12.その胸は、まるで海のような
この香り つい最近も嗅いだ気がする。海の香りに少しの紫煙の匂いが混じった酷く安心する香り。

「…っ…。じょう、たろうさ…?」

「ああ。目が覚めたか。全く、てめぇはいつもあぶねぇことに巻き込まれてやがるな。」

見慣れない天井を見てここがどこかのホテルの一室であることを理解する。
承太郎さんがいるということは十中八九、杜王グランドホテルだろう。

私は一体___?
確か気絶する前に殴られて…。

全てを思い出した瞬間一気に覚醒する。

「いっ…!」

勢いに任せて起き上がるが頭がグラリと揺れて視界が安定しなくなる。

「おいっ。まだ起きるな。倒れたときに頭を打っている。医者の見立てでは少し安静にしていればよくなるとのことだ。大人しくしていろ。」

承太郎さんに肩を押されて再びベッドへ横になる。

「…あ、の…承太郎さん。間田は…?」

「間田?ああ。スタンド使いか。たしか…、奴が入院するまでぶん殴っていたな。仗助の奴。
仗助が駅まで気を失ったお前を抱えてきたときはさすがに驚いたぜ。」

「仗助、無事なの…?」

「ピンピンしているぜ。今コンビニで飲み物を買いにいっているが…、」

彼女を振り返って見た承太郎は驚愕する。彼女は何故かベッドに横になったまま静かに涙を流していた。
静かな空間にヒックヒックと彼女の涙声だけが響く。


「……どうした。どこか痛むのか?」

彼女は無言で首を振る。では一体どうしたと言うのか。
承太郎は訳が分からず彼女の横で顔にこそだしていないが狼狽えていた。だがそんな沈黙を破るように名前は話しだす。

「仗助…、死んじゃったかと思ったっ!全然起き上がってこないからっ…、私が、スタンドをまだ上手くコントロールできていないせいで…。よかった…!よかったよぉ…」

顔を覆いながら泣きじゃくる名前。

(ああそうだ。この女は、)

こういう女なのだ。


初めの頃こそ10代という多感な時期に起こりがちな一種の自己犠牲精神だと思っていた。
だが彼女は、赤の他人でも本気で心配し、その命が脅かされそうになれは自分を犠牲にしてでも助けに行く。

そんな人間なのだ。

こういう人間と承太郎は今まで生きてきた中で少なからず出会ったことはある。

それこそ十年前共に戦った、帰ってくることができなかった仲間たち。それを思い出し何とも言えない気持ちになる。



(こういうタイプの人間は長生きしない。)
何故なら他人の為に平気で己の命を差し出すからだ。馬鹿らしい、と思った。もっと賢く生きることはできないのか、と。


____だが、
(嫌いじゃねぇ。)
だから彼女からなんとなく目が離せないのかもしれないな、とフト思った。


「承太郎さん…」

彼女の声に現実に引き戻される。涙で真っ赤に染まった彼女の瞳を見つめて次の言葉を待つ。

「…抱き着いても、いいですか?」

泣いて元々真っ赤だった顔をさらに赤くしながら言う彼女を見た承太郎は帽子の鍔を下げる。
ゆっくりと彼女が横になるベッドに腰かけて両手を広げる。
名前は何とかゆっくりと起き上がり広い大きな胸へとダイブした。


大きくて 温かくて 全てを包み込んでくれる

戸惑いがちに広い背中に少し力を込めると、その大きな手は片手で私を支えてもう一方の手でゆっくりと頭を撫でてくれる。


「…海の匂い」
彼の匂いと力強く鼓動する心音を聞いてスッと涙が引いてくる。


もうしばらくこうしていたい。
そう願ったがそれはノックなしにあけ放たれた部屋の扉により叶わなかった。


「承太郎さん、名前はどうっす、か…」

「ちょっと仗助君!入り口で止まらないでよ。どうしたのさ。そんな顔して…って、うぎゃあああ!おじゃましましたっ」

「えっ!?仗助?康一君?」

「……やれやれ。」


(めんどうくさいことにならなきゃあいいがな。)