14.岸辺露伴、登場
後から康一君と億泰君に聞いた話だが『レッド・ホット・チリペッパー』の本体である音石明は無事に捕まえて、承太郎さんが刑務所に放り込んだらしい。
『弓』と『矢』は無事に回収できたらしいが既に音石はそれを何度か使用したということだった。
つまり、この町にはまだ把握し切れていないスタンド使いが何人か存在するということだ。
新たにスタンド使いになった人間たちが悪さをしたり、操作方法を誤って暴走する可能性もなくはない。
そのため承太郎さんはまだアメリカには帰国せずしばらくこの町に滞在するようだ。

大手を上げて喜べる状況でないのは分かっているが、私としてはまだ彼の傍にいることができるということでそれは最高に嬉しい。
だが仗助との関係は未だギクシャクしたままだ。何度か原因を問いただそうと学校でアタックしているのだが、彼は余程勘が鋭いのか私が話しかけようとした瞬間にはすでに教室にはいないことが多々ある。

結局何とかしたいと思いつつも数日が経過していた。


「『ピンクダークの少年』?そりゃあ有名だもん。持ってないけど友達に借りて読んだよ。
って、何でアンタが康一君と一緒にいるの?間田センパイ。私たちに何したか忘れちゃったの?」

家に帰ろうとしたときに康一君と何故一緒に歩いている間田にバッタリと出くわした。
康一君は私に『ピンクダークの少年』という現在週間少年ジャ○プで連載中の人気作品のことを興奮した様子で聞いてくるが、私としてはそれどころではない。
何故あの間田も一緒に、しかも康一君は嬉々とした様子で話しているのか疑問で仕方なかった。

「ま、まぁまぁ苗字さん…。この前のことは全面的に僕が悪かった。謝るよ…。」

シュンとうなだれる間田は本気であの出来事を後悔しているようで、なんとなくもう自分のスタンドを悪用することはないのではないかと感じさせる。
ハァとため息をついた私は間田の前に手を差し出す。

「…もうスタンドを悪用しないでね。」

「も、勿論だよ!」

間田もそれに答えてお互い握手をした。

「名前さん!それどころじゃあないんだよ!その『ピンクダークの少年』の作者、『岸辺露伴』がなんとこの杜王町に住んでいるんだって!」

康一君はその『岸辺露伴』のかなりのファンらしく興奮した様子で話している。

「そうそう!今からその露伴先生にサインをもらいに行こうって康一君と話していたところなんだ!苗字さんも一緒にどう…?」

「サインもらいに行くって…。家が分かるの?」

「実は不動産屋が話しているのをチラッと聞いちゃったんだ!こんな機会、二度とないぜ!」

興奮したように話す間田もその露伴先生のファンなのだろう。

「でも私、漫画だって友達に借りて読んだだけだし、ジャ○プ買って毎週呼んでいる訳でもないしそんなのが行って逆に失礼にならないかなぁ?」

「そんなの関係ないよ!名前さんだってあの『ピンクダークの少年』を書いている露伴先生がどんな人なのか気になるでしょう!」

「ま、まぁ。気になるっていえば気になるけど…。」

「決まりだね!じゃあ早速行こうっ」

今にも駆けだして行きそうな程上機嫌な二人を追って私も後に続くことになったのだ。



「でっけぇ家だなー。さすが人気漫画家。」

「で、どうやってサインもらうの?まさかチャイム押してサイン下さいって言う気なの?」

「さすがにそんな図々しいことできないさ。そこで康一君、上級生命令だ。インターホンを押してくれたまえ。」

「えー!?僕ですかぁ!?ずるいなぁ、間田さん…」

私がもし露伴先生の立場だったら突然自宅に押しかけてくるばかりか、ファンだから会いたい、サインをもらいたいなどと言う無礼者がいたら迷わず叩き返すだろう。
だがその予想に反して突如として玄関の扉は開かれた。突然現れた男に尋ねてきたのはこちらだと言うのに驚いてしまう。

(この人が岸辺露伴?)

彼の第一印象は良い意味で漫画家っぽくない人だった。
私の持つ漫画家のイメージと言えば、ほとんど家から出ずにいるせいで青っ白い肌をしていて、徹夜のせいで絶えず目の下にクマがあり、体系はガリガリに細いか太いかのどちらかだと思っていた。
目の前にいる露伴先生は線こそは細いものの程よく筋肉がついておりとても漫画家には見えなかった。
だがその奇抜な髪型と服装は何となく彼がただ者ではないであろうことが想像だにできた。
康一君と間田センパイのキラキラした瞳からして、この人が本物の露伴先生であることは間違いないのだろう。

「なんだい君たちは。僕の家になにか用か?イタズラか?」

「ぼ、僕たち露伴先生の漫画『ピンクダークの少年』の大ファンで…!」

「ファン?僕の?」

「はいっ!」

「そうか…僕のファン。だったら波長があうかもしれないな。
良かったら仕事場を見学していくかい?調度今原稿が終わった所なんだ。」

「ええ!?本当ですか!?是非見学させてもらいたいです!!」

話がいつの間にかとんとん拍子に進み岸辺露伴の自宅に招かれることになった。
私は二人程熱心なファンという訳でもないが、プロの生の原稿や色紙を前にして結局彼らと共にキャアキャアと騒いでいた。
興奮して騒ぐ私たちをわき目に露伴先生は「紅茶を入れてくるからくつろいでいてくれ」と言って部屋から出て行ってしまった。

