永遠に愛す唯一の君へ

2

そんなある日のことだった。

いつも通り典明君と登校していたある朝、下駄箱に靴を入れるために手を伸ばす。

「あれ…?」

その中には一通の便せんが。
誰かが典明君に宛てた手紙を、私の下駄箱に入れたのだろうかと思い、その裏表を確認する。

「え!」

だがそれははっきりと『苗字名前さんへ』と書かれていたのだ。
慌てて送りぬしを確認するが、それは書かれていない。
封を開いて中を見てみると、綺麗な文字に一言だけ言葉が書かれていた。

『放課後 旧校舎前で待っています』

差し出し人はやはり書かれていないがこれは、もしかして、もしかするのではないか。
それにしても何故旧校舎前などという微妙な場所を指定してきたのだろうか。
だいたいこの学校での告白ゾーンといったら、この前典明君が告白されていた中庭か屋上なのだが。

「何してるの?」

「うわぁああっ!!」

突然後ろからかかった声に驚いて飛び跳ねる。

「ごめん、まさかそんなに驚くとは思わなかったから、ププッ」

「の、典明くんっ!笑わないでよっ!」

どうやら彼の様子からして手紙のことはバレてはいないらしい。
音を立てないように手紙を彼から隠す。

「わ、わたしそろそろ行くね。一限目、移動教室だったし。」

「うん。また放課後ね。」

(あ___、)
放課後という単語を聞き思い出したように足を止める。

「ご、ごめん。今日放課後先生に呼び出されてるんだ。先に帰ってて。」

「…え?そうなの?誰?」

やけに食いついてくる典明くんにヒヤヒヤしながらも、ここで言い淀むのは怪しいと思い咄嗟に答える。

「えっと、担任の先生だよ。」

「…………わかった。」

典明君は渋々と言った感じでとりあえずは納得してくれたようだ。
彼の言葉を聞いた私は「じゃあね」と一言言って教室へと向かった。


だから彼の目が鋭く細められていることには気がつかなかったのだ。

◇◇◇
__放課後、

私は旧校舎の前に来ていた。
旧校舎とはその名の通り旧校舎であり数年前に使われていたらしい。
今は取り壊されるのを待つばかりの何もない場所だ。

私たちが普段生活している校舎からは少し離れており、未だ部活などに青春を謳歌しているであろう学生たちの声はここまでは届かない。

(やっぱりココ、気味が悪い…。)

辺りはシンとしておりこの場所だけ隔離されてしまったかのような不気味さがある。
未だ呼び出した人物は顔を見せないし、少しここに来たことを後悔した頃だった。

「…キミが名前ちゃん?」

「え…?はい、そうです、けど……、」

現れたのは髪の毛を金髪に染めた派手な男だった。
だが不可解なことに目の前のこの男はこの学校の制服を着ていない。
というよりも、恐らく…
(高校生…?)
いよいよ状況が可笑しいことに気がついた名前はジリリと足を一歩後退させる。
しかし何かにぶつかりその後退はあっけなく終わった。

「何処に行くのかな?名前ちゃん」

いつの間にか後ろにもいた高校生らしき男。
二人に挟まれた状態で前にも後ろにも逃げられなくなってしまう。
と、言うよりこの状況に頭がついていかず、身体が全く動かなかった。

「さ、行こうか。」

震える名前の肩に手を回して男二人は両隣から彼女が逃げないようにしっかりとガードをする。
そのまま旧校舎の中へと足を進めたのだった。


◇◇◇
「あっ、花京院くん!バイバーイ!」
「珍しい、苗字さんはいないの?」
「花京院、また明日な〜。」
先生に呼び出されたという彼女を待つべく、花京院典明は昇降口で彼女を待った。
通りかかる生徒に声をかけられるたびに愛想笑いを返していた花京院は少しイライラしていた。
だがそんなことはおくびにも出さない。
彼は自分のイメージがどのようなものであるのか、それをよく理解していた。
(それにしても遅いな…。)
少し心配になり彼女を呼び出したという担任の元へ行ってみることにした。

担任はあっさりと見つかった。
だがそこに彼女はいなかった。

(名前が僕に嘘をついた…?何のために?)

