永遠に愛す唯一の君へ

5

__三年後


「じゃあ、行ってきます。お父さん、お母さん。」

「本当に、行っちゃうのね……。」

「もう!お母さん今更何言ってるの!もう1年も前から決まっていたことでしょ!」

「だからって『アメリカ』の会社に就職だなんて、やっぱり遠すぎるわよぉ〜!」

ワンワン泣き続ける母を尻目に父親に視線をやる。

「…名前、そろそろ飛行機が出る時間だろう。こちらのことは気にせずに行きなさい。」

「うん。お母さんをお願いね。
毎日連絡するから!」

そう言って私はアメリカ行きの飛行機に乗り込んだ。
80%の不安と、20%のワクワク。
数十時間のフライトを経て、私はアメリカの地に降り立った。

右も左もわからない空港で辺りをキョロキョロと見回す。

「全部英語……」

当たり前なのだが想像と、実際見て見るのとでは違う。
不安で泣きそうになっていると、上から知っている声が響く。

「情けない顔してんじゃねぇ。名前。」

この声は、
「___承太郎君!」

漸く知り合いに会えたことにホッと息をつく。

「だって皆外国人だよ!?心細くもなるよ!」

「当たり前なこと言ってんじゃあねぇ。
さっさと行くぞ。荷解き手伝えって言ったのはどこの誰だ。」

「だって、承太郎君とジョースターさんしか知ってる人いないんだもん。
そうだ!わたしの就職祝いも兼ねて今日は皆でご飯に行こうよ!」

「………。」

「あっ!無視しないで!置いてかないでよ!」


わたしの声が届いたのか承太郎はクルリと方向転換してこちらをじっと見やる。
その視線の先には___、

「………なかなか似合っているじゃあねぇか。
アイツが付けるのとはまた雰囲気が違うな。」

彼の視線の先にはさくらんぼのピアスが。
私の片方の耳でユラユラと揺れている。

「今日から付けるって決めてたの。
___きっと典明くんが生きていたら、この道を選んだろうから。」


そう。
私はSPW財団で働くことになった。

この経緯は話せば長くなる。
典明くんが亡くなった3年前の今頃。
私はあの後、結局学校に行くことが出来なくなり退学した。
塞ぎ込む私を気にかけてくれていたのが他でもない、目の前の承太郎君と彼の祖父のジョースターさんであった。
典明くんのことを考えるだけで悲しくて、苦しくて、死んでしまえたらどんなに楽だろうと毎日毎日思っていた。

塞ぎ込む私に承太郎君は「自分の高校へ編入してきてはどうか」と気を使ってくれたが、そんな気にもなれなかった。

毎日と言うわけではなかったが、承太郎君とジョースターさん、そしてホリィさんは私の元を訪れてくれた。
なんで放って置いてくれないのか、正直初めは鬱陶しくて仕方なかった。
ただただ植物のようになにも考えずにいたかった。

そんな中、承太郎君がエジプトでの旅の話をポツポツとしてくれることがあった。
初めは典明くんには触れない話。
訪れた国、信じられないような移動手段、絶対に壊れる乗り物、
そんな話をいつの間にか楽しみにしている私がいたのだ。

そのうち話の中に典明くんが登場するようになった。
飛行機の中で戦った話、機転を利かせて仲間を救った話。
典明くんの活躍する話を聞いて、私は誇らしい気持ちでいっぱいだった。

私が知らなかった典明くんの一面も知ることができた。
やっぱり男友達というのは偉大だ。

また少し経った頃、承太郎君とジョースターさんは典明くんが旅の途中、いつも私のことを気にしていた、という話をするようになった。
その話をされた時、少し胸が痛んだが、それと共に彼にこんなにも思われていたことを知り、嬉しい気持ちもほんのあった。

そして約一年が経った頃、承太郎君はゆっくりと典明くんと最期に交わした会話を話してくれたのだ。
本来なら私が一番初めに聞かなければならなかった話。
だが、私にはそれを聞く決心がいつまで経ってもできなかった。
典明くんの最期を聞くのが、怖かった。
だけどいつまでもこのままではいけない。
それも心のどこかで分かっていた。

典明くんは最後の瞬間まで仲間のために戦った。
承太郎君たちがディオという人に勝つことができたのは、典明くんが命を賭けてその能力を明らかにしてくれたから。
そう聞いた。
それを聞いた瞬間から涙が止まらなかった。
典明くんは命をかけて仲間を守った。
他人を信じず、友達すら作ろうとしなかった彼が、自分の命をかけて仲間を守ったのだ。
そのような友達に普通の人は一生のうちに何人と出会えるのだろうか?
たぶん一人も現れない人の方が多いだろう。
それが典明くんは一人どころではなく5人の仲間と出会えたのだ。
それは彼にとって幸福なことだろう。


