永遠に愛す唯一の君へ

3

典明くんたちが空条さんの母親の命を救うために旅立ってから数日。
私は出来る限りいつも通り変わらず生活を送った。
彼の両親にも、自分が典明くんと会うことができたことを伝えた。
そして彼がとある理由から再びエジプトに向かったということも。
勿論彼の両親がそれで納得するはずがなかった。
「何故」「どうして」「親である自分たちになにも言わずに」
そう思うのは最もなことだし、納得のいかない気持ちも十分に分かる。
私が逆の立場だったら理解ができないだろう。
だがこれだけは伝えておきたかった。
「典明くんは無事であること」、そして「今現在彼は信頼できる友人たちと一緒にいること」
納得できない彼の両親の前に、私は出発前に彼から託されたあるものを見せた。

「これは…、典明の…!?」

「…彼がエジプトに向かう前に預かりました。典明くんはこう言っていました。『絶対に戻ってくるから僕を信じて待っていてほしい』と。」

それは典明くんがいつもつけていた、さくらんぼのピアスの片割れだった。
私は彼が出発する前に、キスと共にこれを受け取っていた。

「そんなバカな…!?その友人というのはどこの宅の人かね…!私が直接言って話を伺おうじゃないか。」

「待って!!」

声を上げた彼の父親を制したのは母親だった。
彼女は未だ動揺してはいるものの、できる限り冷静に振る舞っているようであった。

「名前ちゃん…。典明は一体何を隠しているの…?」

何故か確固たる確信があるかのようにはっきりと口に出した彼女に名前は目を見開く。

「わかるわよ…。典明が、私たちに何かを隠していたことくらい…。たった一人の息子だから。
あの子は小さい頃から利口な子だった。わがままを言ったり、私たちを困らせたりすることが一度もない子だった…。
だから、たまにあの子が分からなくなった…!あの子の本心が一体どこにあるのか、それが分からなくて不安だった…!
こんなの、親が思っちゃいけないことなのに。親である私が、一番あの子のことを信じてあげなくちゃいけないのに…!」

「………おばさん…。」

「名前ちゃん、私は一体どこで間違えてしまったのか、それすら分からない。駄目な母親だわ…!」

「やはりその友人とやらの両親に一度会いに行くべきだ。典明が私たちに黙ってそんなことをするはずがない。その悪い友人とやらに唆されたに決まっている!」

「それは違う。」そう言おうとした私の言葉を遮ったのは彼の母親だった。

「…あなた。典明は今まで友人と呼べる友人を名前ちゃん以外に決して作ろうとしなかったわ。理由は分からない。けれどそんな典明が初めて友人と呼べる友人を作ったのよ。
……あの子はとても頭が良い子だわ。その辺の人間に唆されて馬鹿な誘いに乗るような子ではない。
それは私たちが一番良く知っているはず。」

「お前は何を言っているんだ!?息子が、大事な一人息子が行方不明なんだぞ!」

「…典明は名前ちゃんのことを誰よりも信頼していた。恐らく、親である私たちよりも。
ねぇ、名前ちゃん。あなたは、典明が抱えている秘密を知っているのでしょう?」

おばさんの確信を持った瞳に、私は頷いて返すしかなかった。

「……はい。典明くんが何を隠しているのか、何故今まで友達を作らなかったのか。
そして今回エジプトに彼が向かった理由も、断片的ではありますが知っています……。
だけどこれだけは言えます。『典明くんは自分の意志でエジプトに向かった。』そしてそれは、直接的ではないにしろ、間接的に私たちの為でもあるのです。だけど……、」

「それをあなたの口から話すことはできない、そういうことね。」

「…はい、すみません。
ですが、恐らく、典明くんはこの旅から帰ってきたら、おばさんとおじさんにも全てを説明するつもりです。
そしてそれは、典明くんにとっては小さい頃からひた隠しにしてきた秘密…。誰にも知られたくなかった、受け入れられないと思っていたからこそ親であるあなたたちにも話さなかったこと。
お願いです。話しを聞いて、それが例え信じがたいことだったとしても、決して、決して典明くんを……!!」

