永遠に愛す唯一の君へ

1

「すっ……好きです!花京院くん……っ!付き合ってくれませんかっ………」

ほら、またいつものパターンだ。
僕の目の前の女子は、世間一般で言えば「可愛い」という分類に入るのだろう。
栗色に染められた髪の毛は肩口で切りそろえられて綺麗に内巻きになっている。
大きな瞳は真っ直ぐに僕を見上げていて緊張からか少し潤んでいる。
女として十分魅力的な彼女に対する僕の返事はいつものことながら決まっていた。

「……ごめん。今は誰ともそういう風には考えられない。」

それを聞いた彼女は大きな瞳からポロリと涙を落として、一つお辞儀をしてから去って行った。
彼女の気配が完全に消えたころ、花京院はため息を吐いた。
そして一言ポツリと呟いた。

「____気持ち悪い」

何故女子というのはよく知りもしない相手のことが、好きだと言えるのだろう。
先程告白してきた女も顔は見たことがあったかもしれないが、一度として話したことはない。
それなのに好きだなどと軽々しく言えてしまうのは、人を見た目でしか判断してない証拠だ。

(本当の僕を知りもしないくせに)

シュルリと音を立てて花京院に巻きつくようにして現れたのは、中学二年生になった彼と同じくらいの身長の『ハイエロファント・グリーン』だった。

花京院の誰にも見えない、秘密の友達

この世でこの友達を引っくるめて、唯一僕のことを理解してくれるのは____

「典明くんっ!」

「__名前、」

その明るい声を聞いただけで僕の胸を覆っていた気味の悪いモヤモヤは晴れてしまう。

本当の僕を理解してくれるのは彼女、名前だけだ。



「さっきのって告白?相変わらずモテモテだね。羨ましい限りだよ。」

「そんなの、意味がないことだよ。あんなの僕の上部しか見てない奴に言われたって、ちっとも嬉しくない。」

その言葉を聞いた名前は少し目を細めて目の前の彼を真っ直ぐ見据える。

「そんなこと言っちゃダメだよ。さっきの子だってすごい勇気を振り絞って典明くんに好きって伝えてくれたんだよ?」

「だって僕はあの子と一度だって話したことがないんだよ。それなのに僕のことが好きだなんてなんで分かるんだ。」

「それでも……、その気持ちを『気持ち悪い』だなんて、言っちゃダメだよ。
相手に気持ちを伝えるって、凄く勇気がいることだと思うから。」

「ね?ハイエロちゃん。」そう言った彼女は僕の身体の近くで手を彷徨わせている。
恐らく、彼女の目には見えないハイエロファントを探しているのだろう。
思わず僕は彼女の手がある所にハイエロファントの手を出現させて、その手を握りしめる。
すると彼女は嬉しそうに「いた、ハイエロファント」と僕の方へと微笑みかけるのだ。

その微笑みを、ハイエロファントから通じる君の温もりを感じるといつも思う。

____あぁ、やはり僕には君しかいない、と




中学二年生となれば男女はお互いを意識し始め距離を置く。
自然と男子は男子、女子は女子の友達と過ごすのが当然になってくるのだ。
だけど僕たちは違った。
さすがに学校ではクラスも違うし行動を共にすることは少なかったが、登校下校は必ず一緒にしていたし休みの日になればお互いの家に遊びに行ったりすることも常だった。

他の誰も自分のパーソナルスペースに入れたがらない花京院だが、彼女に対してだけは違った。

基本的に花京院が心許す人間というのは苗字名前の一人だけである。
だが、別に周囲の人間に合わせられないとか、何か摩擦が起こるとかそういうことは一切ない。
花京院はそういうことに関して苦手と感じたことはなかった。
だからある程度の日常生活を穏便に過ごすために周囲の人間とも表面上は話しを合わせたし、周りに馴染んでいるフリをした。
優しく誰に対しても紳士的で、柔らかい物腰。
それでいて品行方正で眉目秀麗。
それが花京院典明に対する周りの人間の評価だった。
それ故、男女問わず人気があったし、教師からも信頼を置かれていた。

そんな花京院は校内では知らない人がいない程有名人だったし、どんなに可愛い子が告白してもそれに答えないということでも有名だった。
そんな彼と幼馴染である彼女に注目が集まらないはずがなかった。

「苗字さん。これ花京院に渡しておいてくれない?」

「…え?わ、わたし?」

その子はクラスの中でも割と派手なグループに属している子だった。
割と整った容姿をしているその子は、クラスの中でも男子に人気があったし、噂では高校生くらいの彼氏がいるとも聞いたことがある。
名前に向かって手渡してきたのは可愛く包装がされたクッキーと、手紙だった。
その手紙が花京院に対するラブレターであることは、今まで幾度もこんな橋渡しを頼まれてきたためよくわかった。

