永遠に愛す唯一の君へ

2

「こ…ここが、空条さんの、家…!?」

立派な門構えに奥に見えるのはさらに立派な屋敷だ。
本当にここであっているのか何度も確認するが、見直しても『空條』とこれまた立派な表札がついているのみだ。

『ジョジョの家は目立つから見れば分かるわよ。』

そう言っていた彼女の言葉が思い出され、自然と納得してしまう。
これは入るのを躊躇してしまうくらいに目立つ。
時間にして約数十分、どうしてもこのインターフォンを押す決心が付かなかった私は門の前をウロウロと不審者のように徘徊していた。

そんな無駄な時間を過ごしていた時だった。

__ブロロロロ、
と数台の車がこちらに向かってきたのに気がつき、慌てて電柱の影に身を潜ませる。
やはり車は空条さんの家の前で止まり、その中からは多くの白衣を身に纏った医者や看護師、そして物々しい雰囲気の数多くの医療道具のようなものが例の空条さんの家へと運び込まれて行く。

(何かあったのかな…)

全ての人が門から中へと入っていった頃に、電柱の影から出てきて開け放たれた門の中を少し覗き込むようにして伺う。
そろそろと門の端側から身体を半分程覗かせた時だった。

「っ…!?」

ドンッ、という肩への衝撃の後に見えた青空。
「倒れる」そう思った瞬間に何かに腕を掴まれて引き戻される。
引き寄せられた力はかなり強く、そのまま目の前の人物の方へと顔を突っ込んでしまう。

「わっ、ぷ…っ」

「なんだテメェは。人んちの前で何してやがる。」

頭上から降ってきた低い男の声に、慌てて自分が後退する。
首が痛いくらいにその顔を見上げれば、漸くその相手の顔を見ることができた。
(うわ…っ!カッコイイ…!)
ひと目見ただけで分かった。
この人があの女子生徒たちの言っていた、空条承太郎さんに間違いないだろう。
典明くんとは違ったタイプのイケメンに一瞬目を奪われたが、彼の怪訝そうな目に睨みつけられて慌てて私は口を開いた。

「あ…、私、○○高等学校2年、苗字名前と言います…!単刀直入に聞きます。花京院典明という人を知りませんか…!?」

私の剣幕に今度は目の前の彼の方が驚いたような顔をしている。

「……花京院?それなら___、」

空条さんが口を開いた瞬間だった。



「___名前?」

彼の更にその後ろの方から聞こえた声。
探していたその声の方へ視線を向ける。
恐る恐る背の高い空条さんの横から門の中を覗き込むように見る。
そこにはもう二人、背の高い外国人の方がいた。
一人は白人でどことなく空条さんと似た雰囲気を持つ壮年の男性で、もう一人は黒人の民族衣装を身に纏った若めの男性だった。
背の高い彼らの隙間から漸く彼の姿を認めることができる。


「___典明、くん」


久しぶりに見る彼の姿は私が物心着く頃から一緒にいる彼のままだ。
少し険しい顔をしてはいるものの、前の一件が信じられない程に今は彼が典明くんであるということを感じる。

典明くんに戻っている。

そう思った瞬間視界がぼやける。
目の前にいた空条さんが少しギョッとしたような目を向けるが、この涙はなかなか引っこみそうにない。
初対面の人間がいるというのに恥じらいもなく涙を流すのはどうなのかとか、そのようなことはあまり考えられなかった。
恥も外聞もなく、ただ目の前の典明くんに対して必死に言葉を投げかける。