机に打ちそうな勢いで頭を思い切り下げる。
私にはもはやこうするしか術はなかった。

「__典明を信じるわ。そして典明が信頼していたあなたの言葉も。」

「正気か!?こんな突拍子もない話…!」

「思えば、母親としてあの子の話に真剣に向き合ったことなんてなかったかもしれない…。
今になって思い出した。私、あの子が幼稚園にまだ通っていた頃に、あの子から奇妙なことを言われたことがあるの。『ママ、僕の隣にいるキラキラした緑色のものはなに?』って。始めは子供の戯言かと思ってただ話を合わせていたわ。だけど、そのうちにあの子、『僕の友達を紹介するよ。緑色の僕の友達だよ。』って何もない空間をニコニコしながら……。」

「…!?それは、私も言われたことがある。『パパ、僕の新しい友達』と…。」

彼らはお互い見合って信じられないといった顔をする。

「私、あの子が可笑しくなったと思って、取り乱してしまった。その時のあの子の表情、今でも覚えているわ…。『嘘だよ。心配しないで。』って。あれはおよそ5歳児ができるような表情ではなかった。この世の全てに絶望したような、諦めきったあの顔…!今まで考えないようにしていた。けれど、親である私が実の息子にあのような顔をさせてしまった。それもまだ幼い我が子に…!」

「…私もそうだ。『それは勘違いだ。よく見てみろ。ここには何もいない。』と。ただの子供の戯言だろうと簡単にあしらってしまった。君はまだマシだよ…。私なんて、あの時の典明がどんな表情をしていたのかすら見ていなかった…。」

おばさんは涙を流し、おじさんは両手で顔を覆って真っ青な顔をしていた。
気がついてしまったのだ。
あの日、幼い我が子が話していた言葉は全て真実であったのだと。
息子が親である自分たちにさえ心を開かなかったのは、自業自得であったのだと、そして決して人と深く関わろうとしないのも自分たちの責任であったのだと酷く後悔した。

「典明くんは二人を恨んでなんていませんよ。」

名前の言葉に二人はその暗い顔を上げる。

「…例えそうだとしても、典明は私たちに心を開いてくれることはないだろう……。」

「そんなことはないと思います。
典明くんとお二人は、絶対に理解し合えます。
__だって血のつながりのある家族だから。」

「……!」

「確かに、時間はかかるかもしれない。典明くんは今まで人と関わることを避けて生きてきた。だけど、そんな彼が、初めて自分から友達のためになにかしたいと言って、今回エジプトへ向かったんです。
私も詳しくは知りませんが典明くんはその友人に命を救われた、と言っていました。
彼の中で、何かが変わり始めているのは確かです。」

シンッとした部屋にそれぞれの呼吸音だけが響いていた。
そんな沈黙を破ったのはやはり彼の母親だった。

「……名前ちゃんは典明のことが好きなのね。」

「ふぇっ!?!?」

彼女の衝撃発言に思わず間抜けな声が出る。

「フフ、隠さなくてもいいのよ。あなたを見ていればわかる。
そんなあなただから、典明も……。
___私たちの変わりに、典明を理解してあげてくれてありがとう。」

「そ、そんな…!おばさんも、おじさんも頭を上げて下さい…!」

「このピアスはあなたに返すわ。」

「え…?」

「あなたが持っていた方が典明も喜ぶわ。帰ってきたら返してやって。」

チラリと彼の父親の方を見ると、彼も強く頷いた。
恐る恐るそのピアスを受け取る。

「さて、典明が帰ってきたらまずは拳骨ね!私とあなたと、名前ちゃん、それぞれ三発ずつ受けてもらうわ。」

先ほどの空気など嘘のようにカラッと笑う彼女に私も自然と笑顔になる。

「そうですね!心配かけた、ってことで気が済むまでやっちゃっていいと思います。」

「そうよね〜。…あっ、ところで名前ちゃん。
典明とはどこまでいったのよ〜。あの子、旦那に似て少し奥手なところがあるから不安にさせちゃったりしているんじゃあない?」

「……今なにか言ったか?」

「いいえ、なにも〜!
あ、名前ちゃん、お夕飯食べて行くわよね?将来の娘の話が聞きたいわ。」

「ぅえ!?ちょ、ちょっと待ってください…!典明くんと私はそんな関係では…!」

無理をして笑っているところは勿論あったのかもしれない。
だがこの日久々に花京院家に笑顔が溢れたことは確かだった。