体に、戦い慣れしている承太郎だけが真っ先に我に返った。『コッチミロ』と不気味に言葉を話す車輪のついた骸骨のような物体は、店主の背中を上り首にまで到達する。


『オイ コッチヲミロッテイッテルンダゼ』


店主がその声に振り返った瞬間、私はグイと後ろへ引っ張られてそこから距離を離される。その後店主に何が起こったのかは、承太郎さんが私を自分の後ろ背にして隠してしまったことにより一切見ることができなかった。
だがその何かが爆発したようなけたたましい音と、康一君の悲鳴から店主に何があったかは考えずとも理解できた。


「は……っ、な…なにが…!」

突然日常から非日常に突き落とされた私は訳がわからず混乱するばかりだ。思わず目の前にある承太郎さんのコートをギュッと握る。
康一君も私と同じ気持ちだったのだろう。悲鳴を上げてパニックを起こし、今にもどこかに駆けていきそうな彼の肩を掴んで承太郎さんはそれを止める。

「名前、康一君。俺の傍から離れるんじゃあねぇぜ。」

「…あ!あれ…!」

私が指さした先にはドアが。その隙間から先ほどのコートを持って行こうとしているのだ。


間違いなくあの手が_____
「犯人…!」


あの手の主が重ちーを殺し、鈴美さんを殺した。他にもたくさんの人間を殺した。15年間警察にも捕まらず逃げおおせている殺人犯。

「証拠の上着が…!」

犯人の元へ行こうとする康一君を承太郎さんが何故か止める。

「早く捕まえないと逃げちゃいますよ…!」

「妙だと思わないか。あの動き。まるで俺たちをあそこに誘っているようじゃあないか。」

確かにハンガーをワザとらしくガシャガシャと鳴らし、いかにも焦っている雰囲気を出しているようにも思える。
次に承太郎が見たのは足元に転がっている店主の死体。その口の中にはまだ先ほど爆発したかに思ったスタンドがまだ潜んでいた。


『コッチミロ』


「このスタンド…!何かヤバイ!!」

承太郎が声を上げたのと同時に、標的を変えたそのスタンドは車輪のついた身体で私たち三人の方へ向かってくる。

(また爆発する…!)
承太郎は咄嗟に名前と康一を庇うように抱きしめる。


このままだと承太郎のすぐ後ろで爆発する。そう思った名前は能力を発動させる。

「『クリスタル・ミラージュ』!!」

ドカンと爆発した音は聞こえたがクリスタル・ミラージュの結界のおかげでその熱風はここまで届かなかった。

「た、助かったぁ〜。ありがとう名前さん…。」

「でもアイツが…!!」

コートかけの方を見るとそこにすでに犯人のコートはなかった。今の爆発に乗じて持ち去ったのだろう。

「承太郎さん!追わないと…!」

「そうしたいのはやまやまなんだがな、動けないんだ。まだこの近くに敵がいる。」

辺りを隈なく見渡すがどう見ても先ほどのスタンドは見つからない。

「……この辺りには見えないですよ。」

「いや、いる。奴が15年間警察にも捕まらずまんまと逃げおおせているのは何故だか分かるか?それは目撃者は全て『消す』からだ。それこそ死体すらな。奴がこのまま易々と俺たちを追わせるはずはない。」

確かに15年の間奴は掴まるどころか指名手配すらされていないのだ。それは何も証拠を残していないから、完全に証拠を消す力があるから。それ程用心深い犯人が自分の正体を知ったかもしれない私たちをこの店から出すとは思えない。
だが康一君は納得がいかないのか不用心にも店の中を歩きまわる。

「ホントかなぁ〜…。これでいなかったらマヌケですよぉ。」

その時突然康一君の後ろにあった靴が先程の爆弾に姿を変える。


『コッチムケ』


「康一君!!後ろ!!」

私の声は一歩遅くその爆弾は康一君の顔に飛びつく。

「オイ名前。あの爆弾を結界で切断できないか?」

「…無理です。康一君が近すぎる!それに動いているものめがけてピンポイントで結界を出現させることはできません!」

本来『クリスタル・ミラージュ』の能力は防御なのだ。結界は中距離まで出現させることができるとはいえ、動いているものに対して使用することには向いていない。出現させる場所を少しでも間違えれば康一君まで切断しかねない。

マズイ。何に反応しているかは分からないが、爆弾はガリガリと康一君の頭を削って今にも爆発しそうだ。

「康一君。動くなよ。」

そう言って承太郎さんが出現させたのは彼のスタンド、『スタープラチナ』。それは素早く正確な動きで康一君の頭に張り付いた爆弾だけを殴り飛ばした。
そのまま『スタープラチナ』は爆弾を破壊するために凄まじいパワーのラッシュを叩き込む。