「…っごめんなさい……、典明くん…っ、私、典明くんに、酷いことを…!
__っ!?」

全ての言葉を言いきる前に、私は何かに包み込まれていた。
確認しなくても分かる。
この香りは典明くんのものだ。
そう思った途端、全身が沸騰したように熱くなる。

「の、典明く__「僕の方こそごめん…っ、君を、一番大切な君を、僕の言葉で酷く傷つけてしまった…っ!本当に、すまない……。」

典明くんも涙を流していた。
彼もこの数週間辛い思いをしたのだろう。
そんな雰囲気の中声を上げたのは、壮年の外国人の男性だった。

「…花京院、事情は良くわからんが10分だけ時間をやる。一時間後の飛行機に乗らなければ明日中にエジプトへ到着できないからな。
…危険な旅だ。その子のこともよく考えた上で答えを決めてもらってかまわん。」

そう言ったかと思うと私たち二人だけを残して他の人たちは家の中へと戻っていった。
一気に辺りは静寂に包まれる。

「の、典明くん…。エジプトってどういうこと…?また、またどこかに行っちゃうの…!?
や、やだよ……!そんなのいや…。典明くん、どこにも行かないでよ…!」

「名前…。」

みっともなく典明くんの胸に縋りつくようにワンワンと涙を流す。
もう離れ離れになるのは嫌だった。
再びエジプトに行ったら今度こそ彼が帰って来ないのではないか、そんなような気さえして。

花京院はそんな彼女を少しでも落ち着かせようとその背を抱きしめる。
その身体が自分が知っている以前の彼女からしても痩せてしまっていることに、胸がズキンと痛んだ。

「…名前、僕はもう一度エジプトへ行かなければならない。」

名前の目が驚愕に見開かれる。
そんな痛々しい様子の彼女に自分の心臓もギュゥと掴まれたような感覚になったが、それでも花京院は言葉を続けた。

「家族との旅行に行った僕は、その先である男と出会った。」

「……ディオって人のこと?その人が典明くんをあんなにしたんでしょう…?」

「そうだ。今ここにいた三人の男たちも僕と同じような能力を持っている。この力はどうやら『スタンド』というらしい。DIOもスタンド能力を持った人間…、いや、人間というにはあまりにおぞましい、気味の悪いほどの魅力を持った男だった。」

名前はもう離れまいとするかのように、花京院の胸に顔を埋めながらしっかりとその腰に抱き着いていた。
それでも花京院は説明を続ける。

「僕は旅行の最中にDIOに『肉の芽』という、奴の思いのままに操られてしまうものを脳に埋め込まれてしまった。そして『空条承太郎を殺せ』と、さっき君とぶつかったデカイ奴だね、そう命令された。
旅行から帰ってきた後も承太郎を殺すためだけに僕は行動していた。君には本当に申し訳ないことをしてしまった…。」

「そんなのはもういいの…。そんな危ない人の所にまた行くの…?もう、止めてよ…。」

自分の胸の中で震える彼女の頭を撫でながら花京院はさらに言葉を続ける。

「…いや、僕はDIOの所へもう一度行かなくてはならない。」

「なんで!?」

普段穏やかな彼女が珍しく声を荒げたことに、花京院は自分が彼女に対して酷な仕打ちをしていることを改めて申し訳なく思う。

「DIOは危険な男だ。この力を悪用してこの世界を自分のものにしようとしている。それを止められるのは同じ力を持つ僕たちだけなんだ。」

「なんで典明くんが…!?典明くんは巻き込まれただけじゃん…!あの人たちに任せておけばいいじゃん…!」

そんな彼女の言葉に花京院は首を横に振る。

「…僕は、一度でもDIOに屈してしまった。心を強く持っていれば、奴の操り人形になることはなかったんだ。酷く自分を恥じたよ…!それに奴が何をしようとしているのか、片鱗とは言え知ってしまった。そこから目を背けることは、再び奴から逃げたことになってしまう。
それをしてしまったら、今度こそ僕の中の何かが、二度と元に戻らないような気がして…。
だから僕はDIOと決着をつけに行きたいんだ…!」

幼い頃から花京院と共に過ごしてきた名前だからこそ分かる。
彼は一軒穏やかで優しそうに見えるが、自分の中に明確な、これだけは譲れないという芯がしっかりとある。
一度こうと決めたら名前でさえ彼の意志を揺るがすことはできないことは良く分かっていた。

