__典明くん、
典明くん、典明くん、典明くん……!!
どこにもいく当てなどなかった。
一体典明くんがいないこの世界で私はどこに向かえばいいのだろうか。
すっかり陽も暮れて辺りには街灯の薄暗い光だけが差す時間になっていた。
誰もいない公園で、ただただ無為に時間を過ごしていた。
「おい、こんなところで何をしている」
上から降ってきた聞き覚えのある低い声に私は顔を上げる。
「……空条、さん」
「なんつー格好してやがる。何があった。」
彼の言葉に私は何も答えることができず押し黙る。
一言でも喋ってしまえば、何かが決壊してしまいそうで怖かった。
「……とにかくついてきな。こんな時間に女が一人で出歩くもんじゃあないぜ。」
ベンチに座る私の手をグイと引いたかと思うと彼はどこかへと向かい始める。
いつもの私ならきっと怖くて抵抗しただろう。
だが今は何かが壊れてしまったかのように、何も感じなかった。
全てがどうでもよかった。
着いたのは空条さんの家だった。
ここに来るのは三回目だ。
正直あまりいい思い出がない。
「まぁ遠慮せずに上がりな。」
通されたのは空条さんの部屋のようだった。
その部屋はさまざまな難しそうな本や筋トレグッズで溢れている。
促されるままに私は開いているスペースへと腰かけた。
その隣にドカッと空条さんが思い切り腰かける。
そしておもむろに私の肩に手を回し、自分の方へと引き寄せたのだ。
「…こんな夜にほとんど知らない男の部屋に上がりこむなんて、どういう意味かわかってんのか?」
「………。」
何の反応も示さない私に対して空条さんはハァとため息をついてその手を離した。
「……すまなかった。」
「…え?」
突然の空条さんの謝罪に私は驚いて目を白黒させた。
「俺があの時花京院がエジプトに行くのを反対していたら、お前からアイツを奪うこともなかった。」
彼の悲痛な表情を見て、私は感じた。
彼もまた、典明くんの死に悲しみ、そして苦しんでいるのだと。
「…典明くんは自分の意志で行ったんです。空条さんのせいじゃありません。」
「だが、」
「本当に、あなたのせいじゃありません…。誰も恨んでなんかいない……。
すみません。今日はこれで失礼します…!」
部屋を後にしようと立ち上がった私の手を空条さんが掴んで止めた。
「…なんですか。」
「…お前に、渡さなければならないものがある。」
空条さんが学ランの内ポケットから取り出したもの、それは。
「手紙…?」
「これは、花京院がお前に書いた手紙だ。」
「っ!?」
震える手でそれを受け取る。
封筒に書かれた『名前へ』という筆跡は、間違いなく典明くんのものだ。
「旅の途中で書いたはいいが送っている暇がなかったらしい。
…花京院の上着のポケットから出てきた。そのままにしておいたら警察に回収されてしまっただろうから、預からせてもらった。」
封を切って中に入った便せんを取り出そうとする。
そこで私の身体はピタリと動きを止めてしまった。
「…見ないのか?」
「………っ、怖い、んです…。これを見たら、典明くんがもういないということを認めなきゃいけない気がして…!」
震える手を空条さんの大きな手がガシリと掴む。
「……この手紙は、花京院がお前に送った言わば最期の言葉だ。
お前はこれを見て、受け止めなければならない。花京院の想いを。
俺にも、他の誰にもできない。
__お前にしかできないことだ。」
空条さんの言う通りだ。
私がこの手紙を見なければ、
典明くんが旅の途中どういう思いだったのか。
何を思ってエジプトに向かったのか。
それは一生、誰にも知られることなく過ぎて行くのだろう。
彼の思いに蓋をして。
それは許されないことだ。
私は典明くんの思いを少しでも知りたい。
震える手で便せんを開いた。
名前へ
久しぶり、元気にしているかな?