「うん。花京院ってさ、人から絶対にものとか受け取らないじゃん?でも幼馴染の苗字さんが渡せば違うんじゃないかなって。」

確かに典明君の性格からしてこういうものは真正面きって断られるだろうことは分かっていた。
それが手作りのものだったりすれば尚更。ある種、潔癖のようなところがある彼は顔には出さずとも拒絶を示すであろう。
それになによりも、典明君は私を橋渡しにして自分に何かアプローチをかけようとする女子の行為を物凄く嫌がる。

彼の嫌がる行為を名前自身行うのが嫌で、何とか断ろうとする。
しかし結局彼女の押しの強さに負けて無理やりそれらを押し付けられてしまった。
私にそれを押し付けたことで確実に典明君の手にそれが渡るであろうことを確信したらしいその子は、振り返りもせずに皆の輪の中へと戻っていった。

(…どうしよう。)

半ば無理やりにとは言え受け取ってしまったからにはこのままと言う訳にはいかないだろう。
ため息をつきながらそれらを自分の鞄の中へそっと押し込めるのだった。


◇◇◇
帰り道、いつも通り私のクラスの廊下の前で待っていた典明君と待ち合わせて学校を後にする。
入学当初こそいつも一緒に登下校する私たちは好機の目に晒されていたが、今ではそれも当たり前になりつつある。
だがそれでも目立つ典明君と一緒にいることは女子たちからチクチクとした視線をもらうことも多々あった。
そんな視線に晒されながらも私が彼と共に行動することを止めないのは、ただ単に彼の傍が一番落ち着く場所だからだ。

だがそんな彼の隣も、今は落ち着かないものになっていた。
鞄の中にあるものの存在を考え、重いため息を吐く。
そんな私の様子が可笑しいことに気がついたのか、典明君はこちらへ目を向ける。

「名前?どうしたの?」

「うえ!?ご、ごめん!なんだっけ…?」

「今日良かったら僕の家に来ない?今日おばさんもおじさんもいないんでしょ?」

「そ、そうなんだよ。なんか旅行に行くとかで。…もしかしてお母さんに何か言われた?」

「うん、『典明君、名前をよろしくね。あの子満足にご飯も作れないから、』って言われたよ。」

「も、もう!お母さん!余計なことを…!」

それを見た典明君がクスクスと笑い出す。
(あ……、)
普段の愛想笑いとは違う屈託のない、年相応にも感じるその笑顔は恐らく私の前でしか見せない笑顔だ。
そう思うとなんだか嬉しくなる。

「で?さっきはなにを考えていたの?なにかあったんだろう?」

「え、えと…、」

さすがは典明君、彼の観察眼には私は到底かなわないのだ。
言い淀む私に彼も痺れを切らしたのか私の鞄へ目をやる。

「それ、さっきから君が気にしている鞄。
言いずらそうにしているその様子だと、誰かからまた押し付けられたんだろう?」

そのものズバリを言い当てられて思わず彼の方を見つめる。
典明君はそんな私の様子に確信したのか「やっぱりね。」と表情を曇らせている。

「ご、ごめんね。断ったんだけど……。」

「いいよ。名前は悪くない。…貸して。」

典明君にやや強めの口調で言われておずおずと渡されたクッキーと手紙を差し出す。
彼は無表情でそれを受け取ったかと思うと、やや乱雑に自分の鞄の中へと突っ込んだ。

「の、典明く…っ」

謝ろうとして開いた口は、見えない何かによって制されてしまう。
(ハイエロちゃん?)
驚いて典明君の方を見つめると、先ほどの無表情は嘘の様に柔らかい微笑みを浮かべていた。

「謝らないで、名前。それよりも早く僕の家に行こう。昨日新しいゲーム、買って貰ったんだ。」

「また?典明君の家はお金持ちでいいな。」

「それに名前の作ったクッキーが食べたいな。君って料理はからっきしなのに、お菓子作りはすごく上手だから。」

「え〜、めんどくさいな。」

「……名前は新しいゲーム、やりたくないんだね。」

「う、うそ!典明くんのためにクッキー作りたい!」

「フフ、じゃあ早く家に行こう。」

花京院は片手で彼女の手をとって歩きだす。
そしてもう片方の手で持った鞄を抱え込むと、彼女にばれない程度の力を込める。
少し力を込めると鞄の中でクッキーがグシャリと潰れたような感触がした。

自分の一歩後ろをついてくる彼女をみて花京院は思う。

「僕には君だけいてくれればいい。」と。