あれから数日、エジプトから典明くんが帰ってきた。
____物言わぬ姿で
典明くんの両親にも空条さんのおじいさんから何らかの説明がされたようだ。
一体どのようにして説明されたのか定かではないが、典明くんの両親からしてみたら到底納得のいく話しではないものだろう。
血の気のなくなった典明くんの顔。
閉じた瞳。その瞼には、薄っすらと縦に傷痕が残っている。
ガラス玉のように美しい彼の瞳を見ることは叶わない。
その口からいつもの憎まれ口が飛び出すこともない。
胸の前で両手を組んだまま動かない典明くんを見て、私は悲しいよりも、不思議な気持ちになった。
それは典明くんの遺体が、今にも動き出しそうな程綺麗だったからだ。
皆が泣きながら典明くんの入った棺桶に花を添えているのを見ても、私に実感は湧かなかった。
「典明くん………?」
私はここにいるよ。
なんで「ただいま」って、いつまで経っても帰って来ないの?
私に言いたいこと、あったんじゃあないの?
メラメラと燃える彼の入った棺桶を、まるで他人事のように遠くから見ていた。
典明くんの遺体を見ても、葬式が終わっても、私は未だ彼が死んだということが信じられずにいた。
今でもひょっこりと『名前』と言いながらあの優しい笑顔でどこからか飛び出してきそうで、彼が到底死んだなどということは受け入れられていなかった。
私はいつも通り過ごした。
兎に角、何も考えていたくなかった。
朝起きて、学校に行き、勉強し、帰ってご飯を食べて、そして寝る。
作業のように毎日を過ごした。
学校では典明くんが亡くなったという話で持ちきりだった。
こういう話は一体どこから広がるのだろう。
「花京院が死んだって」
「マジで?なんで」
人の不幸はなんとやら。
彼らにそんなつもりはないのかもしれないが、やはりこういう話が広まるのは早い。
なによりも日常の会話のようなテンションで、典明くんの死について触れられることが我慢ならなかった。
「俺も人伝いに聞いた話だけどアイツ休み明けてもずっと休んでたじゃん。」
「なんかとんでもない事件に巻き込まれていたらしいよ」
「え〜、なんだよそれ。でもまぁ、花京院て少し変わっていたっていうか…。俺たちとは違う世界の住人、って感じだったもんなぁ。ヘンな付き合いとかあったんじゃねぇの?」
(典明くんの何を知っているんだ)
「なぁ、苗字はなにか知らない?幼馴染だろ?」
「あっ!おい!」
何の悪気もなしに聞いてくるクラスメイトに耐え切れなくなり、私はその場から逃げるように立ち去った。
逃げるように向かった屋上にもすでに先客がいた。
「苗字さん…?」
数人の女子に囲まれるようにして涙を流しているのは、確か典明くんのことが好きだと言っていた女の子だ。
取り巻きの女の子たちがその子を慰めるようにして集まっている。
そのうちの一人が私の存在に気がつくと、全員の視線がこちらへと向く。
その目に敵意のようなものを感じた私は少し後ずさりする。
「苗字さん、花京院君のこと本当に何も知らないの?
この子花京院君が死んだって聞かされてから毎日泣いてんだよ。可哀想だと思わないの?」
「苗字さん花京院君が学校に来なくなってからちょっと様子が可笑しくなったよね?
やっぱり何か知ってるんじゃないの?」
(うるさい)
「ていうかそもそもさ、幼馴染が死んだっていうのになんでそんなに平然としていられるワケ?」
(うるさい)
「ちょっと神経疑うよね。泣きもしないなんて。」
(あーもう、)
「ねぇ、なんとか言ったらどうなの?」
(__みんな死んじゃえばいいのに)
__パンッ
辺りに乾いた音が響いた。
手のひらがジンジンと痛む。
人を叩くのって自分も痛いんだと、漠然と思った。
「った……!なにすんのよっ!!」
興奮したその子が思い切り胸倉を掴んでくる。
再び乾いた音が響いて今度は私の頬がジンジンと痛みだす。
「前から思っていたけど、アンタ生意気なのよ…!」
「離して…!」
そうして揉み合っているうちにポケットの中からコロンと音を立てて何かが転がり落ちた。
「あっ………!」
「ん?なにこれ…?ピアス…?」
「え…?これって花京院君がしていたやつじゃない?」
そう言った子が転がり落ちたさくらんぼのピアスを拾おうと手を伸ばす。
「___っ触らないで!!」
自分でもびっくりする程大きな声が出た。
一瞬その子も動きを止めるが「何よ」を笑ってピアスを手に取る。
「やっぱり何か知っているみたいね。」
「それともなに?彼が好きで盗んだっていうわけ?」
その子の手の中でコロコロと弄ばれるピアスを見て私の視界は真っ赤に染まる。
度重なる心無い言葉に私の中にあった何かが、プツリと音を立てて切れた。
「ふざけるなっ!!」
手に持っていた鞄で思い切りその子を殴った。
突然の衝撃にその子は受け身を取る暇もなくコンクリートの床に尻餅をつく。
その手から落ちたピアスを私は咄嗟に拾う。
それと同時に背中に強い衝撃を感じて自分も床にたたきつけられる。
「やっぱりこの子、可笑しい…!突然殴りかかってくるなんて!」
どうやら別の女子に思い切り背中を踏みつけられているらしい。
容赦なくかけられる体重に息がつまる。
別の子が私の髪の毛を掴んで無理やり上を向かせる。
目が合ったその子は嫉妬と憎しみが混じった目を私に対して向けていた。
「いっ……!」
「花京院君を返してよっ!」
身動きできない私の頬を平手で思い切り叩く。
歯で靴の中で切ったのか、口の中に気持ちの悪い血の味が広がった。
周りの子の罵りも怒りの声も何も聞こえない。
__そんなの、誰よりも私が
「…思ってるよ………。」
「は?何か言った……っつ!ちょっと!待ちなさいよ!」
一瞬の隙を突いて私はその子の足の下から抜け出して屋上から走り去った。