だからこそ絶望した。
典明くんの心はもう決まっているのだ。
彼は再びエジプトに行くことを決めたのだ。

「……それにね、名前。僕は承太郎に命を救われたんだ。DIOの呪縛から僕を開放してくれたのは彼なんだよ。あのままだったら僕の脳に刺さった『肉の芽』は僕の全身に回って今頃死んでいた。
承太郎はさ、少し、いやかなり怖そうな奴だけどすごいんだ。僕は敵として彼を襲ったのに彼はそんな僕を自分の命を顧みずに助けてくれたんだ。僕なんか足元にも及ばない、本当にすごい男なんだよ…。」

彼のその言葉に名前は思わず顔を持ちあげた。
今まで典明くんが他人のことをこんな風に称賛することがあっただろうか。
いや、恐らく私が知る限り一度たりともなかった。
いつも口癖のように言っていた。
『この世には僕と名前さえいればいい』と。
そんな彼が、他人を認めて尊敬の念さえ送っているのだ。
命を救われたという贔屓目もあるのかもしれないが、それだけではない何かが彼の中で生まれ始めているのを感じた。

「今、承太郎の母親が命の危機に瀕している。」

「え……?」

「全て話すと長くなってしまうから結論だけ言うが、彼の母親が蝕まれている原因はDIOなんだ。DIOを倒さなければ、彼の母親の命はもって50日、そういうことらしい。
名前、僕は承太郎の力になりたいと思っている。」

「………。」

彼の決意を肌で感じてしまい、何も口にすることはできなかった。

「…名前、僕は必ず戻ってくる。自分の誇りを取り戻してから、必ず君の元へ。
だからそれまで僕を信じて待っていてくれないか……?」

数秒の沈黙が、何分にも何十分にも感じられた。
名前は漸く花京院の胸から顔を上げて彼の瞳を見つめる。

「………ずるいよ。典明くん。」

「え…?」

「私の知らないところでいつの間にか友達作っているんだもん。典明くん、今まで絶対に特定の友達を作らなかったのに。しかも出会って間もないのに典明くんがそんなことを言うなんて、空条さんのこととっても好きなんだね。」

「す、好きって…、別にそういう意味では…!」

「フフッ!分かってるよ。いつも『僕には君しかいない』って言ってたのに、嫉妬しちゃうなぁ…。」

「……名前、僕は……。」

「__よかったね。典明くん。信頼できる人に、出会えて。
行ってきなよ。私、ずっと待ってるから。」

ニコリと泣きそうな笑顔で微笑んだ名前に、今度は花京院の方が耐え切れなくなりその小さな身体を思い切り抱きしめる。

「わっ……!の、典明くん…?」

「名前…っ、時間がない。
この旅から無事に戻ったら、君に伝えたいことがある。
だからそれまで、僕のことを待っていてほしい……。」

花京院の言葉に答えるように名前も彼の背に手を回す。

「…うん。待ってる。
だからどうか無事に……。無事に帰ってきてね、典明くん……。」


それからはあっという間だった。
10分経った頃に先ほどの空条さんとその仲間たちが家から出てきた。
その時の空条さんの第一声が、「二人してなんつー顔してんだ」という何とも厳しいお言葉だった。
鏡がないので分からないが、二人して泣きはらしたため相当酷い顔になっていることは間違いないだろう。

「じゃあ、行ってくるね。」

「……うん。いってらっしゃい。」

そう言って典明くんは車に乗り込もうとした。
しかし何かを思い出したように踵を返し、もう一度私の前へと戻ってきた。

「…?典明くん…?どうし、っ…ん!」

典明くんはその柔らかい唇を、軽く私の唇へと合わせた。
それと同時に私の片方の手をとって、何かをその手に握らされる。

「__行ってくる。」

そう言って典明くんを乗せた車は去って行った。


___これが私とあなたの、最期の会話だった