彼女は自分と違って嘘をつくことが苦手だ。
長年一緒にいたからそれはよくわかっている。
朝からの様子で彼女におかしな点がなかったかどうかもう一度記憶を振り返る。


『何してるの?』

『うわぁああっ!!』



(…もしかして、あの手紙?)
思えばあの時の彼女の態度は不自然だった。
何故今まで気がつかなかったんだろう。
彼女の嘘に気がついた花京院は『ハイエロファント・グリーン』の触脚を伸ばして空から学校全体を見渡す。
(いないか…、)
もしも告白なら中庭か屋上かと思ったが、どうやら違うらしい。
見つからないとしたら未だ校内か。
確定した訳ではないが、大方99%の確率で彼女は今この学校のどこかで告白を受けているのだろう。
そう思うと相手の男に対して腸が煮えくり返った。
これでもし、いや、ほぼありえないことだが彼女がその男の告白を受け入れてしまったら…。
そう考えると冷静さを保てなかった。
再び『ハイエロファント』でぐるりと校内を見回した花京院は視界の端に気になるものを捉える。
(名前!?)
何故か彼女はここから離れた旧校舎の前にいた。
しかも見たことがない制服を着た男二人に校舎の中へと引きずり込まれてしまったではないか。

「な、んだ…、アイツらは…」

それを考える前に花京院はその場から駆けだしていた。


◇◇◇
名前が連れて来られたのは旧校舎の中の一室だった。
かつては教室として使われていたのであろうそこだが、今は床に埃がたまり辺りには年季の入った机や椅子が散乱している。

「あら、やっと来たのね。」

「!?」

その教室で待っていたのは先日私に典明くんへ渡してと言って、クッキーとラブレターを手渡したクラスメイトだった。

「ど、どういうこと…?」

「あら?まさか勘違いしちゃった?告白されるかも、なんて。花京院とずっと一緒にいるから自分がイケてるとか思ってた?

___っンなワケねーだろ、この地味女ッ!!!」

突然豹変した彼女は近くにあった机を思い切り蹴り飛ばした。
その怒声と机の倒れるやかましい音に、身体が硬直する。

「お前自分が花京院と釣り合っているとでも思ってんのか!?幼馴染だからって調子乗っているんじゃねぇぞッ!!」

何故彼女がこれほどまでに怒りを露わにしているのか分からなくて、震える声で言葉を発する。

「な…な、に…?どうして、」

怯えたような声と顔が余計気に障ったのか彼女はさらに怒りを露わにする。

「なに、じゃねぇよ!お前、花京院に何て言ったんだよ!
アイツ、私のことをまるで虫けらでも見るかのような目で__ッ!!」

そこで彼女の言葉は途切れた。
一瞬床に落とされたその視線は、次に顔を上げたときにはほの暗いものへと変化していた。

「___もういい。ソイツのことグチャグチャにして。」

「え……、」

彼女がそう言った瞬間、両隣にいた男たちが名前を床へと押し倒した。
その衝撃で背中を打ち付けてしまい息がつまる。

「ということらしいんで、楽しもうぜぇ。」

「始め中二って聞いたときはまだガキじゃん、って思ったけど、こうしてみるとなかなか…。」

舐め回すように視線を這わせる二人の男に、本能的に危険を察知した名前は手足をばたつかせる。
が、男二人、しかも自分の一回りも大きそうな高校生を相手にはまるで歯が立たなかった。

