15.仗助の気持ち
「お、おかしい。明らかにおかしい…!」

名前は体重計の前に驚きを隠せなかった。何故ならそのメモリが現す数字が昨日までと比べて10kg以上少なくなっていたからだ。
ダイエット成功!イエーイ!ってレベルではない程だ。

「体重計壊れているのかな?」

何度も確認するがそんな様子はない。だったら何故こんなことに、そう考えたときに思い浮かぶ答えは一つしかなかった。

「スタンド攻撃を受けた…?」

だがいつ?
今日した特別なことと言えば、あの『ピンクダークの少年』の作者、岸辺露伴の家に行ったことくらいだ。
しかしあそこでは仕事場を見学させてもらっただけで別段変わったことはなかった。ますます謎は深まるばかりだ。
だとすれば自分が気がつかないうちに攻撃されていたのだろう。
さすがにこのままにしておく訳にもいかないので誰かに相談しようと電話を手にする。

「仗助君…は気まずいなぁ。承太郎さんにかけてみようかな……。」

だが電話を手にして立ちすくむ。

「………?何を電話するんだっけ?」

何かしなければいけないことがある気がするが思い出せない。
思い出せないということは大したことはないのだろう。結局私はそのままベッドに横になったのだった。

___次の日。

私と康一君は学校に向かう途中でばったりと出くわす。

「あ、康一君。おはよー。偶然だね。」

「名前さん、おはよう。昨日からばったり出くわす確率が高いね。何かあるのかな?」

ハハハと笑いながら一緒に登校する私たち。
いや、登校しているはずだった。


「ね、ねぇ。康一君。露伴先生の家に用事でもあるの?なんでこっちに向かっているの…?」

「な、ないよ!学校に行かなきゃいけないはずなのに、名前さんこそなんで露伴先生の家に向かっているのさ…!」

お互い学校に行かなければという気持ちがあるのに足は岸辺露伴の家に向かっている。
結局彼の家の前に来てしまった。その玄関のドアは私たちを招き入れるかのように開いている。

「ねぇ…そろそろ8時になるよ。学校行かないと遅刻だよ…。」

「僕も分かっているんだけど…。やばいよなぁ…。早く学校行かないと…。」

口では言いながも足は何故か止まらない。
誰かに操られているようでもあるが、自分はそれを受け入れている。なんとも不思議な感覚だった。


それを遠くから見ている男が二人いた。

「康一に…一緒にいたのは名前?何か二人してフラフラ歩いていると思ったらよぉ。見たか、億泰。」

「ああ。見たぜ。仗助よぉ。誰んちだ?あそこは。」

調度二人で登校していたら少し前方に康一と名前が二人で歩いているのをみかけた。
フラフラしているので可笑しいなと思っていたら、学校とはまるっきり反対方向へ歩いて行くではないか。さすがに放っておけなかったので後を追ってみたらここに辿り着いたという訳だ。


「ところでよぉ〜、仗助。さっき声かければよかったじゃねぇか。
お前最近名前に対してやけによそよそしくないか?
俺バカだからよくわからんけどよぉ〜。お前の様子が変ってのはなんとなく分かるぜ。」

「………それは」

億泰の台詞に言葉を詰まらせる仗助。
間田のことがあってから名前とはほとんど話をしていない。
いや、正確には名前を間田から助けた時からだ。間田に殴られて気絶した彼女を見たときはそうとう肝が冷えた。
所々にある怪我をクレイジー・ダイヤモンドで治して彼女を安全なところに移動させようとしたところ。彼女は確かに呟いたのだ。

『承太郎さん』と。

その時は彼女も意識朦朧としていたし、背格好が似ている自分を承太郎と間違えただけなのだろうと思いこむことにした。
だがその後、ホテルでの出来事を見て仗助は己が危惧していたことが事実であったのだと痛感することになる。
仗助と康一がコンビニから帰ってきた後、杜王グランドホテルの承太郎の宿泊している部屋に戻ってきた彼が目にしたものは、ベッドの上で抱き合う承太郎と名前だった。承太郎は入り口に背を向けていたので表情までは分からなかったが、彼女の表情を見た瞬間仗助の中でとても言い表すことのできない不快なものが湧き上がってくるのを感じた。
それは自分の前では絶対に見せたことのない表情だった。
心の底から承太郎のことを信じており、抱きしめられているのが幸せでたまらないという彼女の顔。


