永遠に愛す唯一の君へ

君に傍にいてほしかったこと

「隣に越してきた苗字です。どうぞよろしくお願いします。」

今でもよく覚えている。
君と初めて出会った日のことを。

母親の陰に隠れてそろそろとこちらを伺う君は小動物のようだった。
僕が興味深げに視線を合わせると驚いたように母親の後ろに隠れてしまう。

「こら、ダメでしょ。名前、ご挨拶しなさい。」

母親に促されて泣きそうな顔で再び顔を覗かせる。
しかし彼女は人見知りする性格なのか口の中でもごもごと話すだけでなかなか声を聞くことができない。

「名前……!はぁ、ごめんなさい。この子かなりの人見知りで。」

「いえいえ、仕方ないですよ。典明。あなたも___、
あっ、コラ!典明」

母親の影に隠れている彼女を覗き込むように母の制止も聞かず前へ進みでる。
彼女は突然目の前に現れた同じ背丈くらいの人間にビックリして目をまん丸にしている。
そんな彼女に向かって手を差し伸べる。

「僕は花京院典明。5歳。よろしく」

差し伸べられた手を見てどうするべきかその手と母親の顔を交互に見ている彼女の顔は面白い。
数十秒の間のあと漸く彼女は手を差し出す。

「苗字、名前、ごさい。」

握ったその手はぷっくりしていて少し湿っている。
僕とほとんど変わらない大きさの手。

だけど、彼女を見た瞬間から湧き上がってきた感情。

(なんか、安心する)

それが人見知りの彼女に抱いた1番始めの感情だった。



花京院典明は幼い頃から聡明だった。
ぐずって両親を困らせることはまずなかったし、何よりも園児とは思えないほどに自分の周りをよく見ている子供だった。

だからすぐに気がついた。
物心ついた頃から自分の隣に存在しているコレが、自分と感覚を共有していることに。
__それが自分自身であることに花京院はすぐに気がついた。

だから不思議と怖くはなかったし、何より新しい友達が出来たようで嬉しかった。

自分の素晴らしい不思議な友達をみんなにも紹介したい。
そう思ってしまった。

自分の隣にいるはずのキラキラした綺麗な緑色。
それを話した途端周りの見る目が変わった。
今まで中の良かった友達は、明らかに自分と距離を置くようになったし、変な目を向けるようになった。
そのうち花京院は1人で過ごす時間が増えた。

花京院だって1人の人間、冷たくされれば悲しいし、そのような思いをするくらいなら最初から1人の方がいい、そう思ったからだ。

両親たちはそんな息子のことを心配した。
「なにかあったのか?」「私たちには甘えてもいいんだよ」
やはり自分の真の理解者は父と母の2人しかいない。
そういう思いで花京院は自分の隣に佇むソレのことを打ち明けた。

だが両親も理解してくれなかった。

可愛い我が子が可笑しくなってしまった。どうしよう、どうしようと嘆く両親に、花京院はフト目が覚めたような感覚を味わった。

「この世に自分の真の理解者はいないのだ」と。

動揺する両親に花京院はできる限り戯けたような口調で言った。
「嘘だよ」と。

それから花京院は両親にすら自分の本心を見せることがなくなった。


だからこそ不思議に思った。
目の前にいる自分と同い年の彼女に、今まで感じたことがない気持ちを味わったことに。



家が隣同士ということもあり、名前が花京院に懐くのにそう時間はかからなかった。
そんな彼女を、花京院も好きだったし、妹のように可愛い存在だと思っていた。

母親同士が仲が良かったということもあり、幼稚園が休みの日は、母親同士ともにどちらかの家に行き、そして子供2人で遊ぶということが多かった。


「典明くん、今日は何して遊ぶ?」

キラキラとした大きな瞳を向けてくる名前は期待に胸を膨らませている、といった顔をしている。

「誕生日にこんなの買ってもらったんだ。やってみない?」

それは先週の誕生日に買ってもらったばかりのゲームだった。

「わぁあ!すごい!名前、ゲームなんてやったことない!やってみたい!」

その瞬間彼女の顔がより一層キラキラしたものへと変わった。



「んんんー!あー!負けちゃったよ!典明くん強いー!!」

「おかあさーん!」いじけた名前が隣の部屋で話している母親の元へ走っていこうとしたときだった。

がちゃん!

足元にあったジュースが入ったコップが調度彼女の足に当たってしまった。
それは見事に買ってもらったばかりのゲーム機にかかっていた。

「あ、ご、ごめっ」

「名前っ!!」

花京院の怒声に名前がびくりと肩を竦ませる。
だがそれが良くなかった。
その声に驚いた名前が先程自分でこぼしてしまったジュースにつるりと滑った。

「えっ………、」

彼女がひっくり返りそうになる瞬間、花京院はほとんど無意識のうちに行動していた。

「?これは………?」

花京院は自分の分身を出して後ろから彼女のことを支えていた。
おかげで名前は床に頭を打つことはなかったが、見えない何かに支えられているという訳のわからない現象に、目をパチクリさせた。

花京院は自分の無意識の行動に驚いていた。

両親にも信じてもらえなかったこの己の分身を、他人の前で2度と出すものかとつい最近誓ったばかりだったからだ。

見せてしまった

嫌われる

気持ち悪いと思われる

花京院は名前の顔を見ることができなかった。


「__典明くん?」

彼女の声に花京院は暗い顔を持ち上げる。
だが名前を呼ばれていたのは自分であって、自分ではなかった。

「これ、典明くんに似てる。」

名前は己を助けてくれた見えない何かに向かって話しかけていたのだ。

まさか、見えるのか____?

「名前、…………見えるの?」

「えっ?なにが?
でも、ほら、ここに誰かがいるよ。」

一瞬そう期待したがどうやらそうではないらしい。
だが彼女は見えない自分の分身を恐れるわけでもなく、その柔らかい手でペタペタと触ってくる。
その感触が本体である自分にまで伝わってきて少しこそばゆい。

「その……、怖く、ないの?気持ち悪く、ないの………?」

恐る恐る、彼女に一番聞きたかったことを尋ねる。
今まで己の分身を受け入れてくれる人間はいなかった。
両親でさえも。
もしかしたら彼女にも____、
そう思うと怖くて仕方がなかった。

すると名前はキョトンとした顔で口を開く。

「なんで?怖くないし気持ち悪くないよ。
だってこの子、見えないけど名前を助けてくれたもの。
優しくて、あったかい……、典明くんに似てるもん。」

彼女の言葉に花京院は驚いたように目を見開く。
そして全身をじんわりと温かいものが駆け巡った。

(これは、一体なんだ?)

信じられない。
理解してくれる人がいた。

自分のことを、見えない自分の分身を理解してくれる人がいた。

花京院の意思とは関係なく、両目から生暖かい雫が床に落ちた。

「典明くん?どうしたの?どこか痛いの…?
名前がゲーム壊しちゃったから泣いてるの……?」

「っ違う……!違うんだ………、」

一向に泣き止まない花京院を名前は慰めるようにポンポンと頭を撫でた。

「大丈夫だよ、典明くん。名前はずっと典明くんの友達だよ。」

フワリと後ろからも彼の存在を感じる。
見えないが、手を伸ばせばそこには温かい誰かがいた。

「よしよし、こっちの典明くんも大丈夫だよ。」

見えない彼も、静かに泣いているような気がした。