20.日常と忍び寄る影
「名前っ!ほんとーに悪かったよ!謝るっ!」
「フンっ」
「なぁ…頼むよ。これ、俺のお昼やるからさぁ……。」
必死に謝る仗助に差し出されたのは『サンジェルマン』の紙袋。
「えっ!この店売り切れてなかったの!?」
ここのサンドイッチは近所でも評判でお昼時になれば即座に売り切れてしまう程の人気なのだ。
学校から店まではそれなりに距離があり午前の授業が終わった後だと相当に急がないと微妙に間に合わないのだ。
「仗助君ちぃとばかし頑張っちまったもんね〜」
フフンと鼻高々になっている彼は午前の終業後マッハで走って買ってきたのだろう。自分では「俺のお昼」と言っているが仗助がお昼だけのために慌てて走っていく姿は想像できない。
きっと私と仲直りをする為だけに買ってきてくれたのだろう。そんな彼の様子を想像すると思わず笑みがこぼれる。
(素直じゃないところまでそっくりだなぁ。)
「おっ!今笑ったな!!」
「フフッ だって仗助が面白いんだもん。」
「なにおー!」
馬鹿みたいにふざけ合う私たちは道行く人々からは仲の言いカップルにでもみえているのだろうか。
「あっ!もし良ければだけどよぉ、お昼中等部で食べねぇか?」
「え?中等部で?」
「なんでもよぉ、俺の後輩がコーヒー出してくれるみたいでよ。タダだし行こうぜ!」
そう言う仗助の申し出を断る理由もないので二つ返事で頷く。OKをもらえたことがよっぽど嬉しかったのか仗助はニコッと心底嬉しそうに微笑む。
(うあ……っ)
なんともこちらが当てられてしまいそうなフェロモンたっぷりの微笑みだった。高校生にこんなセクシーな表情ができるのか。さすがはジョースター家。
思わず赤くなった顔を隠そうとするが目ざとい仗助は逃がしてはくれない。
「おっ、なになに?ついに仗助君のこと好きになっちゃった?」
「ち、違うよっ馬鹿!」
クルリと後ろを向くが後ろで仗助が勝ち誇った顔をしているのが目に浮かぶ。
「かわい〜!」
「ぎゃあっ!」
後ろから覆いかぶさるように抱き着かれておよそ可愛いとは程遠い悲鳴が口から飛び出す。
「ちょっ…!仗助!はなれて!ここ外だからっ!」
体格の良い仗助に抱き着かれてしまってはこちらは抵抗のしようもない。
「なぁ。俺じゃあダメか…?」
耳元で囁かれた今までとは打って変わって低い声にビクッと身体を竦ませる。
「俺ならお前の気持ちに答えてやれる。ずっとお前の傍にいて守ってやれる。」
「ぁっ…、じょ、すけ…っ」
耳に彼の吐息が当たるほど近い距離に身体が変な風に跳ねてしまう。だが唐突にその拘束は解かれた。
「な〜んてな!俺自分の飯買ってから中等部行くからよぉ。そこで待ち合わせな。」
そう言って走り去っていった彼の後ろ姿を私はただボーっと見つめることしかできなかった。
◇◇◇
仗助が走り去った後近道をしようと通りかかった公園で見覚えのある男を見かける。
(あの人は確か…。)
この前車とぶつかりそうになったときに、車を運転していた男性だ。
名前は確か、
「苗字名前さん…?」
いつの間にかこちらを振り返っていた男性は私の顔を覚えていたらしい。
「あ、えっと…吉良さん…?」
「ああ、覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。その後体の方に不調がでたりしていないかい?」
「は、はい。お陰様で…。」
吉良が持つサンドイッチを見て彼が昼食中であったことを知る。
「あっ、すみません!お昼のところ邪魔してしまって…。」
「いや、いいんだ。よければ君も一緒にどうだい?」
そう言って吉良さんはまるで王子様がお姫様にするかのように私の右手をとる。驚いた私は静かにその手を離す。
「い、いえ…!友達を待たせているので…!失礼します」
慌ててその場を走り去った。
「やはり最高だよ。苗字名前……!」
若くみずみずしい肌。細い腕から伸びる小さい掌。その先の細い指。ピンク色の可愛らしい爪。
どれをとっても最高の逸材だ。
自分の胸ポケットに忍ばせてあった、『恋人』を取り出す。
「……この女ともそろそろ『手』を切るときかな。」
そう言った吉良吉影はその『恋人』をサンドイッチが入っていた紙袋の中へ忍ばせた。