承太郎のことが好きだと、嫌というほど伝わってきた___




そんな彼女の気持ちに耐えることができず、ここ数日は半ば避けるような形で距離をとってしまっていた。
その度感じる彼女の悲しそうな瞳に胸が痛みながらも、仗助は避けることを止めることができなかった。それは仗助自身が己の気持ちを認めることができないからだった。
だがそろそろそれも限界だろう。これ以上は彼女だけでなく自分や周りの人間も傷つける。


認めなければならないことは自分が一番よくわかっていた。


「なんでもねぇよ。行くぜ。億泰。」

そう言って二人は誰のものかもわからぬ家へと向かっていった。



「これはすごい!すごいぞぉ!!アイデアが溢れて止まらない!!やはり君たちは最高だ!」

ここに来て全て思い出した。岸辺露伴はスタンド使い。彼のスタンドは『ヘブンズ・ドアー』
自分の漫画を見せた相手を本にしてその人の記憶やいままでの人生を読むことができる。
またそのページの一部に書き込んだ命令には必ず従わねばならない拘束力がある。
そして私たちは昨日の時点で『岸辺露伴を攻撃することはできない』と書き込まれていた。
昨日承太郎さんに電話しようとしたのも結果的にはその命令に反することになるため私は丸々記憶を失ってしまったのだ。

私と康一君はさらに何枚かページを破かれて立つ力すら失っていた。

「なんでここに東方仗助と虹村億泰が向かってくるんだ。君たち二人は僕のことを話せるはずはないしな…。」

窓の方を見て驚愕する。確かに露伴の言う通りそこには仗助と億泰君がいた。
まさか二人ともこの異常な事態を察知して助けに来てくれたのだろうか。

「じょ、仗助君に…助けを求めなくちゃ……。」

「こ、康一君……」

康一君は必死に玄関の方まで這いずっていく。私はすでに何ページが破かれていて全く自分の身体を動かすことができなかった。
しかも不思議なことに露伴は助けを求めようとする康一君を無視して漫画を描き続けている。
ここからは見えないが何やら康一君と仗助が話している声が聞こえる。それでも露伴は漫画を描き続けている。

「なんでそんなに余裕なの…?例え康一君があなたについて話せないって言っても、康一君のあの異常な状態を仗助が見たら何かを察っして彼は乗り込んでくるわ…。」

露伴は漫画を描く手は止めず、私の言葉を一蹴するかのように笑った。

「ハッ!僕の『ヘブンズ・ドアー』の能力を舐めてもらっては困るな。そんなことは織り込み済さ。」

露伴の言葉を裏付けるように玄関の方から「違う!そうじゃなくて!何で仗助君を前にすると言えないんだよっ!」と言う悲痛な叫びが聞こえてくる。

「ほらね。」

「っ…!」

この男の能力は無敵ではないのか。どうあがいても勝てるすべが見つからない。絶望しかけたその時、


「康一君、君は一体何をしてきた…?誰かがこの家に入ってきている!!」

「…え?」

ガラッと調度露伴の横に位置する窓が開いた。そこから部屋へ足を踏み入れようとしていたのは

「「億泰君っ!」」

「…偶然悟られてしまったようだな。康一君、君の手の傷が異常事態の合図になってしまっていたようだな。」

露伴の言葉に康一君の手を見ると、そこは結構パックリと切れていて血を流していた。

「全然痛くなかったから気が付かなかった…。」

「ところで…、虹村億泰君。
君のスタンド名は『ザ・ハンド』
君は死んだ兄にコンプレックスを抱いていて、何かを決断するときいつも『こんな時兄貴がいればな〜』と思っている。」

自分とその周りの親しい人間しか知りえない情報をズバリと言い当てられて億泰君は驚愕している。

「お、オイ。康一、名前!コイツのスタンドの能力は一体なんなんだよっ!」

「お、億泰君…。」

勿論その問いに答えることはできない。それができたらここまで追い込まれることはなかっただろう。

「億泰君、君に興味はなかったがこの家にきちまったものは仕方ない。」

そう言った露伴は億泰君に向けて先ほどまで描いていた原稿を見せる。突然目の前に出された紙を億泰は無意識で目で追ってしまう。次の瞬間には彼の身体も私たちと同様ペラペラの本になってしまった。

