永遠に愛す唯一の君へ

5

「花京院、その……、目の方は、大丈夫なのかよ……?」
やけに神妙な、重苦しい雰囲気が病室の中を支配する。
エジプトに上陸してから間も無く、新たなる刺客、エジプト9栄神のうちの1人の攻撃にあった花京院は目を負傷した。
瞼がパックリと鋭利なもので裂かれた傷跡は、見ていて痛々しいものであった。
今はその両目には包帯が巻かれており傷の状態を伺うことはできない。
そんな重々しい雰囲気を打ち破るかのように花京院は口を開く。

「医者が言うには切られたのは水晶体のところだけらしい。神経などは傷ついていないから数日安静にしていればすぐに包帯はとれるようだ。」

ニッコリと微笑んだ花京院に辺りの空気はホッと緩んだ。
だが花京院の回復を待っている時間は承太郎たちにはなかった。
タイムリミットまで残り2週間をすでに切っているのだ。
今は例え数日といえどもここで立ち止まっている時間はない。
それは即ち花京院のリタイアを意味する。
そんな彼らの心中を察したのか、花京院は力強い口調で言い放った。

「傷が癒えたら君たちをすぐに追いかける。
だからそれまで、十分に気をつけて進んでくれ。」

そんな彼の言葉に押されて、承太郎たちは病院を後にした。



「……ふぅ、」
誰もいなくなった病室で花京院は小さくため息をつく。
そのため息はさまざまな感情が複雑に入り乱れるものだった。
久々の安心できる環境への安堵、先を急ぐ彼らを無事に出発させられたことへの安心、
そして旅の途中離脱を余儀なくされた自分自身への不甲斐なさ、やるせなさ。
花京院は柔らかいベッドへと横になる。

何せ今は視界はゼロ。できることなんてほとんどなかった。
だからこそ色々と考えてしまう。

あの時、ゲブ神の攻撃を受けたとき、自分は運が悪ければ死んでいた。
もう少しでも深く切られていれば、視力を失うだけでは済まなかっただろう。

(…死んでいた)
ふと思い出すのはもう一か月以上会っていない愛おしい人の存在だった。
思えば生まれてこのかたこんなに長く彼女と離れたのは初めてかもしれない。
たかが一か月。
しかしそれは恋い慕う者に会えない期間とすれば長く感じるものだった。


僕が死んだら、名前は悲しむだろうか


それとも、悲しむのは最初だけで暫く経てば僕のことなど忘れて、先へと進んでいってしまうのだろうか


(僕を置いて、先へ)

耐えられない。
以前の花京院ならそう考えただろう。
だが今は違う。
この一か月間、信頼できる仲間たちと共に過酷な旅を続けてきて花京院の中で何かが変わりつつあった。

(たぶん今、いや、この旅は僕の人生の中で最も大切な時だ。)

決して楽観視していたわけではない。
だがこの目を負傷したときに今までの自分の考え方がいかに甘いものだったのかを思い知った。

正直な所、死ぬ覚悟、というものが足りなかったのかもしれない。
無論、花京院に死ぬつもりは決してない。
だが、この非現実的な出来事がなんとなくまだ、彼女といつも一緒に過ごしていた日常の延長戦上にあるような気がして、心のどこかで自分が死ぬ訳がないと思っていたのだ。
しかしそれも一度生死の境を彷徨って理解した。


自分はいつ何処で死んでもおかしくない状況にいる。


今まで曖昧だったものがはっきりとしたのだ。
だからこそ強く思った。
両親にいままでのことを謝って、すべてを打ち明けたい。
少しは心を開いて、新たな友人を作ってみたい。

__彼女の元へ無事に帰りこの思いを伝えたい

強く、思った。

(僕は馬鹿…、いや、大馬鹿野郎だ。
一度生死の境を彷徨わないとこんなに簡単なことも分からない、大馬鹿野郎だ。)

今まで他人が自分を受け入れてくれないから、理解してくれないから嫌いだった。
彼女と僕以外は、その他大勢の烏合の衆だと思っていた。
だけどそれは違った。

(…皆、)

承太郎、ポルナレフ、ジョースターさん、アヴドゥルさん、それにイギー。
この旅で、人の温かさというのもを、
友人のすばらしさというものを知った。

僕は自分から、人間を遠ざけていた。

周りの人間なんて、僕の外面しか見ようとせずに近寄ってくる馬鹿ばかりだと思っていた。
(バカは僕の方だ…っ)
僕は自分のことを決して理解してくれないと思って、周りの人間にその心の内を明かそうとはしなかった。

理解されなくて当然だ。

自分の心の内を隠している人間のことを、誰が理解してくれるというのだろう。
自分の馬鹿さ加減に思わず視界が歪む。

「…名前、会いたい。」

こんな情けない男と一緒にいてくれた彼女。
きっと彼女には僕の弱さや愚かさなどお見通しなのだろう。
だけど幼い頃の彼女のあの言葉。
あの優しさがなければ、今の僕はここにはいなかった。
彼ら、承太郎たちに出会うことだってきっとなかった。
彼女には感謝してもしきれない思いがある。

だからこそ、
「絶対に帰るから…、」

待っていてくれ。


「…そうだ。」

呟いた花京院は手探りで己の学生鞄からノートの切れ端とペンを取り出す。

「さて…、何を書こうか。今から考えておこうかな。」


君の元へ無事に帰れたら、この思いとともに感謝の気持ちを伝えよう。
今まで傍にいてくれてありがとう、と___