永遠に愛す唯一の君へ

1

同じ高校に進級してから約一年が経っていた。
頭の良い典明くんと同じ高校へ進学するのは相当無理をした。
けれど、典明くんがほとんど付きっきりで勉強を見てくれたのでなんとかなったのだ。
そんなある日のこと。

「典明くんっ、ピアス、開けたの!?」

「うん。前からずっとやってみたかったんだよね。ヘン…、かな?」

「ううん、そんなことない!とっても似合ってるよ!」

高校でピアスの穴を空けている生徒はかなり少数派だ。
それこそ世間一般で言う『不良』と言われている人間くらいである。
だからこそ、真面目な彼がしたまさかの行動に周りの人間は驚きを隠せなかった。
特に驚きを示したのは彼の両親だった。
だがその後も特に彼の言動や行動が変わることはなかった。
そのため彼の両親も渋々それを許したようだった。

「でもなんでまた突然…、」

「うーん。特に深い意味はないんだけど…。衝動的に?」

「なにそれ。大丈夫なの?典明くん。」

「大丈夫だよ。なんか心外だなぁ。」

笑いながらそう言う彼から特に変わったものは感じられない。
しかも不思議なことに彼の耳で揺れるさくらんぼのピアスは、彼の優し気な雰囲気と妙に合っていた。
ユラユラと揺れるそれを見ていると、自分も不思議な気持ちになってくる。

「…ねぇ、私もピアス、開けてみたい。」

予想通り彼はギョッとしたような目でこちらを見つめてきた。

「本気?思ったよりも痛いものだよ。我慢できるの?」

「う……、」

痛いという言葉を聞いて私は返答を詰まらせる。

しかし私の中で名案が閃いた。

「典明くんが開けてよ。」

「え?ぼ、僕が…?」

「うん!私、典明くんなら大丈夫だとおもうんだよね!」

一体何が大丈夫なのか花京院には全く分からなかったが、彼女の可愛らしい「お願いお願い」攻撃に頷くしかなかったのだった。

◇◇◇
「…じゃあ、いくよ。」

「…うん、きて。典明くん……。」

ここは名前の部屋。
二人はお互い正座をしながら向き合って、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな花京院の手には真新しいピアッサーが。

花京院は恐る恐る彼女の片耳へと手を伸ばす。

「んっ…、」

花京院の少し冷たい指先が耳朶に触れた瞬間、名前はピクリと身体を跳ねさせる。

「ご、ごめん…っ、」

「ううん…、くすぐったくて…。」

なんとなくドキドキしながら再び花京院は彼女の耳に優しく触れる。
その瞬間名前も再びビクリと身体を跳ねさせた。

「……怖いの?」

「えっと……、う、うん…、少し、」

ビクビクと怖がる彼女の恐怖心を少しでも和らげようと、花京院はその頬に自分の片手を当ててグッと身体を寄せる。
そしてその口を彼女の反対側の耳元へ寄せて甘く囁いた。

「…大丈夫。ほら、僕に身を委ねて……、」

「ぁ…っ!」

__パチン
「ほら、大丈夫だったでしょ?」

ニコッと優しい王子様スマイルを向けてくる彼に、名前は頬を赤く染める。

「も、もう…っ!典明くんのバカっ!」

恥ずかしさを誤魔化すように名前は花京院の胸を叩こうとする。
しかしそれは、彼の手によってあっさりと受け止められてしまった。
バッチリと視線と視線が合ってしまい、二人はそのまま動きを止める。

いつの頃からだっただろう。
中学生の頃は同じくらいの身長だったのに、いつの間にか彼はメキメキと成長し、私の身長などとうに超してしまった。
声も可愛らしいアルトボイスから、いつしか甘さを含んだテノールへと変化した。
その背中を後ろから見ていると良く分かる。
小さかった背中は、大きな男の背中へと変わり、それだけで彼を意識してしまう。

だがそれは名前だけではない。
花京院も日に日に大人の体つきになっていく彼女から目を逸らせなかった。
その顔は、未だ少女らしさを残しているのにふとした瞬間、大人のような色気を纏うときがある。
自分にはない柔らかさに、女らしくくびれたライン。
まさに蛹から蝶になるといった表現が似合う彼女に夢中だった。

お互い見つめ合って数秒の時が過ぎた。
それと共にどちらからともなく唇を合わせた。
触れ合うだけのそれは、すぐに終わりを告げる。

「………っ、」

「……っ、ご、ごめん。頭冷やしてくる……っ」

そして花京院は逃げるようにして彼女の部屋を後にした。

「………な、なに…?今の、」

後に残された名前が呟いた一言は誰の耳にも届くことなく宙へと消えていった。


◇◇◇
そんなことがあってから数日。
今までそんなことはなかったのだが、フとした瞬間にお互いがお互いを意識しているのを感じることが多くなった。
しかし表面上は特に変わった素振りは見せなかった。
なんとなく、特にお互いの関係が変わることはなくいつも通りの日々が過ぎて行った。

「エジプト旅行!?いいなぁ〜!!さすが花京院家は違うね…。」

そんなある日の夏休みだ。
私は夏の暑さを紛らわすために、バッチリクーラーが効いた典明くんの部屋を訪れていた。

「…でも正直な所あんまり気分が乗らないな。」

「え?なんで?」

「だって……」

「何日も君と会えないから」とは言うことができなかった。


「あの…、名前……。」

「ん?なぁに?」

キョトンとした目を僕の方へと向けてくる彼女はとても可愛らしい。
花京院自身感じていた。
数日前彼女の部屋を訪れた時に衝動的にしてしまった口づけ。
お互いそのことについて特に触れることはなかったが、あの行為によって僕たちの間にあった何かが変化したのは確かだ。
何らかの形で決着を付けなければならない。
そしてそれは、男として自分であるべきたと花京院は思っていた。

「僕は___、」

__ガチャ、
花京院の言葉を遮るようにして開いたのは部屋の扉だった。
慌てて二人はお互いから距離をとる。

「あら、名前ちゃん来ていたのね。典明、あなた名前ちゃんが来ているならお茶くらい出しなさいよ。」

そう言って再び扉は閉められた。
なんとなく気まずい雰囲気になった室内の空気を変えようと、花京院は立ち上がった。

「……飲み物、持ってくるね。ちょっと待ってて。」

「あ……、うん。ありがとう。」

__パタンと自分の部屋の扉を閉めて、花京院は思い切りため息をついた。

(また今日も伝えられなかった…。)

「典明っ、早くしなさいよ。」

「はいはい。今行くよ。母さん。」

彼女に自分の思いを伝えるのは、まだまだ先になりそうだと再びため息をついた花京院なのであった。