「や、ヤダ…!やめてよ……!」

「カワイー。大丈夫だよぉ。ちゃあんと気持ちよくしてあげるからねぇ〜。」

男の言葉にクラスメイトの女は気分を害したように低い声を発する。

「誰が気持ちよくしてやれ何て言ったんだよ。」

「ヘイヘイ、分かってますよ〜。」

「ごめんね〜。名前ちゃん。初めてなのに。でも俺たちコイツに逆らえないの。許してね。」

まるでこれから自分たちが行うことが日常の一部だとでもいうような態度をとる彼らに背筋が凍る。

「や、ヤダ…ッ!典明くんッ!助けてッ!!典明くんッ!!」

その場にいない彼に思わず助けを求める。
いつも自分を助けてくれる典明くん。それに見えないけれど優しい彼の分身。
彼らに届くことを願って。

「花京院がくる訳ないでしょ。ここは教師でも絶対に来ない場所だもの。
特別な力でもない限り、アンタの声が聞こえるはずが___、」


___パァン!

彼女の言葉が発せられる前に教室の窓のガラスが全て吹き飛んだ。
突然のことにその場にいる全員が目を白黒させる。

同じく吹き飛んだ扉の向こうから、見慣れた影が姿を現す。

「の、りあき、く……っ」

その姿が見えたことで名前はホッとし、その両目からは涙が溢れる。
だがそれも束の間だった。
扉の先で彼はただ佇むようにして立っているのだ。
教室中のガラスが突然割れたことにより、始めは茫然としていた男たちだったが、彼のその様子を見て漸く意識を戻したらしい。

「なんだ!テメーはっ!?どっから湧いてきやがった!」

「ガキは大人しく家に帰りな。」

現れたその人物が騒ぎの中心である花京院であるなどとは露ほども思わない彼らは、見た目華奢で、弱そうな彼を前に途端に強気になる。
クラスメイトの女子だけがまさかの彼の登場に顔を青ざめさせていた。

「なんだこのガキ。ビビって固まっちまっているぞ!」

「プッ!だっせぇ!!いい子はおうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな。」

男たちはそう言って再び名前の方へと向かおうとする。
しかしその時漸く異変に気がついた。

「おい?どうした?そんなにプルプル震えて。」

男の一人が突然微動だにしなくなったもう一人の男を怪訝に思い声をかける。
プルプル震える男は視線だけをそちらに向けて震える口を開いた。

「か、身体が、うごかねぇ」

「は?」

男がそう言ったのと同時だった、震えていた男は突然口を大きく開いた。
口の端から泡を吹いたかと思うと眼球が上転する。
その男は口をカッと大きく開いたままその場に倒れ伏してしまった。

「ひ……っ」

「お、おいっ!ど、どうしたんだよ!」

目の前で床に倒れ、白目をむいて身体を痙攣させている男は明らかに異常だ。
クラスメイトの女子ともう一人の男は途端にその顔を恐怖で歪める。
男はパニックになり、突如現れた花京院の胸倉に掴みかかる。

「て、てめぇがなにかしやがったのかっ!?」

男よりも小さな花京院は胸倉を掴まれたことにより少し身体が浮き上がる。
だがそれでも花京院は何の反応も示さなかった。

「……ひっ!!」

前髪に隠された彼の瞳と目が合った瞬間男は喉の奥から小さな悲鳴を上げる。
男が何を見たのかは定かではないが、突然男はその手を離して床に尻餅をついた。

花京院は男に向かって手のひらをのばしたかと思うと聞いたことのないような冷たい声で言い放つ。


「____地獄へ落ちろ。下衆野郎。」


その瞬間、確かに彼の腕には緑色の輝くような煌めきを持ったものが巻き付いているように見えた。


「__典明くんっ!!」


男と彼の間に飛び出してきたのは名前だった。
彼女は花京院の腕に抱き着くようにして動きを制していた。
今まで怒りしか灯していなかったその瞳が驚いたように彼女へと視線を向ける。

「だめっ…!典明くんっ!」

「名前…っ!?」

「典明くんもハイエロちゃんも…、こんなことしないで…っ!」

「だけど……っ、あの屑共は、君のことを…っ!」

「こんなことしたって、二人が傷つくだけだよっ!!」

花京院を止めるために抱き着いた彼女の腕から、ポタポタと生暖かいものが彼の腕を伝って滴り落ちる。
それに気がついた花京院は目を見開く。

「!!……名前、君、怪我して…!?」

彼女の右腕には、大きなガラス片が深く突き刺さっていた。
極度の緊張状態にあるのか、本来ならかなり痛むであろうその傷に対して痛みを感じていないようだった。

彼女のその様子をみた花京院の意識は完全にそちらへと移る。

「病院、行くよ…。」

「あ、あの人たちは…!」

「あとで救急車を呼ぶ。今はとにかく君のその腕に刺さったガラスを何とかしなくちゃ。」

花京院は温度のない視線を床に座り込む三人へと送る。
無言で彼女の怪我をしていない方の手をとってその場を後にした。