19.承太郎の過去
私は杜王グランドホテルに来ていた。そして『324号室』の前のインターホンを押すか迷いに迷っているところだ。

(電話もかけずに勢いだけで来ちゃったからなあ。忙しいかも…。っていうかいないかも…。)

ここで迷っていてもらちが明かない。女は度胸と自分に言い聞かせて決死の覚悟でインターホンを押す。

「…はいはぁ〜い」

中から聞こえた声はなんだか酷くしわがれている。それに覇気がない。
(承太郎さん風邪でも引いたのかな?)
ガチャリと開いた扉の先にいた人物に私は目が点になる。

「……だれ?」

「おやぁ…。承太郎かと思ったんじゃが…気のせいじゃったわい。」



◇◇◇

どうやら『レッド・ホット・チリペッパー』の件で承太郎さんが呼んだスタンド使いというのが、このジョセフさんだったらしい。そして、

「じゃあジョセフさんは承太郎さんのおじいさまなんですね。で、仗助のおとうさん…。」

ジョースター家、家庭環境、複雑すぎだろう。

「ホッホッホッ〜。いかにもいかにも。それにしても承太郎にこんな若い恋人がいたとはのぉ〜。驚いたわい。」

ジョセフさんの爆弾発言に私の顔は真っ赤に染まる。

「んな!違いますよ!私なんて承太郎さんが研究しているヒトデよりも相手にされていませんよ…。」

あ、なんだこれ。自分で言っていて悲しくなってきた。それよりも会ったときから気になっていたが、

「…その赤ちゃんは?」

ジョセフの膝にいる赤ん坊はスヤスヤと寝息を立てているが、何故か薄く化粧が施されておりサングラスをかけている。

「おお…。そうじゃった。この赤んぼもスタンド使いなんじゃよ。」

「ええ!?こんな赤ちゃんが!?」

「両親を探しているんじゃがな……。今の所音沙汰ないわい。たぶんこの力に驚いた両親が置いて行ってしまったのじゃろうなぁ。」

「…そうなんだ……。」

(こんなに小さいのに)
赤ちゃんのもみじのような手をつんつんと突っつくと、その小さな手でキュッと私の指を握ってきた。

「わっ…!可愛い……」

「こりゃあ驚いたわい。この子はワシ以外の人間に触れられるとストレスからスタンド能力を発動させて周りにあるものをあっという間に透明にしてしまうんじゃ。」

「えっ!?」

「だがお嬢さんに触れられても安心したように寝入っているだけだわい。」

そう言って微笑むジョセフさんは手の中の赤ちゃんをまるで本当の自分の子のように愛おしそうに見ていた。

(あ……。承太郎さんに似ている。)

ジョセフさんの微笑みはそれこそ年齢こそ違うが承太郎さんとの血のつながりを濃く感じられた。

「…お嬢さんは、承太郎のどこが好きになったんだい?」

「えっ!?」

唐突に聞いてきたジョセフさんに声を荒げながらも、目の前の赤ちゃんが寝ているということを思い出し、慌てて口を塞ぐ。

「な…なんでそんな……。」

「お嬢さんの反応をみていれば分かるのさ。今ワシと承太郎を重ねたろう?とても愛おしそうな顔をしておったわい。」

さすがは年の功、私のような小娘の心理など手に取るように分かるということか。

「何、承太郎に話したり無粋なことはせんよ。約束しよう。この年寄りの暇つぶしに付き合ってはくれんかのぉ。」

ジョセフさんには承太郎さんとはまた違った魅力がある。ごく自然に相手の心の中に入ってくるというか、とにかくこの人になら話してもいいかという心理にさせられてしまうのだ。


「……何度も、助けてもらったんです。私が一番辛かった時に、黙って傍にいてくれました。
時々安心させるように抱きしめてくれて、承太郎さんの胸の中にいるととても安心できるんです。
だからこそ時々承太郎さんが私を見るときの切なそうな顔が気になって…。
始めは私が無茶するせいかと思っていたんですけど、私が弱っているときに見せる承太郎さんの表情は私を通してどこか遠くを見ているようで。
その度に『ああ、この人には届かない』って気持ちになるんです…。だってその理由を承太郎さんは絶対に話してくれないから。」


