永遠に愛す唯一の君へ

4

新学期が始まった。
典明くんは学校にすら姿を現さなかった。
一つぽつんと空いた空席を見て誰もが思うのだろう。

『花京院、風邪でも引いたのか?』と。


__だからこの席がこれから先、二度と埋まることがないのだとは誰もが、
いや、私でさえ思わなかった。



(典明くん、まさか学校まで欠席するなんて…)

歩き慣れた道を一人帰路に向かう。
隣に大好きな彼の姿はない。

典明くんの様子が可笑しいと彼の母親に伝えられてから2日。
私は一度も彼に会えずにいた。
彼の母親に聞けば夜中はしっかりと帰ってきてはいるらしい。
だが彼が一日中、どこでなにをしているのかは全く分からなかった。
正直学校に行けば会えると高を括っていた。
その時にこのおかしな行動の理由を問い詰めようと、彼に言ってしまった言葉を謝ろうと思っていた。

彼の空席を見てなにか嫌なものを感じた私は、今日こそは典明くんに直接会って話を聞こうと決心した。


◇◇◇
(分かってはいたけど、見つかる訳がない…!)

『典明くんなんか、エジプトに行ったまま帰って来なければいいんだ』

__私があんなことを言ったから
典明くんは帰って来ないのだろうか。

ジワリと目元が熱くなる。


その時だった。


「___え?」

あの後ろ姿、緑色の長い学ラン、揺れるさくらんぼのピアス。
凛とした後ろ姿は間違えるはずもない。

私がボーッとしている間にも彼はどんどん歩いて行ってしまう。

「___典明くんッ!!」

口に出した声は思ったよりも大きかった。
その声が届いたのか彼はピタリと足を止める。
だが私の声を無視して再び足を踏み出そうとする。

「典明くん…!どこに行くの……?おうちに、帰ろうよ。そっちは、」

__そっちに行っちゃダメ


私の祈りが通じたのか彼はクルリと振り返る。
ホッとしたのも束の間。
その顔を見た瞬間私は凍り付く。

まるで温度のないような、凍てついた視線___
見た瞬間感じてしまった。

『これは典明くんであって、典明くんではない。』

「の、りあき、くん…?あんた、典明くんをどこにやったの…!?」

目の前の典明くんは無表情のまま口を開く。

「…心外だなぁ、名前。僕は正真正銘『花京院典明』だよ。」

ニコリともしないまま目の前の男は自分が本人であると言い放つ。
違う。
典明くんは、典明くんはこんな顔をしない。

動揺する私の前に『典明くん』はゆっくりと近づいてくる。

「名前、ほら。よく見て。どこからどう見たって、君の幼馴染の『花京院典明』だろう?」

その男は初めてニコリ、と微笑んだ。
確かに、その作られた表情は本物らしかった。
だけど、昔から彼の傍にいた私には分かる。
これは、典明くんではないと、心が叫んでいた。

「典明くん…!エジプトで、何があったの…!?毎日毎日、学校にも来ないで何をしているの…!?」

エジプト、それを言葉にした瞬間彼の表情が再び無に戻る。

「__君には関係ないだろう」

『典明くん』はワザとらしくニヤッと笑いながら私に向けて言い放つ。

「…っ!?」

彼の顔、同じ声であの時と全く同じ台詞を言われたことにとてつもないショックを受ける。
意図せず涙が頬を伝う。

「あぁ。可愛い僕の名前。泣かないで。」

少し冷たい指先を顎にかけて『典明くん』は私の顔を無理やり上に向ける。
すると思い切り口づけた。

「…っ!?や、め…っ!」

力の限り彼の胸を押し返す。
それ程力も込められていなかったこともあり、『典明くん』はあっさりと私から離れていった。
私に突き飛ばされた胸を手でパタパタと払いながら、無表情で口を開く。

「痛いなぁ〜。酷いじゃあないか、名前。」

再び涙がボロボロと溢れる。
唇が触れたことで分かってしまった。

典明くん。

初めてキスをしたときと同じ感触、同じ温度。
目の前のこの人は紛れもなく典明くんなんだ。

「典明くんっ!!どうしたの…っ!?なんで!?
__っ帰って、きてよぉ…!」


「すまないが帰ることはできない。僕は目が覚めたんだ。
あのお方、『DIO様』と出会って自分がいかにちっぽけな存在であるかを思い知った。
『空条承太郎』を殺す、それが今の僕にできる唯一の忠誠だ。」

無表情のまま訳の分からないことを話す彼に縋りつくように訴える。

「なに訳の分からないこと言ってるの!?その人を見つけるために一日中家にも帰らないでいるの!?おばさん、すっごい心配しているんだよ!!」

その時だった。
何かが私の服の上から這いずるように下の方から這い上がってくる感覚。
見えないそれに拘束された私はその場に縫い付けられたように動けなくなってしまう。

「は、ハイエロちゃん……っ」

「名前、僕は急いでいるんだ。君を傷つけたくはない。暫くそこでじっとしていてくれ。」

すると典明くんは動けない私を後目に背を向けて歩き出してしまう。

__典明くんが、行ってしまう。
二度と会えないようなそんな感覚が全身を走り抜けた。
思わず私は叫ぶ。

「典明くんっ!!待ってよっ!!!
っ、わたし…、典明くんに、謝りたいことが……っ!?」

私の言葉までも封じるように見えないハイエロファントが口を押さえつける。
(__のりあき、くん)
ハイエロファントの拘束が解けたときには、すでに彼の姿はどこにもなかった。



フワリと笑うあなたの顔が好きだった。
私の前でしか見せない、照れたようにはにかんだように笑うあなたの顔が好きだった。
真剣な、私を見つめるその目が好きだった。

__典明くん、行かないで