「……無傷!?」

ありえない。スタープラチナのラッシュを食らって無傷だなんて。

「承太郎さん!爆発するっ!!」

「やれやれ、仕方ないな。『スタープラチナ・ザ・ワールド』!!」

気が付いた時には爆弾は壁の方へ吹っ飛ばされていた。

「い、今、何が……!?」

スタープラチナと爆弾だけ一瞬のうちに別の場所に移動したかのように思えたが。

「承太郎さんのスタープラチナは『時を止められる』んだよ!」

康一君から聞いた事実に驚愕する。今の違和感はそれだったのか。しかしただでさえ驚異的な強さを誇るスタープラチナはまさか時間をも止めることができるとは。
スタープラチナ恐るべしである。


『オイ コッチヲミロヨ』


「え!?」
再び爆弾は私たちの方へ向かってきたのだ。それには傷一つついていない。

「そんなっ!スタープラチナのパワーでも…!」

「康一君、名前を頼む。二人とも俺からもう少し離れろ。」

そう言って承太郎さんは康一君と私を遠くへ押しやる。
再び叩き込まれるスタープラチナのラッシュ。爆発するギリギリまでラッシュを叩き込んで承太郎さんは壁にそれを叩きつける。

「ぐっ…!」

「承太郎さんっ!!」

ギリギリまで爆弾を引きつけた承太郎さんの手はその爆風でダメージを受ける。
思わず彼の方へ駆け寄ろうとするのを康一君に制される。

「康一君…っ」

「今行っちゃあ駄目だよ!名前さん。
承太郎さん!敵はこれだけのパワーを持っているスタンドです。本体は絶対に近くにいるはずです!」

そういう康一の言葉を承太郎は一蹴する。

「いや。敵は中長距離型のスタンドだ。俺は今まで多くのスタンド使いと戦ってきた。その経験で分かる。近距離型にしては動きが単調すぎる。」

康一はその意見に納得がいかなかったのかムッと顔を顰める。
敵が動き出さないのを確認した私は慌てて承太郎さんの元へ駆け寄る。

「承太郎さん…!手が…っ」

「問題ない。軽傷だ。それよりも油断するなよ。」

爆炎の中から再び私たちに向かってきた爆弾。

「な、なんで…!?」

承太郎さんは私の肩を押して自分の後ろに下げる。

「やれやれ。俺の自信って奴が粉々に砕けそうだぜ。」
そういう割には承太郎さんは余裕の表情だ。これが戦い慣れている者の余裕なのだろうか。

(スタープラチナでも壊れないってなれば、私たちに勝ち目はない…!)


私たちへ向かってくるかと思った爆弾は私たちを無視して何故かすぐ横を通っていった。

「えっ!?」




爆弾が向かった先は____

「見つけた!…けど、あれ?本体は…、そ、外だぁ〜〜〜!?」

「康一君!爆弾がそっちへ行ったぞ!『エコーズ』でガードしろ!」

「ご、ごめんなさい〜!『エコーズは』本体を追跡していて50メートル先なんです〜〜〜っ!!」


爆弾は康一君に向かっている。恐らく『エコーズ』が戻るのは間に合わない。
私は康一君の周りに結界を作るために走りだそうとするが、その前に私の横を走り抜けた人がいた。

「承太郎さんっ!」

「やれやれだぜ。『スタープラチナ・ザ・ワールド』!!」




時が動き出した瞬間、私から見えたのは火に向かっていく爆弾と_____



「______承太郎さんっ!!!」

その爆発に巻き込まれた承太郎さんだった。



____それと同時刻

靴屋から出てくる男がいた。


「何故苗字名前がここに…!?」

それは吉良吉影にとって誤算だった。まさか次の『恋人』に選ぼうと思っていた彼女が自分に探りを入れていた連中の仲間だったなんて。

彼女は自分の名前と顔が一致している。もしも今この手元にあるコートのフダを見られていたとしたら、あっという間に自分まで辿り着かれてしまう。それは吉良が一番避けなければならないことだった。
彼女には悪いがここであの二人の男もろとも『シアーハートアタック』の餌食になってもらうしかない。


「おしいことをしたな。苗字名前……。」


自分と同じような能力を持っている彼女には何か他の女とは違う、運命的なものを感じたのだが。
吉良は振り返ることなく店を後にした。