「…そうか。お嬢さんは承太郎に救われたんじゃな。だからこそ承太郎を救いたいと思っておる。」

見上げたジョセフさんの表情は承太郎さんと同じ、どこか遠くを見ていた。まるで遠い昔を思い出すかのような…。

「お嬢さんはな、似ているんじゃよ。
10年前に失ったワシらの仲間に。最も顔とかそういう話ではない。他人の為に自分が犠牲になっても構わない、そういう雰囲気がよく似ている…。」

「え…?その仲間っているのは…?」

「順を追って話そうかのぉ。」


◇◇◇
時は100年前にさかのぼる。ジョースター家と因縁深い男DIOという男がいた。
奴はその力でワシの祖父ジョナサン・ジョースターの肉体を奪った。100年間そのまま海底で眠っていたのだが、それを引き上げてしまった人間がいた。
目覚めたDIOはスタンド能力を身に着けた。ジョナサンの肉体を持つDIOに呼応するように我々ジョースター家の人間にも次々とスタンド能力が発現し始めた。
ワシも承太郎も仗助も恐らくこの時一斉に能力に目ざめている。だが一人だけ適応できないものがいた。
それが承太郎の母、ホリィじゃ。ホリィは平和な性格での、間違っても人と争うことなどできるような性格ではなかった。だがスタンドの原動力は闘争心、何かを守りたいと思う強い思い。スタンドを制することができなければ逆にスタンドに飲み込まれてしまう。

ホリィを助けるためにはDIOを倒すしかない。そのためにワシらはエジプトに向かった。

◇◇◇

「道中6人の仲間に出会った。だが無事に帰ってくることができたのはワシと承太郎を含めた3人だけ。
ワシらはかけがえのない者を救うために、かけがえのないものを失った。それはもう二度と戻らないものじゃ…。」

「………だから、だから承太郎さんはDIOのような邪悪なスタンド使いがこれ以上この世に生まれないように、」

「そうじゃな、あの出来事で失ったのはワシらだけではない。それこそ数多くの人間が色々なものを失った。
だからこそ、二度とあのようなことを起こさないためにもそれを生み出す恐れのある『弓』と『矢』は破壊せねばならない…!」

承太郎さんが傷ついた私を見るとき一瞬見せる切なそうな表情。気のせいとも思えるほどの一瞬のそれは、確かに存在した。そしてその度に彼は思いだしていたのだ



二度と戻らない仲間の存在を。


「お嬢さん、いや、名前さん。承太郎は気難しい男じゃ。自分の感情をあまり表に出さない癖に、相手にはそれを察してほしいと思っておる。
だが、困っている人間がいたらすぐにそこへすっとんでいくような正義感の強い、優しい男じゃ。前妻とはそれが原因で話がこじれて上手くいかなかった。
だが、承太郎と同じ力を持ち、奴の分かりにくい表情を読んだお嬢さんなら、もしかするともしかするかもしれん。
どうか、承太郎の傍に居てやってほしいのじゃ。」


真摯なジョセフさんの言葉に揺れ動いていた私の気持ちにも整理がついた。もしかしたら私が傍にいることで承太郎さんは過去を思い出し苦しむかもしれない。
それでも、

「私、承太郎さんが好きです。彼がなんと言おうとついていきます。」
私の心は決まっていた。


◇◇◇

「帰ったぜ…………って、なんでてめえがここにいる。」
部屋の扉を開けて帰ってきたのは相変わらず白いコートに身を包んだ承太郎さんだった。

「おお、承太郎。調度今名前さんとお茶しておってのぉ…。」

「っ承太郎さん!!」
彼の姿を見た途端堪らない気持ちになり彼に飛びつく。
ジョセフさんも見ているがそんなの気にならなかった。自分の胸に飛び込んできた名前を承太郎は軽々と受け止める。


「お、オイ。一体何だってんだ。また何かあったのか?」

流石にいきなり抱き着かれるとは思っていなかったのか珍しく承太郎は狼藉する。
そんな彼の問いに私は首を横に振ってより一層彼の胸に顔を埋めた。


「……やれやれだぜ」
呆れたように言った承太郎だがそれでも彼女の手をはずそうとはせず、彼女の後頭部に己の手を当ててポンポンと優しく撫ぜた。

その様子をジョセフといつの間にか起きていた赤ん坊だけが、ほほえましいものを見るかのようにジィっと見つめているのだった。