永遠に愛す唯一の君へ

3

結局典明くんとはあの後何の話もすることなく、彼はそのまま家族と共にエジプトへと向かったようだ。
シン、とした彼の部屋を自分の部屋の窓から見て思う。


彼とキスを交わした一瞬のキスは夢のような時間だった。
だから典明くんも私と同じ気持ちでいてくれているものだと思っていたのだ。

だからこそ、あの言葉はショックだった。


あの電話。
何分も部屋に戻ってこないから何かと思い彼の元へと行ってみれば、彼はあまりにも優しい微笑みを電話の向こう側の人へと向けていた。
私以外の人間に。
それだけならあんな心にもない言葉を言い放つことはなかっただろう。

典明くんにとって私とのキスはなんでもないことだった。
私一人勝手に舞い上がっていたのだと思い知らされた。

恥ずかしくて、自分が情けなくて、そしてなにより悲しくて衝動的に酷い言葉で彼を責めてしまった。


きっと典明くんを傷つけた。

電話して今すぐ謝りたい。
しかしこちらから彼に連絡する手段はなかった。

彼が泊まっているホテルからこちらに電話をかけてくれるのを待つしかない。
来るあてのない電話を待ち続けるというのは非常に神経をすり減らした。



結局2週間の間、彼からの連絡が来ることはなかった___


夏休みも終わり間近、今日は典明くんが漸く帰ってくる日だ。

(きっと典明くん、すごく怒っているんだ。だから私に電話もくれなかったんだ。)

兎に角彼に言ってしまった言葉をすぐにでも謝りたい。
そう思って私は彼の家のチャイムを鳴らした。


ガチャリ、と音がして出てきたのは彼の母親だった。
(あれ?)
なんとなく、彼の母親の様子が可笑しいことに気がついた。
彼女は、典明くんにそっくりなその儚げな美しい顔を、何かに思い悩むかのように歪めていた。
私の姿を見るとその暗い表情に無理やり笑みを浮かべる。

「あら…。名前ちゃん…。どうしたの…?」

「あ、あの…。なにかあったんですか…?どこか具合が悪そうですけど…。」

私がそう言うともう耐え切れないといったように彼女は泣きそうな顔で口を開いた。

「…っ、名前ちゃん……っ、典明が…っ、典明が……っ!!」

「お、おばさん…?一体…?」

典明くんの母親の尋常ではない様子に呆然とする。
一体何があったというのか。
詳しい話を聞くために私は花京院家へとお邪魔した。

「おばさん……、一体なにがあったんですか…?」

「…私にも何が何なのか……。良く分かっていないんだけど…。」

その儚げな容姿に似合わずいつも凛としている彼女の様子から想像がつかない程参ってしまっているその姿に、私もゴクリと唾を飲み込む。
言葉に詰まる彼女を落ち着けるためにこちらから切り出す。

「……旅行で、なにかあったんですか?…典明くんに。」

そう言えば彼の姿がどこにも見えない。
始めは私のことを怒っていて姿を見せないのかと思ったが、彼女の様子からするとそういう訳でもないらしい。

「……なんだか、典明が違うのよ。」

「?それは、どういう……?」

彼女の言葉の真意が分からず頭に疑問符を浮かべる。

「変なのよ。旅行の途中から。それまではあの子、名前ちゃんに電話をかけるかかけないかって悩んでいたの。私、その時ウジウジ悩んでいる暇があるなら男らしくビシッと電話の一本くらいかけなさい!って言ってやったのよ…。」

「ハハッ……、」

彼女らしい言葉に思わず苦笑いが漏れる。

「だけど…、カイロに泊まったある夜突然一人でホテルから出て行ったのよ。その時私も旦那も気がつかなくてね。ふと目を覚ましたらあの子がいなくてとても驚いたわ。すぐに旦那を起こしてあの子を探したわ。」

何故そんな夜中に突然典明くんはホテルから出て行ったのか。
典明くんにはハイエロちゃんがいるから心配はないだろうが、それでも彼が自分の両親に不用意に心配をかけさせる行為をするとは思えない。

「ホテルにもいないことが分かっていよいよ警察に電話をしようとした瞬間、なんでもなかったかのようにフラリと戻ってきたの。
でも___、」

彼女は言葉を詰まらせて再びその瞳に涙をためる。
思わず私はその背をさする。

「ごめんね。こんな情けないおばさんで。自分の息子と同い年の女の子に慰めてもらうなんて。」

「…おばさん、典明くんに、一体なにが?」

「そうね。ちゃんと話さなきゃ。と言っても、何がどう変わったって、言葉で言い表せることができる訳じゃあないのよ…。実際うちの旦那は特に何の違和感も持っていないようだったわ。」

確信を持った彼女のまっすぐな瞳が突き刺さる。

「あの夜、典明がどこでなにをしていたのか…。あの子は何も口にしなかった。
でも昨日こっちに戻ってきて私は確信したわ。
あの子を17年育ててきた私にはわかる。
__あれは典明だけど、典明じゃあない……。」


彼女の言葉に私の心臓がドクン、と跳ねた。

「こっちに戻ってきてから、名前ちゃん、あの子に一度も会ってないわよね?」

確信があると言ったその問いに私はコクリと頷く。

「あの子、こっちに戻ってきてからずっとある人を探しているみたいなの。」

「人…ですか?」

「えぇ。何度か聞いてみたんだけど、私には何にも教えてくれなくて。
朝家を出て行ったと思ったら、夜遅くに帰ってくるの。どこでなにをしているのか…。
あの人は仕事柄家にいないから頼りにできないし、私、もうどうしたらいいのか…!」

ついに泣きだしてしまった彼女を慰めるように背中をさする。

「……おばさん、私、とりあえず典明くんに会ってみます。」

「え…?」

「お願いします。一回、自分の目で確かめたいんです。」

「…そうね、一度、あなたにも典明に会ってもらいたいわ。
もしかしたら名前ちゃんになら、あの子も話してくれるかもしれない…。」

「お願い。」そう呟いた彼女の手を私はギュッと握りしめた。

この時私はまだ、気がついていなかった。
事態は私たちが思ったよりも深刻なものであることに___、