そしてあの奇妙な時間停止。

あのことを承太郎君に話したら大層驚かれてしまった。
なんでもその時間停止こそが、彼らが戦っていたディオという人の能力だったからだ。
あの瞬間、あの時間エジプトで典明くんたちは死闘を繰り広げていたのだ。
あの雨粒は、遠く離れた地にいる典明くんからのメッセージだったのだろうか。

それは誰にも分からない。

私が時間停止した世界の中を認識し、しかも動いていたということについて承太郎君は何か思うことがあったらしい。
もしかしたら未だ発現していないだけで、私がなんらかのスタンド使いだという可能性も考えられると承太郎君は言った。
それをジョースターさんを通じてSPW財団へ話したことで、私の今回の就職が決定したという訳だ。
就職というよりも、不確定な分子を管轄下に置いておきたいという意味合いが大きい。
止まった時の中を認識し、さらに自由に動けていたというのはそれほど大きな事のようだ。

彼らは決して強制はしなかった。
だが、典明くんがもし生きていたとしたら、きっと自分の力を役立てられるような道を選んでいたと思う。
私も典明くんと同じ道を選びたい。単純にそう思った結果だった。


私がここまで立ち直ることができたのは、承太郎君にジョースターさん、それにふさぎ込む私をいつも気にかけてくれていた両親のおかげだ。
彼らには感謝してもしきれない。

「なにボーッとしてやがる。さっさと後ろに乗れ。」

空港の外に承太郎君のバイクが置いてあり、自分の後ろへ乗るようにと私を促す。
だがそれでも動かない私に対し疑問を持ったのか眉を顰める。

「ねぇ、承太郎君。なんでこんなに、優しくしてくれるの?」

私のその言葉に承太郎君は一瞬目を見開いたかと思うと、どこか遠くを見て悲しそうな顔をする。
勿論それはほんの一瞬のうちにいつものポーカーフェイスへと戻ってしまう。

一度目を閉じて、今度は私から目を逸らさずにはっきりと言った。

「奴に、
花京院にお前を頼むと、
『自分に何かあったときは名前を頼む』と言われた。
だからって訳じゃあないがな…。」

なんとなく分かっていた。
元々私と承太郎君の繋がりはないに等しかったのだ。
なのに彼はふさぎ込む私の元を度々訪れてくれた。
それはやはり典明くんが関係しているのではないかと薄々思ってはいた。

「___そっか。」

「言っておくが負い目を感じてこんなことしてるワケじゃあねぇぜ。
今は俺自身がそうしたいからしているんだ。」

「うん。分かってる。ありがとうね、承太郎君。
私あなたには感謝してもしきれないよ…。」

典明くんと承太郎君の間に一体どのような会話があったのかは分からない。
だが、それを私が聞くにはまだ少し早いような気がして。
私はそれ以上何も言うことなく彼のバイクの後ろに乗り込んだ。




直接あなたに伝えることができなかった言葉。
後悔はきっと一生この心の中に残るのだろう。

それでも私は生きて前に進んでいかなければならない。


典明くんが命を賭けて守ったこの世界で___


◇◇◇
寂しそうに笑う名前。
承太郎はバイクを操縦しながら一つの会話を思い出す。
それは最終決戦に臨む前、DIOの館に突入する前に花京院と話した、いわば彼との最期の会話だった。


『承太郎、僕にもしものことがあったら、彼女を頼む』

『……縁起でもねぇこと言うな。そういうことは人に頼むもんじゃあないぜ。』

『やだなぁ、勘違いしてもらっちゃ困るよ。
僕はちっとも死ぬ気はないし、名前を誰かに任せるつもりだってさらさらない。
___でも、』

『もしも、だよ。
君になら、君なら彼女を任せてもいいかなって思ってる。絶対嫌だけど。』

『………どっちなんだ』

『今言った通りだよ。
僕の知らないクソみたいな男に彼女を渡すくらいなら君の方が百倍マシってこと。』

『……あんまりくだらねぇこと言ってんじゃねぇ。
行くぞ。』

『ふふっ、僕なりの友好の証なんだけどな。少なくとも僕が認めた男じゃあないと。』






あれから三年経った。
だがそれでも時折思い出す。
失った仲間の存在を。

残されたものの傷が癒えることはないのだろう。

だがそれでも、少しずつ受け入れて前に進んでいくことはできる。

その証拠に、自分も、彼女も一歩ずつではあるが前に進んでいる。



彼女の引っ越しの準備が全て終わったら、自分の一番大切な写真を後ろの乗っている彼女に見せてやろう。
承太郎はふとそう思ったのだった。