22.誘惑
後に残ったのは私と承太郎さんだけだ。

「…とりあえず場所を移動するぜ。そろそろ日も暮れる。」

「あの、家に来ませんか…?今日、誰もいないんです……。」

「……てめぇ、自分が何言っているのか分かってんのか」

キョトンとする名前に承太郎はハァとため息をついたのだった。無知な彼女に頭が痛くなる。男の前でそのような台詞を吐くなど誘っているととられてもおかしくない。

確かに自分が宿泊しているホテルには今はジョセフがいるし、喫茶店とかに入っても誰に話を聞かれているか分からない。
そうなると彼女の要求を飲むしかないのであろうことは分かっていたが、如何せん年頃の女しかいない家に行くのはどうなのかと思うのだった。

◇◇◇
通された彼女の部屋は女の子らしく整頓された部屋だった。

「親はどうしたんだ?」

「二人とも結婚記念の旅行中なんです…。承太郎さん、コーヒーでいいですか?」

「…ああ。」

パタパタと一階へと降りていった名前。承太郎は彼女がコーヒーを入れている間ぐるりと部屋を見渡す。
あまり女の部屋をジロジロと見るものではないとは思っているが、特に他にやることもないので仕方がない。

しばらくすると再びパタパタと階段を上ってくる音が聞こえてくる。

「あ、承太郎さん座っていてもらってよかったのに。」

そう言って承太郎を部屋の中心にあるローテーブルの前に座らせる。

「で、俺に何の用だったんだ。」

「え?」

「さっき何か話したそうにしていたじゃねぇか。勘違いだったか?」

指摘するとコーヒーをちびちび啜っていた名前は至極言いにくそうに口ごもる。

「別に笑ったりしねぇ。言ってみな。」

ぶっきら棒だが優しい承太郎の言葉に恐る恐る口を開く。

「…………く…せんか?」

「なんだって?」

ボソボソと小さい声で言った言葉が聞き取れず、承太郎は聞き返す。

「………今日、泊まっていってくれませんか……?」

「………は?」

彼女の衝撃的な言葉にさすがの承太郎も言葉を失う。
女が男を自分の部屋に泊めるという意味をこの女は理解しているのだろうか。
思わず説教の言葉が出そうになるが彼女の不安そうな表情を見てそれを留める。承太郎はまず彼女が何を思ってそうしようと考えたのか聞きだそうと質問する。


「………何故突然そういう話になる?」

「えっと……、情けない話なんですけど、殺人犯がこの町のどこかにいると知ったら急に怖くなっちゃって…。
調度そのタイミングで家に誰もいないのを思い出して…。もしかしたら自分の家の隣に住んでいる人が犯人かもしれない…。
重ちーだって私たちと別れたほんの五分の間に殺されて消された…、自分もそうなるんじゃないかと…不安で、」


身近な者の死を目の当たりにして急に恐ろしくなったということだろう。自分が今巻き込まれ始めている悪夢のような出来事に。
今回狙われたのは重ちーだったが、もしかしたら名前や康一が殺されていてもおかしくはなかった。

誰が死んでも、おかしくはなかったのだ。

しかも相手は顔も名前も分からぬ人間だ。突然襲われでもしたら対処のしようがないのだ。
親がいないので一人になりたくない。彼女の気持ちはわかった。


だが承太郎には一つだけわからないことがあった。

「何故仗助や康一じゃなく俺を呼んだ?奴らならお前が言えば傍にいてくれるだろう。」

そう。別に自分でなくてもよかったのではないか。
名前のことが大好きでたまらないと言った仗助やその友人である康一、億泰なら彼女が頼めば朝まで傍にいてくれただろう。
それに怖いだけなら自分のホテルの部屋に来ればいいだけの話なのだ。あそこにはジョセフも赤ん坊もいる。いざという時役に立つ保証はないが。

今までの彼女の様子からそれをなんとなく察していた承太郎は、次に彼女が言うであろう言葉に耳を塞ぎたい気持ちになる。




「……承太郎さんが、承太郎さんがよかったんです。」
そう言う彼女の目は真っ直ぐにこちらを見据えており真剣そのものだ。

(ああ。この目は____)

「名前、お前のその気持ちは大人に対する憧れを、恋だと勘違いしている。お前はまだ若い。そんなに行き急ぐ必要はねぇだろ。」


そうだ。自分なんぞに思いを寄せても彼女は幸せになれない。自分はいつ死んでもおかしくはないギリギリの状況の中をいつも生きている。
それこそスタンド能力に目覚めて母親を助けるためにエジプトに向かったあの日から。日常を生きる彼女が、生きるか死ぬかの非日常を生きている自分に思いを寄せるなど、あってはならない。


だが彼女の決意は固かった。



「違います!この気持ちに嘘はない…!


____承太郎さん。私はあなたが好きです。どうしようもなく、好きなんですっ!」



頭がガンッと殴られたような衝撃が走る。

信じられない。そんなはずはないと承太郎は懸命にそれを否定する。
相手は自分より一回りも年の離れた小娘だ。そう自分に言い聞かせないと彼女の意志の籠った瞳に持っていかれてしまいそうだった。



「な、に、言ってやがる…。名前、血迷ったこと言ってんじゃあないぜ…。」

口で否定しても身体は肯定していた。



『自分は苗字名前のことが好きだったのだと』



先ほど仗助に感じたのは嫉妬の感情だったのだ。普段の自分なら理由もなくあんなふうに相手を挑発するようなことは言わなかった。
そして事あるごとに傷ついて自分の元を訪れる彼女。
そんな彼女を見ていつしか自分は、自分が彼女を守りたいと思うようになっていた。

だがそんな自分の気持ちを認める間もなく彼女は驚きの行動に出る。


「!!オイっ!何してんだてめぇ…」

「私、承太郎さんになら何をされても構わない。お願いです。承太郎さん。」

セーラー服の上を脱いでブラジャーとスカートだけの姿になった名前は、ベッドの前の座る承太郎の元へふらふらと歩いて行く。そしてピタリとその身体に抱き着いた。



「____好きです」

未だ未完成ながらも徐々に女の身体になりつつあるその身体から目が離せない。ピッタリと自分にくっついたことによって形を変えている膨らみ。そこから感じる柔らかい感触。
今更女の裸の一つや二つで反応する訳がないと思っていた承太郎だがそれは大きな間違いだったらしい。
やはり男はどこまでいっても本能には逆らえないのだ。

承太郎はゴクリとその喉をならす。自分が本気になれば彼女の拘束など簡単に解くことができる。
だがそれができないのは彼の本能が彼女を突き離すことを否定しているからだ。なけなしの理性を振り絞って彼女の細い身体を掻き抱きそうになる己の手を抑える。



「…名前、今ならまだ戻れる。俺から離れろ。」



必死に振り絞った言葉だった。だが彼女はそれを否定する。



「承太郎さん。____抱いて」


その瞬間承太郎の太い腕は名前の細い背中を折れんばかりの勢いで掻き抱いた。