17.この町の真実
『ドゥ・マゴ』を出て家に帰ろうとしたら何故か露伴先生に誘拐された。
あまりお近づきになりたくなかったので丁寧に『岸辺さん』と呼ばせて頂いていたら「露伴先生だろ!僕は君の恋の先生だぞ!!」と訳のわからないことを言われてドン引きした。
「露伴先生?」
「なんだ。」
「私、もう帰ってもいいですか?」
私は漫画の題材探しだと言って露伴先生に無理やり町中を引き連れられていた。
彼曰く「どうせ暇なんだろ。空条承太郎を落としたいならもっと自分を磨け。」とのことだ。引きこもってないで自分から外に出なければチャンスだってやってこないということだろうか。
いや、ただこの人の暇つぶしに付き合わされているだけだろう。
その露伴先生と言えばオーソン前の町内地図をただじぃっと見つめているだけでそこから微動だにしない。一体その地図に何があるというのか。
暇で面白味もない見慣れた景色をキョロキョロと見ていると、その中に見慣れた顔があることに気がつく。
「あっ。康一君!」
「名前さん!偶然だね……って!岸辺露伴っ!?なんで彼女と一緒に…!?」
「おいおい。そんなに身構えないでくれよ。もう君たちに危害を加えたりはしないさ。
それに彼女に何かしたらあの恐ろしい東方仗助が黙ってないだろうしね。」
「………まぁ確かに。名前さんにまた何かしたら今度は半殺しじゃあすまないでしょうね。」
「……君は見かけによらず恐ろしいことを言うな。」
「…………あの、二人ともそのくらいで……。」
こっ恥ずかしい話を本人抜きでしないで頂きたい。
「そうそう、今彼女と一緒に僕が4歳くらいのときに住んでいた場所を探していたんだよ。」
初耳なんですが。
もはや突っ込む気力もない。
「この町内地図なんだがどうも奇妙だと思わないかい?」
「奇妙?」
「ソバ屋『有す川』、薬屋『ドラッグのキサラ』、コンビニ『オーソン』と店は続いている。」
露伴先生が指さす実際の地形と町内地図を見比べてみる。
「あっ!!」
「地図に書かれていない道がありますね。あのコンビニ結構寄るのに全然気がつかなかった。」
「……どこに行くと思う、あの道?」
◇◇◇
そして私と康一君は露伴先生のわがままに逆らえるはずもなくその小道へと入っていった。
なんとなくだがこの面子、嫌な予感しかしない。
その露伴先生と言えば「全くこの地図ムカつくな。すごくいい加減だ」と大変ご立腹な様子だ。
だけど可笑しい。昼間とは言えこの辺りの家からは全く人の気配がしない。先に進もうと私たちはポストの曲がり角を曲がる。
「あれ?このポスト、さっきこの道通りませんでした?」
康一君の言葉に私と露伴先生も顔を見合わせる。
まさか。そんなことありえない。きっと勘違いだろうと私たちは思うことにしてさらに先に進む。
その先にあったのは、
「な、なんで…っ!?またポスト!?」
「……………露伴先生、私用事を思い出したので帰りますね。」
やっぱりこの面子でこんな怪しい場所くるものじゃなかった。足早に元来た道を戻ろうとするが、向こうから猛烈な勢いで走ってきた物体に思い切りぶつかる。
「いたっ!」
「ぎゃあっ!…ッてなんで前から名前さんが!?僕名前さんの後を追って大通りの道を目指していたはずなのに…!」
ぶつかったものの正体は康一君だった。
「なにかのスタンド攻撃を受けているかもしれないな。」
「あっ!露伴先生…!」
「やっぱり同じ場所をグルグル回っている…!」
私たちは冷や汗をかきながらお互いに顔を見合わせる。露伴先生の言う通り、スタンド攻撃だとしたら本体を見つけ出すのが一番手っ取り早い。
焦る気持ちを抑えつつ何か打開策はないものかとお互い話していると、そこに鈴のなるような声が響く。
「あなたたち、道に迷ったの?」
そこに立っていたのは今まで確かにいなかった。美少女と形容してもおかしくない程の可愛らしい女の子だった。
「『ヘブンズ・ドアー』っ!!」
その少女に向かっていきなりスタンド攻撃を繰り出した露伴先生。
「ああ!いきなり何するんですか!?」
私は倒れて気を失っている女の子の元へ行き外傷がないか確かめる。
「スタンド使いかもしれないだろ?先手必勝さ。」
それにしたっていきなり攻撃するとは一体どういう神経をしているのか。勿論女の子がスタンド使いではないことが分かるとすぐに元に戻した。
「案内してあげようか?この辺似たような路地がおおいのよ。」
何事もなかったかのように話し始める彼女に改めて『ヘブンズ・ドアー』の能力の恐ろしさを実感する。
彼の能力で目の前の彼女に害がないということは分かっているからそのままついていくことにする。
「食べる?」
私を含め三人共このような奇妙な状況でものを食べるような気には慣れなかったので、女の子の申し出を断る。
「じゃああなた、試しにそっちの端を持ってみて。」
指を指された私は疑問マークを浮かべながら彼女の指すポッキーの端を持つ。そのポッキーは彼女が軽く力を入れるとあっけなく折れてしまった。
「あなた、もう少し自分から積極的にならないと好きな人は捕まえられないわよ。」
その言葉に私はドキッとする。
「なんだそれは。」
何も言わない私の変わりに露伴先生が尋ねる。
「ポッキー占いよ。折れた感じで占うの。
あなた、自分に自信がない、自分なんかがと思っているわね?もっと自分に自信を持っていいと思うわ。だってあなた、十分可愛いもの。」
「は、はぁ……」
同性にしかもこんなに美少女からお褒めの言葉を頂いて恥ずかしいやら、みじめな気持ちやらで顔が赤くなる。一体なんだというのだ。この女の子は何者なのだ。
そしてその子はある一軒の家の前で立ち止まる。
「この家ね、15年前に殺人事件があったの。
その日の世中ね、女の子が自分の寝室で寝ていると両親の部屋から『ピチャ ピチャ』って音が聞こえてくるんですって。でも女の子は平気だった。何故なら愛犬アーノルドがベッドの下にいてくれるから。」
