永遠に愛す唯一の君へ

1

私は真っ白な空間の中にいた。

ここはどこ?

行けども行けども白しかないこの世界に段々とうんざりしてくる。
だがその少し先で見覚えの姿を見つけた。


典明くん?


私の言葉が聞こえたのか彼はゆっくりとこちらを振り返る。
優しい笑顔。
思わず私も微笑み返す。
夢だと分かっていても典明くんと会えたことが嬉しかった。

しかし典明くんの笑顔はどこか切なさを含んでいた。


どうしたの、典明くん?


いくら私が問いかけても典明くんは悲しそうな顔をするばかり。


ねぇ、何か言ってよ!典明くん……!


彼に触れようとその手を伸ばした瞬間、彼の姿は跡形もなくかき消えた。


典明くん……!どこなの……?


____名前、

姿が見えない代わりに何処からか彼の声が聞こえてくる。
だかそれも微かな音で、何か小さな音でも立てたら消え入ってしまいそうなものだった。


____ごめん 約束 守れなかった


私の意識はそこで途切れた。






あの不思議な時間停止から2日が経った。
典明くんからは一向に連絡はない。

なにかあったのか。
典明くんは無事なのか。
ディオという人を止めることが出来たのか。

私には、なにもわからなかった

(典明くん……)

嫌な感覚を振り払って私が向かう場所は一つしかなかった。

(相変わらず大きい)

空条さんの家を私は訪れた。
帰ってくるとすれば、典明くんのことだ。
きっと一番に空条さんの母親の元を訪れるのだろう。
しかし来るのは2度目だが、やはりこの家に入ることはなんとなく躊躇してし、門前を行ったり来たりしてしまう。
そんな私の行動を神様は面白がっているのだろうか。

「あら……?あなたは一体…?どうしたのかしら、家の前で。何か御用?」

(デジャブ?)
しかし今度現れたのは、巨大なイケメンではなく、外国人の女性だった。
その女性は心なしか顔色が悪く、体も病的なくらい細っそりしている。
私の方へ一歩踏み出そうとしたのであろう彼女は、急にバランス感覚を失ったかのように転倒しそうになる。

「あ、危ないっ!」

私は咄嗟に彼女の両肩を掴んで転倒は免れた。
私より背の高い彼女を支えるのは骨が折れたが、すぐに彼女が自分の態勢を整えてくれたおかげで2人とも転倒するという最悪の事態は避けることができた。

「ごめんなさいね……!お怪我はないかしら?!」

「い、いえ、私は………、それよりも!大丈夫ですか…!?どこか、具合でも……、」

私の言葉に彼女は一瞬目をキョトンとさせたかと思うと、クスクスと笑いだす。

「ウフフ……、確かについ昨日まで寝込んでいたのよ。でも今はスッカリ。
何十日も布団の中にいたから体力が落ちちゃって…、ごめんなさいね。」

そう言う彼女は顔色は悪いものの無理をしているようには見えない。
そして彼女の言葉から漸く彼女が誰であるのか理解する。

「あの、もしかして空条承太郎さんの……?」

私がその名前を口にした途端、彼女の顔には満面の笑みが浮かぶ。
それはまるで恋する乙女のようだ。

「まあ!承太郎のガールフレンドかしら!?」

「い、いや、ちがい「こんなところで立ち話もなんだから、上がっていって!いっぱいお話し聞きたいわ!」

「あ、あの…!?ちょっ……!!」

病み上がりとは思えない程の力で腕を引かれ、私は抵抗する暇もなく空条亭へと引きずり込まれたのだった。

◇◇◇

「やだ〜!ごめんなさいね!おばさん勘違いしちゃったみたいで。
それで、名前ちゃんは花京院君のガールフレンドなのね。」

「ち、違います!幼馴染です!」

マイペースな空条さんの母親、ホリィさんのペースにすっかり飲まれてしまった私はその病み上がりとは思えないパワフルさにタジタジであった。

「でも良かったです。ホリィさんが無事で……。」

そう言った瞬間、今までホワンとしていた彼女の雰囲気がガラリと変わる。

「……私が今生きているのは、父や息子、それにあなたの幼馴染の花京院君のおかげよ。
感謝してもしきれないわ。大事な幼馴染を送り出してくれた貴女にも。」

その力強く輝くエメラルドグリーンの瞳から目が離せなくなる。

「そんな……!私は何も…!典明くんがエジプトに行くのを、ずっと嫌だ嫌だと子供みたいに駄々捏ねてただけです……。」

「でも最後には、『いってらっしゃい』と言って見送ったのでしょう?」

そうだ。私は確かに典明くんの帰りを待つ覚悟であのとき送り出した。
そんな覚悟をしておきながら、やはり彼のことが心配で、いや、私自身安心したくてこの家を訪れた。
そんな私の考えていることなどお見通しなのか、ホリィさんは優しい微笑みを向けて口を開く。