僕は今エジプトに辿り着いたかと思ったら、怪我をしてしまって現地の病院に入院中です。
あぁ、心配しないで。
たいしたことはない傷だから、君のところにこの手紙が届く頃には退院しているはずです。
君への挨拶もそこそこに、突然こんなところにすっ飛んで来てしまったことをどうか許してほしい。
名前。
僕と君の出会いは物心つく頃だったね。
話したことはなかったけれど、あの頃僕は自分と、自分の分身のハイエロファントを理解してくれる人間なんて、この世にいないと思っていた。親にも否定された時は流石に応えたな。
この世で僕を理解してくれる人間はいない。
とてもさみしかったよ。
だけど君は違った。
僕と、もう1人の僕を、君は見えないはずなのに認めてくれた。理解してくれた。
あの瞬間から僕にとって君は、この世で唯一の理解者だったんだ。
中学のときにも色々な事があったね。
あの頃僕は、まだハイエロファントを完全に制御しきれていなかった。
自分の感情に任せて、大切な君に一生消えない傷を負わせてしまった。
あの時のことは後悔しても仕切れない。
だけど僕が胸の内でこっそり思ったこと。
あの時は不謹慎すぎて口に出すことも出来なかったけど、時間が経った今だから告白します。
君に一生消えない傷を負わせたことで、君が自分のものになったと、後悔の中に僅かな喜びがあったんだ。
今更だけど君が痛みと戦っていたときに、こんなことを思っていてごめんね。
高校に入ってからは大変だったよ。
なにがって?
だって君が日に日に綺麗になっていくもんだから、悪い虫がつかないようにするのに必死だったよ。
僕が影でどんな苦労をしていたか、君は知らないだろう?
まぁそれは置いといて。
そんな君に僕は酷いこと言ってしまった。
一度口にした言葉は2度と取り返せない。
自分の身をもって嫌という程思い知った。
それに加えて僕は旅行の後更に酷いことをしてしまっただろう。
言い訳にしか聞こえないだろうけど、あの時の僕は僕であって僕じゃあないんだ。
僕と同じ能力を持つ人間に操られていた、というのが1番分かりやすい言い方かな。
なんでそんなことになってしまったかって、それは僕の心の弱さが原因なんだけど、まぁその辺りのことは長くなるので省略します。
かっこ悪い姿は君には見られたくないしね。
そして一ヶ月前、僕は初めて僕と同じ力を持つ人間に出会った。
それが空条承太郎という男だった。
まぁ僕らの出会いは最悪だったんだけど、今も僕が生きているのは彼のおかげでもあるんだ。
僕は自分の誇りを取り戻すため、そして何より、初めて出会った同じ力を持つ承太郎のために何かをしてあげたいと思ったんだ。
彼の母親は今とある理由で病床に臥せっている。
その原因を取り除くためにはDIOという僕も操られていた男を倒すしかない。
恐らく君がこの手紙を読む頃には承太郎の母親は救われているんじゃあないのかな?
僕はそれを願っている。
エジプトへ向かう途中に承太郎の他にも合計5人の能力者と出会った。
名前、旅を始めてからの僕は可笑しいんだ。
今まで僕は人があまり好きじゃあなかった。
君以外の人間なんて、どうだってよかった。
この世界には君と僕がいればいい、そう思っていた。
そんな僕が初めて、彼らのことを心からの友人だと思えたんだ。
苦しい時共に悩み、嬉しい時共に笑い、悲しい時共に泣いてくれる。
そんな仲間に出会うことができた。
名前、人ってとても温かくていいものなんだね。
退院したら僕は彼らと共にDIOと決着をつけにいく。
そうしたらすぐに君の元へ戻るから。
勝手で悪いんだけど、待ってて貰えるかな?
どうしても、直接、君に伝えたいことがあるから…
ね?
僕だけの名前。
僕がいないからって他の奴に現を抜かしたりなんてしないでくれよ。
正直僕が認めた奴以外とは話もしないでほしいくらいなんだから。
大好きだよ、名前。
PS.父さんと母さんには僕から直接謝るので何も言わないでおいてね!
「おい、大丈夫か?……お前、」
ツゥ、と生暖かいものが頬を伝って落ちた。
「___遅いよ、典明くんの、ばかやろー…………っ」
私の目からは止めどなく涙が溢れて止まらなかった。
彼の遺体を目にしたときも、彼の葬式に出たときも、枯れてしまったかのように涙なんて出てこなかったのに。
私はあなたの言葉一つでこんなにも心乱されてしまう。
典明くん、典明くんと私は空条さんの目の前にも関わらずワンワンと泣き続けた。
空条さんはそんな私を慰めるわけでもなく怒るわけでもなく、ただ傍に居てくれた。
「今はただ、思い切り泣け。
時間はかかるだろう。だから少しずつ、受け入れて行けばいい。
それが生きている俺たちが死んでいった奴らにできる、唯一のことなのだから…。」
___典明くん、私は世界中の誰よりも あなたのことが 好きでした