「な、なぁ…。これってさっき先生が言っていた、書き上がった原稿なんじゃないか…?」

間田が手にしていたのは大きい茶封筒に入った分厚いもの。少し中を覗いてみると確かにそこには何十枚かの原稿が入っていた。

「さ、流石にまずいよ…。見たいけど…。」

「駄目だよ…。今露伴先生が戻ってきたらどうするの。職場まで見学させてもらっているのに。」

「でもさ、お前らだって見たいだろ?大丈夫だよ。少し見てこっそり戻しておけば分からないって。」

結局私たちも好奇心に負けて間田を強くは止めなかった。
だがこのとき止めておくべきだったのだ。悪いことはしてはいけない。



私たちはそれを身をもって体感することになる。


「こ、これ…!康一君っ」

「うん、うん!すっごい面白い…!止まらない…!」

一度読み始めた原稿を止めることができない。
止めなければ、止めなければと思っても止まらない。
それはこの家の家主が戻ってきても止めることができなかった。


「フフ…。やっぱり君たちは僕の原稿ととても相性がいいようだね…!見てみたまえ!自分の姿を!」

その言葉に自分の腕を見やる。

「ええ!?ほ、本になっている…!?」

「康一君!間田センパイ!この人、スタンド使いだよ!!」

異常な事態に事を理解した私たちは自らのスタンドを出そうとするが足までも本になってしまった私たちはその場に倒れてしまった。
岸辺露伴は康一君の前でしゃがみ込み、本になった彼の顔のページをめくる。


「フンフン、なる程。名前、広瀬康一。極平凡な人生だな…。」

(なんで名前を…?どんなスタンド能力なの…?)

パラパラとめくりながらさして興味もなさそうにしていた露伴だが、突然目を見開いて大声を上げる。


「こ、これは!____君も僕と同じ力を持っていたのか!
それにこの1999年4月からはすごいぞ。『空条承太郎』『東方仗助』『虹村億泰』『小林玉美』『山岸由香子』……」


突然露伴がグリンとこちらに顔を向ける。

「『苗字名前』…。どうやら君もスタンド使いのようだな。」

(な、なんで分かったの…!?あそこに一体何が書かれているっていうの…!?)

私の目の前に来た露伴は同じように私のページをめくり始める。

「やはり1999年…。『矢』に射られて能力に目覚める、か。一体何者なんだ?この『空条承太郎』ってのは?」

露伴がページをめくるごとに自分しか知らない、自分の人生今まであったことが暴かれている。この本には恐らく自分の情報が事細かに記されているのだろう。

「ふぅーん。『空条承太郎』28歳。『星の白金』というスタンドを持つ。ここ数年杜王町に起こっている異変をアメリカから調査しに来た、か。」


まずい、それ以上、それ以上読まれたら___

「ん?何なに?私、苗字名前は『空条承太郎』のことを_____」



ばれてしまう



「ああああっ!!だめ!読まないで!!」

クリスタル・ミラージュを出現させ目の前の男の視界を遮断しようとする。だが何故か私のスタンドは出現しなかった。

「な、なんで…」

「『クリスタル・ミラージュ』能力は全ての攻撃を防ぐ結界を出現させる。物理的なものだけではなく五感全ての感覚を遮断することが可能。
なる程。つまり君の結界は物理的攻撃だけでなく視覚や聴覚、触覚、嗅覚からの攻撃も防げるということか。
大げさな話、今この家が火災や毒ガス攻撃に見舞われたとしても君の結界の中にいれば安全ということか。戦闘向きではないがなかなか便利なスタンドじゃあないか。
良かったよ。君が能力を発現する前にこちらのペースに持ち込むことができて。」


何度も能力を発動しようとしているが何故かスタンドすらも出てこない。
一体どうしたというのか。

「ぼ、僕たちを元に戻してください!」

そう言った康一君は『エコーズ』を出現させる。だがその音による攻撃も露伴に当たることはなかった。

「な、なんでぇー!?」

「ああ。君たちのページの中に『岸辺露伴を攻撃できない』と書き込ませてもらったからね。どんなに頑張っても無駄なのさ。これが僕のスタンド『ヘブンズ・ドアー』の能力!」

それは康一君も間田センパイも同じようであった。同じように間田のページを呼んだ露伴はハァとため息をつく。


「…最低な奴だな。お前のようなキャラクターを出しても読者に好かれる訳がない。」

憧れの先生に吐き捨てるように言われた間田はメソメソと泣いていた。
まぁ、露伴の言うことも分からなくはないが、プライバシーもクソもないその能力の方が最低だと思う。

「康一君、君のような正義感に溢れ特別な力を持つキャラクターは、間違いなく読者からも好かれるよ。是非参考にさせてくれ。
そして苗字名前。一見平凡な女である君が実は特別な力を持っており、叶わぬ恋に身を焦がす…。
それはとても甘美で魅力的だと僕は思うよ。君も是非漫画の参考にさせてもらいたいんだ。」


そう言った露伴は突然私と康一君のページの一部をビリビリと破く。

痛みはなかったが次に目覚めた瞬間には露伴先生のサイン色紙が握らされており、他には何も覚えていなかった。