「不安でこの家に来てしまうくらい彼のことが大切なのに、彼のことを思い自分の気持ちを抑えて見送った。誰にでもできることではないわ。
私が今ここにいられるのは名前ちゃん、貴女のおかげでもある。ありがとう。」

全てを見通すようなホリィさんの瞳に恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。

そんな私に向かってホリィさんがクスリと笑ったのが分かった。

「よかったら承太郎たちが帰ってくるまでここにいて。
母がね、おいしいイタリアのお菓子を作ってくれているの!よかったら食べていってちょうだい!」

そう言って立ち上がろうとしたホリィさんを慌てて制する。

「わ、私がやります!ホリィさんは休んでいて下さい…!」

本人が元気と言っているとはいえ、彼女は50日生死の境を彷徨っていたのだ。
そんな人間に無理をさせる訳にはいかない。

「あら、でもお客様にそんなことをさせる訳には……」

「大丈夫です!典明くんがお世話になったせめてものお礼です!
全然お礼にはなっていませんが……、」

とにかく今、ホリィさんは休んでいなければならない時期だ。
これで無理をして倒れでもしたら本末転倒だ。
ホリィさんも私のあまりの熱意に根負けしたのか、「じゃあお願いね」と言い私を見送ってくれた。

(とは言え、少し強引すぎたかな…)

初めてお邪魔したお宅を堂々と闊歩するなど。
しかしホリィさんもホリィさんだ。
初対面の私を家に上げて、その上家の中を1人で歩くことを許可しているのだから。
彼女のおっとりとした性格は、あの巨大でとてつもない迫力のある空条さんの母親とはとても思えない。

そんなことを考えながら長い廊下を歩いているとき私は漸く気がついた。

「……台所って、どこ?」

この広い屋敷でたった一つの台所を探すことが果たして可能だろうか。
否、不可能。
一瞬でそう判断した私は方向転換し元いた部屋へ戻ろうと後ろを振り返る。
だが、

「…………ここは、どこ?」

家の中で迷子になるなど一生に一度、あるかないかの体験だと思う。

◇◇◇

当てもなく屋敷を歩き続けて10分程経っただろうか。
なんとか先程と部屋まで戻れないかという思いとは裏腹に、私は立派な玄関まで戻って来てしまった。

(……ダメだこれは。)

そう言えばホリィさんとお話しした部屋からは、立派な池と橋が見えた。
ここまで来たら、外から回って部屋へ戻った方が早いのではないか。
もはやそれしか方法はないと思った私は玄関に置いてある自分の靴を履いて外に出る。


「______え?」

私が驚きの声を上げたのは他でもない。
玄関の扉を開けたその先、立派な門の向こうに見覚えのある顔を見つけたからだ。

「空条、さん?」

その呟きで向こうも玄関先で顔を出している自分の存在に気がついたらしい。

「お前は、花京院、の」

ゴクリ、と空条さんが喉を鳴らしたのが、遠目からでも分かった。

(なに、これ………?)

嫌な予感がする。

空条さんがその隣にいる壮年の背が高い男性に何か話している。
空条さんは先程見せた動揺など嘘のように冷静な顔をして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
彼は私の目の前でピタリと止まった。
目が合わせられない。
両者の間に沈黙が流れる。

彼が何かを言おうとしているのを感じたが、その重苦しい雰囲気に耐えきれず私の方から口を開いた。

「あ、あの、勝手にお邪魔してすみませんでした!
道の前でバッタリとホリィさん、空条さんのお母様に出会って……!さっきまで部屋で話していたのですが台所を探している途中で迷ってしまって!それで……!」

一息に何故彼の家にいたのか弁明しようとしたが、空条さんの雰囲気は変わらなかった。

「あ、あの……!
それで、典明くん、は………?」

その名前に空条さんは一瞬だけ身体を揺らした。
思わずその顔を見上げるがその表情は帽子の影になってしまっていて見えない。

なにも言葉を発しない空条さんを不審に思い、彼の後ろにいる背の高いおじいさんを見上げる。

「……………え?」

彼の顔を見た瞬間思わず声を上げてしまった。
その顔が、あまりにも悲痛に歪められていたから。
一瞬にして体中の血の気が引く。


まさか
そんな
ありえない、

だって典明くんは


「名前さん、だね。
落ち着いて聞いてほしい。
花京院は………、っ花京院は、

すまないっ!本当に、申し訳ない………!」

私の両肩を掴んで膝から崩れ落ちたそのおじいさんの言葉も、私の頭にはしっかりとはいってこなかった。

「………え、と、
ど、ゆう………?」

自分でも信じられないくらいに声が震えていた。
全身が冷たい。
氷にでもなったかのように動かない。

空条さんが、言った次の言葉だけは、よく聞こえた。


「____花京院は、死んだ」


その言葉を聞いた瞬間、私の意識は急激に遠のいた。


嘘だ
嘘に決まっている

だって、典明くんは言ったもの

絶対に戻って来るって

だからお願い
どうか

夢の続きなら今すぐ覚めて