「ああ〜!億泰君!!」

そして露伴は部屋の扉の方を振り向いて口を開いた。

「東方仗助…。そこにいるな?出て来いよ。友達を燃やされたくはないだろう?」

すると突然億泰は自らのライターで自分を燃やそうとし始める。

「おぉおおおぉおお!?なんだ!?なんだこれは!?」

「ハハハっ!億泰君、君の身体にはすでに書き込んでおいたのさ。『東方仗助が岸辺露伴を困らせたとき私は焼身自殺をします』とね!!」

そう言っている間にも億泰は自らの身体に火をつけそうだ。咄嗟に私は億泰君の腕に抱き着き、彼の動きを止めようとする。

「億泰君っ!だめっ…!」

「んなこと言ってもよぉ!身体が勝手に動いちまうんだよ!!」

「今の君らはよく燃えるだろうぜ。さぁ、東方仗助!出てこないとお前の友達は焼身自殺しちまうぜ。」

「仗助!出てきちゃダメ!逃げて!!」

私の言うことを無視して仗助は扉の影から姿を現す。その目は原稿を見ないためにしっかりと閉じられていた。だがこれでは彼が戦えないではないか。

「仗助…っ!」

「名前。それは無理ってもんだぜ。お前と距離を置いて忘れようと思ったけどやっぱ駄目だ。


____好きな女がピンチなのに助けに行かねぇのは男じゃあないっしょ。」



「……え?」

仗助の言葉に全員の時が止まる。
一番に反応したのは露伴だった。


「ハハハハッ!これは面白い!三角関係ってやつか。実際見るのは初めてだな。仗助、やはりお前も本にしてやる。これは面白い漫画か描けるぞぉ!!」

仗助は目を閉じたまま露伴に突っ込んでくる。
このままある程度の距離まで接近したら『クレイジー・ダイヤモンド』を叩き込む気だろう。だが露伴は特に焦ることもなく口を開く。

「『君のそのヘアスタイル笑っちまうぞ!仗助!20〜30年前の古臭いセンスなんじゃないのぉ〜!』かな?」

仗助のヘアスタイルを馬鹿にした露伴の言葉に私たち三人はサァっと青ざめる。

「仗助っ挑発だよ!目を開けちゃだめっ!」

私は声をかけるがプッツンした仗助にその声が届くはずもなく、彼はあっさりと目を見開いて露伴の方を見据えていた。
だが可笑しいのだ。確かにいま仗助は露伴が手にしている原稿の目の前にいる。それなのに本にならない。

「プギャア!」

バキイイイィと物凄い音がしたかと思うと次の瞬間には『クレイジー・ダイヤモンド』の拳は露伴の顔面に叩き込まれていた。

「てめぇどこに行きやがったー!!!出てきやがれコラァ!!」

手当たり次第に周りのものを破壊する仗助に、私たち三人は彼があまりの怒り状態で何も見えていないことを理解する。
まさかそこまでの怒り方だったとは。私も康一君も知らなかった仗助のプッツン度は露伴の『ヘブンズ・ドアー』でも見破ることはできなかったのだろう。

スタンド使いである露伴がダメージを負ったことで私たちの身体も元に戻る。
だが仗助の怒りはまだ収まっていないようで瓦礫の下に埋もれた露伴を未だ探しているようだ


「それにしても仗助君が最近名前さんを避けていたのにはそんな理由が…。僕驚いちゃったよ…。」

仗助のプッツンでうやむやになっていたが、確かに私は告白まがいのものを受けたような気がする。真剣な表情の仗助を思い出し思わず顔を赤らめる。

「くぅう〜〜!なんで康一と仗助ばっかり〜〜!俺だって、俺だってなぁ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ億泰君!それに名前さんはたぶん、承太郎さんのことが…、あっ」


康一は自分の失言に気が付いたのかパッと口を塞ぐ。だが当の本人である彼女は先ほどの仗助の情熱的なラブコールに気をとられていてそれどころではなかったのだった。