突然始まった女の子の怖い話。殺人事件、ベッドの下というキーワードを聞いて嫌なオチしか浮かんでこない。
「ついに女の子は勇気を出して両親の部屋へ行ってみることにしたの。そして女の子は恐怖したわ。
『ピチャ ピチャ』っていう音は愛犬アーノルドから滴る血の音だったの。
____じゃあベッドの下で彼女の手を舐めたのは?
その時ベッドの下から声がしたわ。『お嬢ちゃんの手すべすべしていて可愛いね』」
「……っ!」
少女の鬼気迫る迫真の話に息がつまりそうになる。
「そしてその女の子も殺されたのよー!!」
「「ぎゃああああああああああ!!」」
私と康一君はほぼ同時に叫んだかと思うと露伴先生の身体に必死にしがみつく。
「な、なんなんだ!君たちはっ!離れろ!!」
「だだだだだってぇええぇ」
怖い話がまるで駄目な私は完全にパニックだ。どうやら康一君も同じだったらしい。
『ピチャ ピチャ』
少女の話があまりにもリアルすぎて幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか。
だが露伴先生と康一君は後ろを向いたまま目を見開いて微動だにしない。
見てはいけないと分かっていながらも、見なければならないという思いもありそちらをゆっくりと振り向く。
◇◇◇
深く首が切れて血が滴っている犬、アーノルドを見たときはそりゃあぶったまげたがなんかもう一度に色々なことが起こりすぎて良く分からなくなってきた。
少女の名前は鈴美というらしい。
先ほどの話に出てくる少女とは目の前にいる彼女の話だったということで。目の前にいる彼女は15年前に死んだ幽霊だということで。
「幽霊!?…に見えない。透けてないし。スタンドの方がよっぽど幽霊っぽい。」
色々なことが起こりすぎてキャパシティーオーバーになっていた私は、目の前の彼女が幽霊だと知ってもたいして怖くなかった。
「フフっ!あなた達妙な能力を持っているわね…。スタンドって言うの?そのせいでまぎれこんじゃったのかしらね。
安心して。ここから出る方法は教えるわ。話が終わったらだけど。」
「話…ですか?」
言ってしまえば死者である彼女が私たちに一体なんの話があるというのだろう。私たち三人は何を言われるのか身構えてゴクリと喉を鳴らす。
「15年前の犯人、まだ捕まっていないのよ。
この『杜王町』のどこかにいるわ。奴はこの町に溶け込んでいるのよ。捕まえてくれ、とは言わないわ。ただ誰かに知らせてくれれば…。」
「おいおい、何故僕らがそんなことしなくちゃならないんだ?君に一体なんの義理があるっていうんだ?」
露伴の言葉を聞いた少女は酷く傷ついたような表情をする。
「露伴先生!そんな言い方ないと思います…!」
「良い子ぶるなよ名前…。僕はただ冷静な意見を言いたいだけさ。」
「……あなた、この町の少年少女の行方不明者の数、知っている…?」
行方不明者の数。確か承太郎さんが言っていた。この町の行方不明者の数は全国平均と比べても異常な数値だと。
「ひっそりと殺されているの。ヤツの仕業だわ…!」
玲美さんの言葉に驚きを隠せない。まさか、そんな普通の人間が警察に掴まることもなく15年間も殺人を行い続けることが可能なのだろうか。
「ここの上空を殺された人の魂が飛んでいくからよ!!これと同じ傷を負って!!」
玲美さんが見せた背中には深く、深くえぐられた傷痕が残っていた。これが彼女を絶命させた傷なのだろう。凄惨な傷口に私は思わず口元を抑える。
「む…惨い…。」
「…………」
康一君も露伴先生も言葉がでないようだった。
「あたしが育った思い出の杜王町で、15年にわたって殺人が行われている……。今も誰かが狙われているわ。」
『あなたたち生きている人間が町の誇りと平和を取り戻さなければ、一体だれが取り戻すってのよっ!!』
彼女は町のため、生きている人間のために15年間、孤独に一人で戦い続けてきたのだ。
泣きながら叫んだ鈴美さんの言葉は私たちの胸に確かに突き刺さった。